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明治怪病治療師  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
第二部 雪女編

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2-8.守銭奴の陰陽師

「って、いねぇし……!」


 がらんとした本堂に、ぴきりと青筋が立つ。大人しく待っていることすらできんのかあのくそ陰陽師。


「どこ行きやがった……」


 俺に用があるのだから、寺から出て行くわけがない。いったいどこに入り込んでいるのやら。

 靖文が興味を持ちそうな場所といったら。



「……いた」

「おお、清正! 邪魔しとるで」


 薬草倉の戸を開ければ、中には勝手に上がり込んで座っている靖文がいた。

 靖文ならこの中にあるものの価値はわかっている。荒らされる心配はないが、何かをちょろまかされている可能性は否定できない。


「本堂にいろっつったろ。勝手に何してる」

「ちょっとおもろい気配がしたもんで気になってな」

「おもしろい気配?」

「こーれ」


 靖文が手にしている黒い箱を目にして、俺はざっと血の気が引いた。


「っ馬鹿、触るな!」

「おっと」


 取り上げようとしたが、ひょいと腕を上げられて空ぶった。背が高い靖文は腕も長い。その動作にいらっとする。


「餓鬼みたいなことすんな! いいから返せ!」

「そないな言い方されると、返す気なくなるなぁ」


 からかうように言って、靖文は俺の体を強く押した。

 床に倒れ込んだ俺が体を起こす前に、胸のあたりを膝で押さえられる。


「が……っ」

「ありゃ、軽く押さえたつもりやったんやけど。痛かったか? 堪忍なぁ」


 絶対思ってないだろ。呼吸が詰まったことで涙目になりながらも、俺は靖文を睨み上げた。

 目が合った靖文は、怒りを隠しもしない俺に、にいと唇を吊り上げた。


「やっぱり清正は、怒った顔がいっちゃん可愛えなぁ」


 ぞくりと背筋を冷たいものが這った。見下ろしてくる靖文の目は感情が読めない。

 何かがまずい気がする。なんだ。

 その悪寒の正体が掴めないまま、靖文が黒い箱をかざした。


「なぁ、これ何?」

「……っお前なら、見りゃ、わかんだろ。怪異が封じてある」

「そらわかんねん。何が入ってるのかって聞いてんのや」

「俺も知らん! つか俺が知りたいくらいだ!」

「はあ?」


 怪訝な顔をした靖文が箱を振った。馬鹿やめろ。不用意に扱うな。


「開けられへんの?」

「阿呆か、開けたら大惨事になるぞ!」

「へえ。そら興味あるなぁ」


 笑みを絶やさない靖文に心拍数が上がっていく。いや、こいつだって陰陽師なんだから、分別はあるはずだ。そもそも開けられるのか。


「開けたら中身わかるやろ。出てきたら祓ったらええんちゃうの?」

「あのな、それ親父が封じたやつだぞ! 簡単には開けられんはずだし、中にいるのは凶悪な怪異だ。お前だって易々と祓えるかわからん!」

頼正(よりまさ)さんが?」


 意外そうに靖文が目を丸くした。笑みを消してじっと箱を見ている。どうやらより興味を引いてしまったらしい。

 じりじりと嫌な焦燥が胸を焼く。一か八か符術でも使ってみるか。術で靖文に勝てる気は微塵もしないが。

 懐に手を伸ばそうとした時、俺の上から圧迫感が消えた。というか靖文の姿が消えた。

 大きく息を吸いこんで身を起こせば、薬草倉の入口前に立つ(さね)の背中が見えた。その向こうには、受け身を取った靖文が。

 どうやら(さね)が俺に圧しかかっていた靖文を掴んで、倉の外に投げ飛ばしたらしい。


(さね)、お前なんで」

(きよ)に何してる!!」


 本気の怒号に思わず身が竦んだ。庄吉はどうした、と聞ける空気じゃなかった。

 俺が怒られてるわけじゃないのに、全身から怒りが立ち昇っていて、(さね)のことを怖いと思った。


「お~こわ。相変わらず忠犬やな。けど客人をいきなり投げ飛ばすとは、躾がなっとらんね」

「主人に危害を加えるような奴は客じゃない」

「せやから大人しく投げられてやったやんか。ちょっとは悪いと思とるんやで?」


 嘘つけ。絶対に悪いなどとは思っていない。

 けれど靖文が本気になれば、怪異である(さね)は祓われてしまう。相手が悪い、と俺は倉から出ようとした。ところが(さね)が入口を塞ぐように立ちはだかったため、俺は外に出られなかった。


「っおい」

「あっはっは! 大事大事に守られて、なんやお(ひい)様かいな!」


 からからと笑われて、俺はむきになって出ようとしたが。


(きよ)ごめん。大人しくしてて」


 いつになく低い声の(さね)に、びくりと体が震えた。

 足が動かない。なんだこれ。

 愕然とした様子の俺を楽しげに眺めて、靖文は懐から小さな袋を取り出した。


「ま、今日のところはこれでお暇さしてもらうわ。薬も手に入ったことやしな」

「え? あっ! お前、いつの間に!」

「御代はちゃぁんと机の上に置いてあるで~」


 どうやらちゃっかり薬は確保してあったらしい。代金は机の上に、何の薬を取ったのかの覚書と一緒に置いてあった。用意のいいことだ。


「って靖文、待て! 箱は返せ!」

「っち、忘れてなかったか」

「当たり前だ!」


 喚いた俺に向かって靖文が黒い箱を投げる。

 それを(さね)が受け取った。

 睨みつける(さね)をにいと眺めてから、靖文は覗き込むようにして俺に声をかけた。


「怒った顔が一番やけど、泣き顔もなかなかそそる顔やったで清正ちゃん」

「っはあ!?」

「ほなな~」


 言い捨てて、靖文はさっさと逃げていった。

 あの野郎、わざと(さね)が怒りそうな言い回しをしやがって。というか泣いてねえ!!

