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エピローグ「よるはあける」

 ミツキが長を取り込み、そして倒されたというニュースは【タソガレ】全体にすぐに広がったものの大きな混乱は起きなかった。

 

 長が没する際は必ず後継者を指定してきていたが、今回はそれがなかった。だから混乱は起きるはずだったのに起きなかったのはアキトシが「長に指名された」と周知したからだ。

 

 それだけなら「立会人もいないのに」で反発も起こるところだが、それすら起きなかったのは二体の【タソガレ】と五人の人間がそれを支持したから、そしてアキトシ自身が「この世界のエネルギー問題を根本的に解決する方法が見つかった」と宣言したから。

 

 この世界のエネルギー問題が深刻であることは誰もが知るところ、それをミツキが「ニンゲンの魂がエネルギーになる」と表の世界への侵攻を進めていたが、【タソガレ】の多くは仕方ないと受け入れつつも若干の疑問を感じていた。

 

 そこへもってのアキトシによる「根本的に解決できる」発言である。しかもそれが道端に落ちているヴェスペリ石が主役だと言われると疑うもの半分、希望に縋るもの半分、といったところだ。

 

 しかしそれもすぐに信じさせられる展開となった。

 表の世界の技術者が裏の世界に訪れ、【タソガレ】たちの前でその辺に落ちていたヴェスペリ石を使って実演したのだ。

 それにより、【タソガレ】たちも信じざるを得ず、人類の技術提供の申し出を受けることになった。

 

 当然、その見返りとして【タソガレ】側の技術および幾許かのヴェスペリ石の提供を求められたが、それを断る理由は【タソガレ】にはなかった。

 

 元々好奇心旺盛な種族だった【タソガレ】は人類の技術という真新しいものとヴェスペリ石の可能性という願ってもないおもちゃに夢中になることとなった。

 

 ミツキが「人間は取るに足らないもの」と言っていたにも関わらず、やってきた技術者は面白い話を無限に持っているし、人間の文化というものも聞いていて興味が尽きない。

 

 技術交換のために定期的に解放されていたゲートはその頻度を増やし、いつしか双方が双方の世界を観光するという日常が、当たり前のように訪れていた。

 

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 

「冬希、ごめん!」

 

 息を切らしながら、颯真が待ち合わせ場所に現れる。

 

「遅い、颯真」

 

 冬希がぷぅ、と頬を膨らませながら文句を言うと、颯真はごめんごめんと再び謝罪する。

 

「卓実君と真君がなかなか離してくれなくて」

「……後でその二人、殴っていい?」

 

 拳を固める冬希。それを颯真が慌てて止める。

 

「冬希、ステイ!」

「犬扱いするな!」

 

 ごん、と冬希の拳が軽く颯真にぶつけられる。

 

「とにかく、行こう。いい場所取られちゃう」

 

 颯真に拳をぶつけたことで満足したか、冬希はさっさと歩き出した。

 

「そうだね」

 

 すぐに颯真も冬希の隣に並んで歩き始める。

 淡いブルーの薔薇が描かれた濃紺の浴衣と、白い髪に差された青い薔薇のかんざしが冬希の歩調に合わせてゆらゆらと揺れている。

 

 あれからもう一年か、などと思いながら、浴衣姿の颯真は下駄を鳴らしていた。

 

 ミツキとの戦いから半年以上が経過し、季節は夏。

 その間に【夜禁法】が完全に廃止され、人々に裏の世界と【タソガレ】のことが明かされ、さらには井上総理の逮捕、失脚という混乱もあったものの、街は以前と変わらぬ秩序を取り戻しつつあった。

 

 ただ一つ、大きく変わったことといえば【夜禁法】の廃止により、人々が自由に夜を楽しむことができるようになったことだ。

 

 静まり返っていた夜は約三十年前の活気を取り戻し、夜の街は居酒屋やレストランが煌々と灯りを灯して客を呼び込み、人々も夜の街を楽しんでいた。

 

 夜を取り戻したことで昼間の数時間だけ行われていた祭りなどの行事も夜間にまで展開され、「夜」という特別なムードは多くの人間を魅了していた。

 

 いや、人間だけではない。

 多くの【タソガレ】も夜の祭りや普段の人間の生活を楽しむために訪れ、街は人間と【タソガレ】の姿で賑わっていた。

 それは裏の世界も同じで、表の世界と裏の世界の移動制限が撤廃された今では多くの人間が裏の世界を旅行し、未知の文化を楽しんでいる。

 

 はじめは危惧された「人間は【タソガレ】を忌避するのではないか」「【タソガレ】は人間を忌避するのではないか」といったことはほとんど起こらず、大多数の人間、【タソガレ】が相手に興味を持ち、受け入れ、今を楽しんでいた。

 

 勿論、【タソガレ】を忌避する人間、人間を忌避する【タソガレ】がいないわけではない。理解できないものは恐怖でしかない、と避ける者は当然いる。

 それでもこれも多様性の一つとして、人間と【タソガレ】の交流は浸透していった。

 

 しかし、【夜禁法】が廃止されたとはいえ、【ナイトウォッチ】に解体の命令は下されていない。

 元々は【あのものたち】の手から人々を守るために編成された【ナイトウォッチ】。

 

