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揺れる心

新学期が始まって一ヶ月が経った。詩羅が学校に来てからの日々は、まるで夢の中にいるようだった。喜びと不安が入り混じる、奇妙な日々。


朝、いつものように詩羅の声で目を覚ます。


「兄さん、起きて!遅刻しちゃうよ!」


俺はゆっくりと目を開ける。最近は少し眠れるようになってきた。でも、詩羅の夢を見ることが多くなった。


「はいはい、起きたよ」


朝食の席で、詩羅が嬉しそうに話し始めた。


「ねえ、兄さん。今度の土曜日、美堂さんと買い物に行くの。兄さんも一緒に来ない?」


俺は一瞬戸惑う。詩羅と出かけるのは嬉しいが、美堂がいるのは少し気が引ける。


「え?俺も?でも、女子の買い物に男が...」


「もう、気にしないで。美堂さんも兄さんに会いたがってるんだよ」


詩羅の言葉に、なぜか胸がモヤモヤする。


「そう...じゃあ、行くか」


「やった!楽しみにしてるね」


詩羅の笑顔に、俺の心臓が高鳴る。


学校に着くと、愚楽が声をかけてきた。


「よう、灰光。最近元気そうだな」


「そうか?別に変わらないけど」


「いや、なんか表情が柔らかくなったっていうか...」


愚楽の言葉に、俺は少し驚く。そんなに変わったのか?


授業中、俺は窓の外を眺めていた。詩羅のクラスは校庭で体育の授業をしている。詩羅の姿を探す俺。見つけた瞬間、心臓が跳ね上がる。


(くそっ...俺は何してるんだ)


自分の行動に嫌気がさす。でも、目は自然と詩羅を追ってしまう。


「エロいな」


昼休み、俺は屋上で一人弁当を食べていた。ここなら誰にも邪魔されない。


「あれ?兄さん、ここにいたの?」


突然の声に驚いて振り返ると、そこには詩羅が立っていた。


「詩羅?どうしてここに?」


「美堂さんに兄さんを見かけたって聞いたから。一緒にお弁当食べよ?」


詩羅が俺の隣に座る。近すぎる。心臓が爆発しそうだ。


「あの...詩羅」


「ん?」


「学校では...あまり俺に近づかない方がいいよ」


詩羅の表情が曇る。


「どうして?」


「その...色々と噂とか立つかもしれないし...」


「噂?」


「いや、その...兄妹で仲良すぎるとか...」


詩羅はしばらく黙っていたが、やがてポツリと言った。


「兄さんは...私と一緒にいるの、恥ずかしい?」


その言葉に、俺は慌てて否定する。


「違う!そんなことない!ただ...」


言葉が出てこない。詩羅の悲しそうな顔を見ると、胸が痛くなる。


「ごめん...俺が悪かった。気にしないでくれ」


詩羅は少し微笑んだ。


「うん...分かった。でも、兄さん。私は兄さんと一緒にいるの、すごく嬉しいんだよ」


その言葉に、俺の心は激しく揺れる。


放課後、部活動の時間。今日は試合形式の練習だ。相手は二年生のエース。


「行くぞ、鎌戸!」


相手の竹刀が迫る。俺は咄嗟に身をかわし、反撃する。


「面!」


俺の竹刀が相手の面を捉えた。


「鎌戸、一本!」


部長の声が響く。周りから拍手が起こる。


「さすが鎌戸先輩!」

「かっこいい!」


歓声の中に、詩羅の声が聞こえた気がした。振り返ると、体育館の入り口に詩羅が立っていた。美堂と一緒に。


詩羅が手を振る。俺は思わず手を振り返す。


「おい、灰光。妹さんが応援に来てるぞ」


愚楽の声に、俺は我に返る。


「うるせぇな」


「まあまあ。でも、嬉しそうじゃないか」


愚楽の言葉に、俺は何も言えなかった。


練習が終わり、更衣室で着替えていると、一年生たちの会話が聞こえてきた。


「鎌戸先輩の妹さん、今日も来てたな」

「うん、可愛かった...」

「でも、鎌戸先輩はまだ怖いからな...近づけないよ」


俺は思わず拳を握りしめる。でも、何も言えない。言う権利なんてない。


家に帰ると、詩羅が出迎えてくれた。


「お帰り、兄さん。今日の試合、すごかったよ!」


「見てたのか...」


「うん!兄さん、かっこよかった!」


詩羅の笑顔に、俺の心は溶けそうになる。


「そうか...ありがとう」


「ねえ、兄さん。明日の買い物、楽しみにしてる?」


「あ、ああ...」


詩羅の期待に満ちた表情に、俺は複雑な気持ちになる。


夜、俺は布団の中で考え込んでいた。詩羅のこと、学校でのこと、自分の気持ち。全てが混沌としている。


(俺は詩羅のことを...)


その先の言葉を、俺は必死に押し殺す。


明日は詩羅と出かける。美堂もいる。俺はどう振る舞えばいいんだ?


答えは見つからないまま、俺は目を閉じた。明日への期待と不安が入り混じる中、少しずつ眠りに落ちていく。


詩羅との関係、学校での立場、そして俺自身の気持ち。全てが揺れ動いている。


これからどうなっていくのか。俺には分からない。


ただ一つ確かなのは、俺の心が、もう後戻りできないところまで来ているということだ。

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