〆
波瀾万丈の新婚旅行が幕を閉じてから一週間後。
屋敷の畳の間で旦那様と私は穏やかな時間を過ごしていた。旦那様は帝都の書店で買い漁ってきた旅行の本を読み耽り、私は坂田さんに教えてもらった編み物に挑戦して悪戦苦闘を繰り広げていた。
廊下からは喧嘩独楽で遊ぶ唐傘さんと提灯さんの愉しげな声が聞こえてくる。
午後のまったりとした幸せを堪能しながら、新婚旅行の後のことを少し振り返った。
お母様と彩花ちゃんは旦那様の計らいにより、今は京都で暮らしている。九尾さんの営むミルクホールで給仕として住み込みで働いているそうだ。旦那様曰く、これまで働きもせずに堕落していた二人をこってりと絞って改心させる、とのことだ。
朧さんがいなくなって困っていた日本軍には、優秀な鬼を旦那様が推薦した。その鬼が変化した人の姿は相当な男前らしい、と坂田さんは乙女のような顔で嬉しそうに語っていた。
そして、温泉街で好き放題の宴の限りを尽くした百鬼夜行は、というと……。あれから一時期、人々の間で妖怪の噂が持ちきりだったのだが、あまりに堂々と姿を見せたことで逆に現実味を失わせたのか、今では一種の集団幻覚の類いだという結論に落ち着いていた。
妖狐と化け狸が人々の感覚を上手いこと化かして、夢と現の境目を曖昧にしてくれていたのも大きいのだろう、と旦那様は仰っていた。
しかし、全国各地の妖怪達には百鬼夜行復活の知らせは行き渡り、最近は更に屋敷を訪れる妖怪が増えるようになっていた。
百鬼夜行のお姫様という大役を担う私を頼る者と、百鬼夜行の王様である旦那様を一目拝もうとする者で連日連夜、屋敷は妖怪達で溢れかえっていた。……旦那様は常に居留守を使ってひきこもっているけれど。
そんな激動の日々の中、今日は珍しく来客が途絶えたので各々がやりたいことをやって過ごしている、というわけだ。ちなみに坂田さんは久しぶりの休暇ということで、帝都に活動写真を見に行っている。どうも、最近流行りの役者さんにぞっこんのようだった。
「色葉」
読み終えた大量の本をちゃぶ台の上に積み上げ、旦那様は凜とした声で私の名前を口にした。私はくしゃくしゃになってしまった編み物を背に隠して、旦那様の元におずおずと近寄った。
凜々しくもあり、たおやかでもある圧巻の美貌を綻ばせて、旦那様は開口した。
「次はどこに行こうか考えているのだが、行きたい場所はあるか?」
「え、えと……何のことでしょう?」
質問に質問を返すのは無作法だと思いつつ、私は問いかけた。わかったフリをして適当に話を合わせる方が失礼だと思ったのだ。
「旅行だ」
私の無作法を気に留めるこなく、旦那様は穏やかな笑みで頷いた。
「新婚旅行があまりに愉しいものだったからな。また、行こうと思ったのだ。ひとまず夏は納涼の旅行に、秋は月見の旅行に、冬は初詣の旅行を考えているのだが……」
百年間ひきこもりだった旦那様が自ら旅行を愉しまれるようになるだなんて、と私は思わず頬が緩んでしまった。
「ん? どうした」
笑いを堪える私に気づいた旦那様は眉をぴくりと動かし、怪訝そうな表情で首を傾げた。
「も、申し訳ございませんっ! 旦那様が愉しんでおられるのが、とても嬉しくて……。それに、旦那様との旅行を想像したら、どこへ行っても幸せすぎて……つい、笑みが溢れてしまったのです」
「そうか」
私の返答に旦那様は一際ぶっきらぼうに言葉を吐き出し、墨絵の扇子で自分の顔を覆い隠した。……が、寸前で旦那様の表情が至極嬉しそうにニヤけているのを目撃してしまい、私は顔が熱く火照ってしまった。
そして、扇子で顔を隠されている旦那様の耳元が朱に染まっていることに気づいた時には、いよいよ、左胸の辺りの高鳴りは収まりがつかなくなっていた。
旦那様。
私はとても幸せです。
幸せすぎて時折、恐ろしくなるのです。
それはもう、どうしようもないほどに。
だからこそ、私は切に祈ります。旦那様との幸せが永遠に続きますように、と。
【完】




