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壱の四 電光石火の結婚

「オレの名は(ちり)(づか)(せつ)(れい)。又の名を塵塚怪王。知っていると思うが、妖怪だ」


 淡々と仰って、怪王様は私の向かいの席にゆったりとした所作で腰を下ろした。


 更に、私の前に置いてあったクッキーを一つ掴み取って食べ始めた。まるで煎餅を囓るように、ボリボリと。一見すると荒々しく粗野に見える行動だったが、どこか気品を感じさせる奇妙な艶めかしさがあった。


 咀嚼している間も怪王様はずっと、私を見つめていた。


 どんな宝石よりも輝かしい双眸で見つめられ、私は息が詰まりそうでふるふると震え続けた。


「……ふむ」


 クッキーを食べ終えた怪王様は紅茶で喉を潤し、数瞬の間、目を瞑った。


「縁談に来た娘がオレを見た際にする反応は、二つに一つだ」


 怪王様は目を瞑ったまま右手の人差し指と中指をピンと伸ばした。


「妖怪の王としての恐怖に慄くか、この美貌にとろけて色目を使うか。しかし、お前は違った。どちらでもなく、ただ呆けていただけだ」


 怪王様は右の手をギュッと握りしめ、目を大きく見開いた。


「肝が据わっているのか、それとも余程の阿呆か。まぁ、どちらでもいい」


 恐怖に慄いていたし、美貌にとろけていたし、どうしようもなく呆けていたのだが……私は何の言葉も返すことができず、怪王様の圧倒的な存在感に呑み込まれるばかりだった。


「おい、坂田。さっさと準備をしろ」


 突然の怪王様の命令に坂田さんは「はて?」と首を傾げた。


「一体何の準備でございましょう?」


「婚礼の儀に決まっているだろうが。今すぐに、だ」


 怪王様の仰った言葉に一瞬、私と坂田さんは時が止まったかのように身動きできなくなった。


 婚礼の儀、とは、つまり結婚の儀式。即ち、縁談の成功ということだ。世間知らずの私でも流石におかしいことはわかる。怪王様と私は今さっき顔を合わせたばかりで、言葉すら交えていない。にも関わらず婚礼の儀を始めようだなんて……。


 それとも、妖怪の王様にとって縁談とはこういうものなのだろうか。


「怪王様。もしや、一目惚れですかな」


 ニヤニヤと微笑む坂田さんに怪王様は「違う」とキッパリと吐き捨てた。


「……あ、あの!」


 このまま私の素性を知らないまま本当に結婚をしてしまったら、真実を知った時に怪王様は落胆してしまうに違いない。と、不安と罪悪感が一気にこみ上げてきて、私は勇気を振り絞って声を張り上げた。


「わ、私のような……の、呪われたガラクタ娘と結婚なんて――」


「ガラクタ?」


 怪王様の声色がほんの僅か上ずった気がした。


「……いいではないか、ガラクタで」


「え?」


「何を隠そう、このオレもガラクタ出身だ」


 空っぽになったティーカップを細く長い指先で弄びながら、怪王様は色気に溢れた声を弾ませた。


「オレは今でこそ塵塚怪王という仰々しい名前で呼ばれているが、元々は名もないガラクタの付喪神だったのだ」


 私の隣の椅子の上で丸くなって眠っている唐傘さんと提灯さんを一瞥して怪王様は静かに微笑んだ。「千年以上、昔のお話ですけどね」と坂田さんが補足した年月を聞き、私は改めて改めて目の前の存在が人ならざる妖怪であることを思い知った。


 千年以上生きている妖怪の王様と、十九歳の小娘。……釣り合うはずがない。


「かつてのオレは妖怪にも、人にも、無能のガラクタだと蔑まれていた」


 怪王様の冷たく鋭い眼差しが心の内を透かすように、私の胸を貫いた。


「そこの唐傘と提灯よりも遙かに弱い、最弱の妖怪だった。何の力もなく、取り得もなく、絶望よりも真っ暗な虚無の世界を這いずり回っていた。……だが、それでもオレは諦めることなく必死に、懸命に、ひたすらに生き続けた」


 私の顔を見つめたまま、怪王様は魔性の笑みを浮かべた。


「そして、同じように捨てられたもの達の思いを引き継ぎ、オレはゴミの王となった。更に、鍛錬を重ねて、付喪神の王となった。それを繰り返していくうちに、やがては全ての妖怪達を統べる百鬼夜行の王となったのだ。塵も積もれば山となる、というわけだ」


 嬉々として語る怪王様の言葉を聞いて、私はハッとした。


 ……もしかして、怪王様は似た境遇である私にも諦めるな、と励ましてくれているのだろうか。ガラクタであろうとも必死に、懸命に、ひたすらに生き続ければ輝かしい未来があるはずだ、と。


 でも。


 でも、でも、でも。


 と、情けない否定の言葉を吐き出しそうになるのを私は無理矢理に呑み込んだ。


「ふん。お前の調子に乗せられたのか、らしくもない自慢話をしてしまったな」


「それほど色葉様のことをお好きになられるだなんて、やはり一目惚れですね」


「違うと言っている」


 怪王様に叱られ、坂田さんはお茶目な表情でぺろりと舌を出した。


「それでは何故、色葉様のことを?」


「……運命的だと思ったのだ」


 長いまつげを誇る目を伏せて、怪王様は凜とした声色で言い切った。「それを一目惚れと言うのでは?」と嬉しそうに首を傾げる坂田さんの追撃は華麗に無視して。


「さあ、さっさと婚礼の儀を始めるぞ」


 そうして、本当にさっさと婚礼の儀が始まってしまった。略式と言うのもはばかれるような、前代未聞の電光石火の如き結婚だった。私の実家・照山家には、手紙と共にたっぷりの結納金を手配したそうだ。


 あっという間の式を終えて、怪王様――もとい、旦那様は矢継ぎ早にこう仰った。


「この屋敷は自由に使え。金も好きにしろ。時間も縛らぬ。わからぬことがあれば坂田を頼れ。退屈な時は唐傘と提灯と遊べ。……以上。これよりオレは一人、ひきこもる。じゃあな」


 え。


 私が戸惑う暇もなく、旦那様は屋敷の奥の書斎へと本当にひきこもってしまった。


 突然の縁談、刹那の婚礼の儀に続いて、旦那様のひきこもり宣言。


 一体全体、私のこれからの日々はどうなってしまうのだろうか――と、不安という名の暗雲が頭の中にモヤモヤと際限なく広がっていった。


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