第100話「よるにぶつかる」
振り下ろされた颯真の刀をミツキが手にした刃で受ける。
その横から冬希も切り掛かるが、それは床から現れた黒い盾によって阻まれる。
「——っ!」
咄嗟に横に跳び、冬希が刀を構え直す。
その動きを追うように、幾つもの棘が床から生え、冬希に襲いかかった。
「冬希!」
ミツキの刃を振り払い、颯真が冬希に向かって手を伸ばす。
冬希に突き刺さろうと襲いかかった棘を咄嗟に止めようとして、の動きではあったが、それをフォローするかのように誠一が飛び込んで刀を振るい、棘を打ち砕く。
「美味しいところを持って行ってすまない!」
そう言いながらも誠一は絶え間なく床から生える棘を打ち砕いていく。
「なんだこいつ、見た目単体なのにやべえな!」
卓実も数発撃って棘の軌道を逸らし、【防御】を床に展開して足場を確保しながら声を上げた。
床から生える棘は床に展開された【防御】によって阻まれ、生えた側から砕かれていく。
「くそ、知恵はあるようだな!」
床からの棘が阻まれたなら、とミツキは周囲に無数の黒い球体を展開、颯真たちに向けて射出した。
「それは見た!」
颯真が即座にコマンドワードを解放する。
「【雷撃】【拡散】!」
「【雷撃】!」
颯真に続き、冬希も同じコマンドワードを解放、しかし颯真のように同時に複数のコマンドワードは制御が難しいと判断したのか【雷撃】のみで留めておく。
二人の周囲に発生した稲妻が、颯真の【拡散】によって拡散し、黒い球体に突き刺さり、相殺していく。
「神谷さん! 卓実君と真君もお願い!」
自分と冬希だけではミツキの攻撃を凌ぐだけで精一杯だと判断した颯真が三人に声をかける。
「おうよ、任せろ! 真、ぶちかましてやれ!」
卓実を包む紫の光が一際強く輝く。
「颯真に頼られたなら頑張るしかないんだよなぁこれが!」
今までも颯真が自分を頼っていると思う場面は何度かあったが、こうやって明らかに頼られるとそれだけで心持ちが変わってくる。
目の前のミツキは自分には到底敵う相手ではないと分かっていたが、それでも卓実には真という絶対の信頼を寄せられる相棒がいる。自分一人では力及ばずとも、真がいれば、さらにそこに誠一がいるなら。
「全力で行くぜ! 【増幅】! ついでに【拡散】!!」
ここで出し惜しみはできない、と卓実はコマンドワードの重複解放を行った。
魂技の中でも特に消耗の激しい【増幅】を解放した上にそれを【拡散】で周囲の味方に重ね掛けしたことで全身が、いや、魂が悲鳴を上げるがそれには構わず卓実は両手の銃を真と誠一に向ける。
「ついでに強化もかけてやるよ! 行ってこい!」
「応!」
撃ち出されたのは銃弾ではなく紫の光。
真と誠一に着弾した紫の光は瞬時に二人の光に溶け込み、【増幅】で強化された二人の魂をさらに輝かせた。
「中川君、恩に着る!」
誠一が刀を構え直し、床を蹴った。
それに続き、真もミツキに肉薄する。
「オラァ!」
自分自身での強化と、重ね掛けされた【増幅】が乗った重い拳がミツキに向けて叩き込まれる。
普段、特に【増幅】を掛けていない状態でもコンクリートの塀くらいは軽く打ち砕ける真の拳がミツキを捉える——と思った瞬間に、ミツキと真の拳の間に黒い盾が展開し、直撃を阻む。
闇を固化したような黒い盾の強度は展開した【タソガレ】の強さによって変わるが、それでも真の拳はあまりにも重く、一度は受け止めたものの無数の亀裂が入り、粉々に砕け散る。
だが、その間にミツキは自身を闇の靄に変え、瞬間移動するかのように一歩後ろへと後退していた。
「強化者が厄介だな!」
ミツキの目が卓実を捉える。
「へっ、俺に注目するたぁ見る目あるなあんた!」
額に脂汗を浮かべながらも卓実が心底楽しそうに笑う。
オンラインゲームでよくある役割の中でも人気があるのは攻撃役割である。勿論、盾役、回復役、補助役もいなければパーティーが壊滅する重要ロールではあるが、それてもアタッカーの派手な活躍に比べればどうしても見劣りしてしまいがちである。
敵の視点からすれば挑発による敵視はタンクに集中しがちで、どちらかというとサポーターはタンクの援護があってこそ集中してパーティーを強化、あるいは敵を弱体化することができるのだが、その強化の重要さを重要視していないアタッカーは一定数存在する。
だからこそ、サポーターの重要さに気づき、タンクの挑発をすり抜けてサポーターの撃破を狙う作戦は対人戦では勝敗を分ける要素にもなる。
ミツキが注目したことで、卓実は自分の今までのサポートが間違っていなかったことを確信した。
「そうだよ、俺を殺らないとこいつらどんどん強化するぜ!」
精一杯の虚勢を張って卓実がミツキを挑発する。
実際のところ、負担の大きい魂技の重複解放で卓実の体力は限界に近い。それでも颯真たちがミツキを倒してくれるなら自分の魂など安いものだと卓実は考えていた。
「くそ、それならまずオマエを——」
ミツキの周囲にさらに黒い球体が展開される。
「させるか!」