 靖文の気配が完全に消えて、(さね)がゆっくり振り返った。

 俺は何も悪いことはしていないはずなのに、怒られる寸前のような気持ちで身構えた。


(きよ)。あいつに何された?」

「い……いや、別に、なんかされたわけじゃ」

(きよ)


 ひい、と思わず悲鳴が上がりかける。

 なんだって俺がこんな思いをせにゃならんのだ。俺悪くないのに。

 

「本当に何もねぇって。その箱のこと聞かれてただけだ」

「それでなんであんな体勢になるんだよ」

「あいつ俺で遊んでるんだよ……」


 人をおちょくるのが好きな奴だ。あれの相手を真面目にする方が馬鹿馬鹿しい。

 呆れたように口にした俺を睨むように見て、(さね)が俺を抱え込んだ。


「っおい! なんだいきなり!」


 腕の中に閉じ込めたまま、(さね)が俺の体をまさぐる。ぞわぞわと全身に鳥肌が立って、思わず殴ろうかと手が拳の形を作った。


「……うん、怪我はなさそうだな」

「口で聞け口で!」

「聞いても素直に答えないだろ」

「こんなんされるくらいなら答えるわ!」


 あと少しで本当に殴るところだった。いや殴ってしまえば良かったか。

 息巻く俺とは逆に、(さね)は力が抜けたように、俺の肩に頭を預けた。

 その様子に、俺も勢いが削がれる。


(きよ)。頼むからもうあいつと二人きりになるな」

「いや無茶言うな。陰陽師の訪問を断るわけにはいかないだろ」

「だったら俺がいる時だけにして」

「靖文がちゃんと事前に連絡をくれりゃな……」


 陰陽師と怪病治療師は切っても切れない間柄にある。

 基本的には互いに独立しているが、専門分野は異なる。

 治療師は患者を診るのが主な仕事だ。親父みたいな何でも祓える万能型もいるが、そうでなければ強力な怪異を相手にする場合など、陰陽師を頼ることになる。

 陰陽師は、自身で薬を煎じることも快癒の(まじな)いも行える。しかし特殊な事例においては治療師の知恵や薬を借りることもあるし、薬の用意は単純に分けてもらった方が早いと割り切って分業にしている者もいる。

 そんな風に持ちつ持たれつでやっているのが、陰陽師と怪病治療師だ。特定の相手と協力関係を結んでいる場合もあれば、その土地で頼れそうな相手を都度探すこともある。

 靖文とは、一応は協力関係にあると言っていい。だがああいう奴なので、俺は正直なところ靖文が嫌いだ。だから積極的には頼らない。しかし客として薬を求めてくるなら、断るわけにもいかない。陰陽師の靖文が必要と判断したのなら、その薬は絶対に必要としている人間がいるからだ。


 縋るように俺を抱きしめる(さね)の背を、軽く叩いて宥める。

 心配性め、と言いたいところだが。靖文に限っては俺も常に何をされるかわからない恐怖を感じているので、なんとも言えない。

 ただ俺と(さね)のどちらの方が危ないかといえば、圧倒的に怪異である(さね)の方が危ない。なるべくなら(さね)にはあまり靖文と関わってほしくない。


(さね)、大丈夫だって。あんなんでも陰陽師なんだから、基本的には人間の味方だぞ。多分きっと恐らく根は善人だ」

「善人は遊びで人を泣かせたりしない」

「いやだから泣かされてねえっつの。あのな、あいつの口にする言葉は全面的に信用するな。陰陽師は京都出身の方が箔が付くなんてふざけた理由で適当な上方(かみかた)訛りを喋ってるような奴だぞ」

「あれそんな理由なんだ……本当はどこ出身なの」

「正確なところは知らんが、確か西側ですらない」


 本当に適当なんだあいつは。気分で行動しているようなところがある。

 陰陽師になった理由も、貴族から大金をふんだくれるからとかそんなんだった気がする。

 そう考えると人間の味方であるかどうかも怪しいな。黙っておこう。


「ところでお前、庄吉さんはどうした。ちゃんと送ってきたのか?」

「途中までね。そこからは一人で大丈夫だから、(きよ)の側にいてやれって。俺が気もそぞろだったから、気をつかわれたかな」

「……そうか。今度ちゃんと礼をしないとな」


 庄吉には本当に悪いことをした。さよへの説明もしなければならないし、改めて手土産でも用意して訪問しないといけない。

 その時は、ゆめの話をしよう。さよは少しばかり気分を害するかもしれないが、ゆめがいたという証拠は、もう俺たちの記憶の中にしかないのだから。


(さね)、もういいだろ。離せ。そろそろ庭を片付けないと」

「……俺も手伝う」

「おう、そのつもりだ」

「それから……今日は、泊まってく」

「……仕方ねぇな」


 今日ばかりは、この甘えたも許そう。

 俺の方も、一人で眠るのは少しばかりしんどい。

 雪はきっと、朝までやまないだろうから。


 しんしんと。しんしんと。

 全てを白く染め上げて、跡形もなく消していく。

 いずれ全てが曝け出されるとしても。

 今はまだ。その美しさだけを、目に焼きつけていたい。

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