 【あのものたち】改め【タソガレ】が人類と和平協定を結び、親しき隣人として共存していくことになった今では無用の長物である——はずだが。

 

「きゃあぁあぁぁぁぁ!!」

 

 不意に響き渡った悲鳴に、颯真と冬希は顔を見合わせた。

 

「行こう、冬希!」

「うん、颯真!」

 

 浴衣がはだけるのも構わずに、二人は悲鳴が響いた場所へと走り出す。

 はだけた浴衣の下に見えるのは【ナイトウォッチ】の戦闘服——の、簡易版。

 あっという間に現場に急行し、颯真は漆黒の刃を作り出し、冬希に投げた。

 

「【解放(Release)】!」

 

 冬希がコマンドワードを解放し、女性に襲い掛かろうとしていた漆黒の獣——低位の【タソガレ】に切り掛かる。

 颯真も自分用に刃を作り出し、別の個体を切り払った。

 

「大丈夫ですか?」

 

 瞬く間に低位の【タソガレ】を蹴散らし、颯真が女性に声をかける。

 

「あ——【ナイトウォッチ】……」

「はい、もう大丈夫ですよ」

 

 女性の手を取って立たせ、颯真が頷いて見せる。

 

「颯真」

 

 冬希が若干恨めしそうな目で颯真を見ているが、これは人命救助。妬いている場合ではない。

 女性が二人に何度もお礼を言い、立ち去っていく。

 

「……非番とはいえ、仕方ないね」

 

 女性を見送り、颯真は苦笑して冬希を見た。

 

「あ……ああ」

 

 複雑そうな面持ちで冬希が頷く。

 そう、【ナイトウォッチ】は解体されなかった。

 表の世界と裏の世界が自由に行き来できるようになった今、双方が作り出したゲートを通らずに世界を渡る不届き者も存在する。

 

 そのほとんどは自然発生してしまった通路に転がり落ちた低位の【タソガレ】で、低位の【タソガレ】には知性がほとんどないため、無差別に人を襲うことから裏の世界でも害獣扱いされているものである。

 

 その駆除のため、【ナイトウォッチ】は存続し、「夜の守護者」として人々の尊敬の的となっていた。

 とはいえ、【夜禁法】が効力を持っていた時期に比べて【タソガレ】の脅威はほとんどない。組織としての規模は縮小し、偶発する程度の【タソガレ】なら必要ない、と予測装置アルテミスも演算の大半をアポロと統合することになった。

 

「まさか、こうやって冬希と夜を楽しむことができるなんて」

 

 再び歩き出しながら、颯真が呟く。

 実に約三十年ぶりの夜開催の花火大会。

 街行く人々も本物の夜空に広がる本物の花火に期待が最高潮になっている。

 

 屋台は煌々と灯りを灯し、美味しそうな匂いを漂わせて人々を魅了する。

 そんな屋台村を通り抜け、二人は会場からそう遠くはないが、人気の少ない高台に移動した。

 

 ほとんどの人間や【タソガレ】が会場で、間近の花火を楽しみたいと思っていたのか、この高台は会場からそんなに離れていないのに驚くほど人がいなかった。

 

 それもそうだ、三十年近く開催されていなかったイベントだからこのような穴場の情報も埋もれてしまっている。

 

 今回、颯真がここに来れたのはその三十年前を知っている誠一に耳打ちされたからだ。

 

 レジャーシートを敷き、二人が並んで腰掛ける。

 

「……もうそろそろかな」

 

 高台から見える街の灯り。星空に負けんと輝く街の光を見てから、二人は夜空に視線を投げた。

 会場の方から、花火大会開催のアナウンスが聞こえてくる。

 

 その数分後。

 

 どん、と夜空に花が咲いた。

 空気を震わす爆発音、夜空に大きく咲く光の華。

 ぱちぱちと遅れて爆発し、広がる小さな花に、二人は目を奪われた。

 

——これが、本物の。

 

 一年前、商店街で見た紛い物の夜空と花火の比ではない。

 あまりの迫力と美しさに、二人は声も出せずに花火を見ていた。

 

『……』

 

 最初のラッシュが終わり、二人は自然と顔を見合わせる。

 

「凄いね」

「うん」

 

 短い会話を交わし、二人は頷きあう。

 頷き合ってから、冬希は空を見上げた。

 

「夜を取り戻せて、よかった」

「うん」

 

 夜空を見上げて呟く冬希に、颯真が頷く。

 

「——冬希、」

 

 たまらず、颯真は冬希を呼んだ。

 

「ん?」

 

 冬希が視線を戻すと、颯真の顔が重なってくる。

 その二人の頭上で、どん、という音が響き、夜空に大輪の花が咲いた。

「——」

 颯真の顔が離れていく際に、何かを囁かれたようだが、花火の音に掻き消されて聞こえない。

 

「何、颯真」

「ん……なんでもない」

 

 耳まで真っ赤になった颯真が顔を逸らす。

 その颯真の両頬に手を添え、冬希は自分の側に向かせ直した。

 

「幸せになろう、颯真」

「……聞こえてるじゃん」

 

 その颯真の抗議は最後まで言うことができなかった。

 再び感じたその感触に、颯真は幸せそうに目を閉じた。

 

——End

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