颯真がさらに【雷撃】を解放して球体を相殺、ミツキに対して左手を突き出し黒い棘を射出する。
それを盾を展開することで防御し、ミツキはふん、と鼻先で笑った。
「いくら強化しようが無駄だ! とはいえ、ワタシ一人では互いに消耗戦をするだけ、それならそのバランスを崩す!」
その言葉と同時に、ミツキの姿が揺らいだ。
「! まずい!」
アキトシが声を上げ、揺らいだミツキに棘を射出するが、その棘はミツキの体をすり抜けて後ろの壁に突き刺さる。
「——、まさか!」
ミツキの姿が分裂する。
「そうはさせない!」
颯真も【雷撃】で分裂したミツキを攻撃するが、それもミツキを霧散させることができない。
あっという間に三体に分裂したミツキは颯真たちを取り囲むように立ち、完全に実体化した。
「分裂したァ!?」
思わず卓実が声を上げるが、分析だけは怠らず注意深くミツキを観察する。
創作物でよくある「分身」に見えるが、高速移動による錯覚ではなく、それぞれの個体が実態を持っているらしい、というのは実体化したことで判断する。【タソガレ】が闇を固化したような肉体を持っていることを考えると素材となるものがあるならいくらでも実体を持つことができるのだろうが、それはそうとして違和感を覚える。
「みんな、気をつけろ。こいつ、普通の【タソガレ】じゃないぞ」
確信はなかったが、卓実は周囲に警告した。
よく見ろ、違和感の正体に気づけ、と卓実が自分に言い聞かせている隣にアキトシが立つ。
「その観察眼、称賛に値するよ。だが、【タソガレ】の生態を理解していないと確信を得るには苦労するだろう——と言ったところできみに教えよう。このミツキ、偽物だ」
「偽物?」
アキトシの言葉にバカな、と颯真がチップに登録されていたミツキの情報を確認する。
討ち漏らしがないようにと各個体の波長がチップと外部端末に登録されているからこそできる確認だったが、颯真と冬希以外はミツキとは初遭遇である。偽物かどうかを確認できるのはこの二人以外いない。
周囲に立つ三人のミツキと、かつて遭遇したミツキの波長を照合する。
「……ほんとだ」
悔しそうに颯真が呟く。
「偽物どころか……こいつら、ダミーだ!」
本来ならあるはずのコアの反応がない。つまり、この三人のミツキは本体ではない。本体は別のところにいて、ダミーを遠隔で操っている。
厄介なのは、そのダミー一人一人がかつて戦ったミツキと全く同じ戦闘力を持っていることだった。
「マジかよ……」
初手で全力を出したのが裏目に出て、卓実が低く唸る。
「卓実君は体力の温存を優先して! この後、本物のミツキが待ってる!」
颯真の指示に、卓実は即座に展開していた魂技を解除、それでも強化だけは、と颯真と冬希にも強化の弾丸を撃ち込む。
「悪ぃ! 先走っちまった! 後は任せる!」
「ならば、われわれがタクミの疲労回復に協力しよう」
今まで黙ってついてきていた二人の【タソガレ】が卓実の両脇に立つ。
「疲労回復って、どうやって——」
「こうだ」
一人が卓実を押さえつけ、もう一人が卓実の体を弄り始めた。
「え、な、なに——ぎゃぁぁああぁぁぁぁ!!!!」
卓実の絶叫が廊下に響き渡る。
「我慢しろ、疲労回復のツボを押している」
「って、人間と【タソガレ】のツボが同じはずあるかあぁぁああぁぁ!!」
ってか、【タソガレ】にもツボがあるのかよと叫びつつも疲労困憊の卓実はされるがままになっている。
「人間の姿を真似るようになってツボがあることを知ったのだよ。例えば足三里」
「うぎゃあぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」
ふくらはぎを強く押された卓実が再び絶叫する。
「ほら、疲労回復に効くドリンクも飲ませてやろう。人間の口に合うかどうかは分からんがな」
卓実の口に液体の入った瓶を当てがい、【タソガレ】が一気にそれを流し込む。
「うぼぉぇえぇぇぇぇぇ!!」
疲労回復というよりもはや拷問である。
だが、それでもきちんと効果があったようで、卓実は自分の体力が急速に回復していることに気がついた。
これならすぐに戦線復帰できる、そう判断した卓実は敵味方ともに呆気に取られている一同を見る。
「とりあえずお前らは見物せずに戦ってろ!」
ここで立ち止まっているわけにはいかない。
「そ、そうだ! バファーが動けないなら今が好機! 長の元には行かせない!」
「貴方と本体を倒してこの戦いを終わらせる!」
気を取り直し、ミツキの分身の一体と颯真が同時に声を上げる。
「卓実君の援護がなくても——!」
「颯真、私も一緒に!」
冬希も颯真に続き、分身の一体に向かう。
「それじゃあ私はこいつを!」
「俺は残りのこいつをやる! 卓実、しっかり回復してこい!」
「それならマコト、わたしが援護しよう」
誠一、真、アキトシも一斉に動き出す。
その中央で二人の【タソガレ】に揉まれながら、卓実は
「あとは、任せた……」
ツボを押されるあまりの激痛に息も絶え絶えになりながらもそう呟いていた。




