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伍の四 満天

 ゆらり、ゆらり、とがしゃどくろさんは足下に注意しながら緩やかな動きで歩き始めた。これほどの巨体にも関わらず、蒸気機関車よりも揺れが穏やかで、涼やかな夜風がとても心地よかった。


 開けた視界に広がる絶景の峰々に見蕩れていると、がしゃどくろさんの足下から歓声が沸き上がった。愉しそうな騒ぎが気になった私は思わず身を乗り出し、温泉街を見下ろした。


「今宵は我らが姫と王の新婚旅行! 盆と正月ががっちゃんこ! さあさあ、宴だ! 祭りだ! 呑めや踊れや無礼講!」


 唐傘さんと提灯さんを筆頭に沢山の小さな付喪神達が大笑いしながら跳びはね、すっかり酔っ払った鬼の集団がヘンテコな動きで舞い踊り、八つ首の大蛇と妙に首の長い美女がくねくねと絡まり合い、百鬼夜行の魑魅魍魎が温泉街を我が物顔で闊歩する。


 異様の宴に人々は最初怯えていたが、どんちゃん騒ぎの空気に当てられたのか、「これは夢だ」と思い込んでヤケクソになったのか、いつの間にか満面の笑みを浮かべて妖怪と共に温泉街を練り歩いていた。


 旅館の女将さんも仲居さんも、土産物屋の店主も、観光客も、子供も、大人も、おじいさんも、おばあさんも、誰しもが弾ける笑顔でてんやわんやの大騒ぎだ。


 牛の顔をした大蜘蛛が太鼓を叩き、絶世の雪女が麗しい三味線を奏で、河童の夫婦と観光客の夫婦が流行歌を口ずさむ。


 九尾さんの指示で妖狐の群れが一斉に桜の木に変化して花吹雪を散らせたかと思うと、刑部さんが対抗して化け狸達と共に季節外れのひまわりに変化した。突如始まった狐と狸の変化合戦にやいやいと野次を飛ばすのは、無礼講の極みと言わんばかりに羽目を外した坂田さんだった。


「はっはっは! どいつもこいつも滅茶苦茶だな」


 愉悦に浸って墨絵の扇子を扇いでいた旦那様は何かに気づいた様子で不意に目を細め、足下の温泉街をじぃーと凝視した。


「旦那様?」


 私の問いかけに旦那様は静かに頷き、畳んだ扇子の先端で温泉街の隅を指し示した。そこには百鬼夜行に怯えた女性が二人、青ざめた顔で縮こまっていた。


 二人の正体に気づいた私は静かに開口した。


「……がしゃどくろさん。あそこの二人とお話をしたいのですが」


「はいよー!」


 気前よく返事をしたがしゃどくろさんは二人をひょいっと摘まみ上げ、私の前に差し出してくれた。対する二人は何が起こったのか理解できていない様子でひたすらに慌てふためいていた。


「こんばんは。お母様、彩花ちゃん」


 私は確固たる面持ちで二人――お母様と彩花ちゃんと向き合った。


「い、色葉……!」


 お母様は恐怖にまみれた表情でびくびくと身を震わせた。彩花ちゃんは何とか逃げようと暴れていたが、がしゃどくろさんに摘ままれている状態ではどうすることもできない様子で泣きべそをかいていた。


 おそらく、空亡として私を覚醒させるための手駒として朧さんに連れてこられていたのだろう。朧さんが死んだ結果、何も知らない二人は妖怪達の群れに囲まれて怯えていた、というわけだ。


 朧さんの神通力によって記憶を改竄されていたとはいえ、二人にされた仕打ちは今でも心身に染みついている。


 痛みに慣れてしまうほどにお母様にぶたれたこと、心が冷え切るほどに彩花ちゃんに罵られたこと、父親殺しの呪われたガラクタ娘と蔑まれ続けた十年間。それら全てがぐちゃぐちゃに混ざり合い、ドス黒い感情となって心の内側で今もまだ煮え滾っている。いつ空亡として覚醒してしまうかわからないほどの熱量でグツグツと。


 だけれども。


 今の私にはもうどうでもいいことだった。


 今更、二人を憎んでも仕方がないことだ。


 だって、今の私はどうしようもないほどに幸せなのだから。


「今まで色々と……本当に、色々とありがとうございました」


 お母様と彩花ちゃん、それと、後ろ暗い昔の自分への決別の意味を込めて、私は感謝の言葉をハッキリと口にした。これは終わりではなく、新しい始まり。そのための決別。一つの、区切りとして。


 そして、とっても清々しい気持ちで旦那様に振り向いた。すると、旦那様は妖怪の王に相応しい、わざとらしいほどの邪悪な笑みを浮かべていた。


「色葉が許そうとも、このオレは許さぬぞ。お前達は大切な色葉を散々に虐待したのだからな」


 憤怒の形相で旦那様に睨みつけられ、お母様と彩花ちゃんは今にも失神しそうな面持ちで震え上がっていた。


「たっぷりと仕返しをしてやりたいところだが……とはいえ、お前達は朧に人生を掻き乱された犠牲者でもある。少しは温情をくれてやろう」


 そう仰った後、旦那様は「まぁ、朧が改竄したのは父君に対しての記憶だけなので、お前達の本性がクズであることに変わりはないが」と苛立ちの募る表情で吐き捨てた。


「償いの罰はまた後ほど考えるとしようか」


 二人から顔を背け、私と向き合った旦那様の表情は打って変わって穏やかな優しさに満ち溢れていた。


「がしゃどくろ。此奴らを適当な山に捨ててくれ、目障りだ」


「はいよー!」


 景気よく返事したがしゃどくろさんに対し、お母様と彩花ちゃんは必死に抵抗を試みた。しかし、それらは全て無駄に終わり、がしゃどくろさんにぽいっと放り投げられて山の向こうに捨てられてしまった。


「ひ、ひぇっ~!」


 お母様と彩花ちゃんの悲鳴をかき消すように、百鬼夜行の宴は更に更に盛り上がっていった。

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