聖女と厄災の姫
Q.またこのタイプの話か?
A.書いてる分には楽しいんすよ。
薄暗い塔の中。少女は寝台に腰掛けて、高い窓の外を飛ぶ鳥を眺めている。
「おい、レギーナ」
「……アンドリューでんか、ごきげんうるわしゅう。このようなばしょへごそくろういただきありがたくぞんじます」
幾つもの魔法封印が成された鉄格子の向こう。人影に呼びかけられて少女は応える。言葉の意味はよくわからない。こう言え、と言われただけだ。
「相も変わらず不吉な面と色合いだ」
不満げに鼻を鳴らす。王子アンドリューは自身の金の髪とはまったく異なる白髪の娘を見やった。死なない程度にしか物を食わせていない体は針金のようだ。
「だが、貴様の顔も今日で見納めだ」
「まぁ……そうですか」
少しも信じていないような声を少女:レギーナは返した。
「ふん、声まで不気味だな。この聖女カナリアの麗しい声とは歴然の差よ」
言われて初めて、レギーナの視線はアンドリューの陰に佇む姿に向けられる。
金属の棒を手に震える少女は、レギーナをじいと見つめていた。
「はじめまして。わたくしは異界より来たりしもの。
――この国の危機を救えと、呼ばれたものです」
「……きき、とは……わたしのこと?」
「ッ!」
カナリアはきゅっと眉をひそめた。それを見たレギーナは胸がギィと痛む。
「あなた、あなた、ええと、しんぱい、しているのね? だいじょうぶよ。
わたし、なんにもできないわ。ここからはでない。おくにのためにも、
もうあえない、おかあさまのためにも。だから、だいじょうぶ」
「公爵夫人は拾われたお前を憐れんだだけの方だ。母と呼ぶなど…」
王子の呟きはレギーナには届かない。カナリアの瞳が潤んだのに、王子は気付かない。
「わたくしには、不思議な力があります。その力を、国の危機のために、あなたのために、使わせてはいけませんか?」
「聖女よ、このような者に許可など要らぬ。そなたの力でこれをなんとかしてくれるのだろう?」
「ええ、なんとかしますわ」
潤む瞳と震える体を隠すように、真っ赤に染まった頬でカナリアは王子に微笑んだ。それからレギーナを封じる檻へ近寄る。
「では、どうぞわたくしに続いて呪文を……同じ言葉を、続けてください」
「はぁい」
寝台を下りて、レギーナもカナリアに近付く。レギーナは今年十六になる娘だが、心身の成長はそれよりもっと幼く見えた。
「……ギアギア」
「ぎあぎあ」
「ギアール」
「ぎあーる」
「ギアキレギア」
「ぎあ、きれ、ぎあ……?」
ぶわり、とレギーナを中心に光と風が渦を巻き始めた。
「っ、聖女! 貴様一体何をした!」
王子がカナリアの髪を掴む。だが彼女は怯まない。
「ああ、やはり、合っていた! もっと、もっとお唱えください!」
「ぎあぎあ、ぎあーる、ぎあき、れぎあ! ギアぎあ、ぎあール、ぎあキレ、ギア」
ギリギリと胸の奥底から音がする。レギーナはこんな体が熱くなるのは初めてだった。何もわからないけれど、教えられた言葉を必死に唱える。
なんだか酷く懐かしさを感じたのだ。ぎゅっと目を閉じると昔のことを思い出す。
レギーナは公爵領の森で赤ん坊の頃に拾われた。拾ったのは、幼い息子と散歩をしていた公爵家の夫人だった。優しい夫人は彼女を憐れみ、娘として慈しんだ。
しかし、夫人が病に倒れ還らぬ人となった直後、王家の占い師が予言をした。
鳥に救われし娘が、国に危機を呼ぶと。
――夫人が彼女を見つけたのは、不思議な鳥の鳴き声に導かれてのことと、一部の人々は知っていた。
それから十一年。彼女は家族と引き離され、幼子じみた心と体のままでずっとひとりだった。レギーナに難しいことはわからない。ただ、ここにずっといなくては、
もういないおかあさまや、時々遊んでくれたおにいさまの『ためにならない』と言い聞かされたので、それに従っているだけだ。もう顔も思い出せなくても、胸がぽかぽかするだいすきなもののひとつなので。
そのぽかぽかとは違う、夏の日差しのような、暖炉の火のような熱を持つ懐かしさが、急かすようにしてレギーナの口を動かす。そのたびに彼女を取り巻く渦が強さを増していく。そうして、何度目か。
「――ギアギア・ギアール・ギアキレギアッ!!」
光が塔の中から飛び出すほど強さを増した。近くを飛んでいた鳥が奇声を上げて慌てて逃げ出していく。
「ぐあっ⁈」
風に弾き飛ばされた王子が壁にぶつかり、その拍子にカナリアを解放する。
光の眩しさに目を閉じていた彼女は、風と光が収まったのを感じた。
「まったく……わらわをこのような身に封じておったとは」
鼓膜を震わせる声に、目を開いた。
「あぁ……」
腰まで伸びる髪をはじめ、全身がきらきらと輝いている。薄汚れたワンピースなどではなく、彼女の豊満な肢体に相応しい装いに包まれている。
「これも、わらわを閉じ込めるには力不足よ」
輝く指先で薙ぎ払えば、鉄格子はいとも簡単に崩れた。
「あぁ、ああ! あああああ! でんか、姫殿下ッ!」
カナリアはその足元にひれ伏す。
「ふむ、何者かは知らぬがわらわを開放したことは褒めてやろう。
小娘。顔を挙げ、疾く説明せよ。貴様、何者だ」
「……気狂いにございます、ギアキレギア殿下」
足元から見上げたその顔は、満面の笑み。しかし、その瞳は暗い。
「親兄弟、友、故郷、その他あらゆる自分に近しいものより引き離され、
要らぬ賞賛ばかりを受けて満たされぬ心の穴の空いた気狂いです。
ですがある時、鳥に救われた赤子のことを知りました。
それは、かつて愛した物語の一幕にようく似ておりました。
あなた様の声を聞き、それは確信へと変わりました。
――物語の名は、聖鳥戦隊バーディアン。わたしはその中で、
あなた様をいっとう好いておりました……皇女ギアキレギア様」
ブラックホールのような瞳で笑う女を見下ろし、レギーナ、否、ギアキレギアは目を瞬かせる。だがやがて愉快そうに高笑いをこぼした。
「ほほ、其方、わらわを物語として知るとな? わらわが何をしたかを知り、
わらわが……どのような末路を迎えたかを知って、なお、
わらわを目覚めさせたというのか? ほんに、ほんに気狂いであるな!」
カナリアの襟元をむんずと掴み、軽々と持ち上げる。
「よいぞ、小娘。では其方をこの国におけるわらわの第一の臣としよう。
占いなぞに踊らされ、わらわを閉じ込めたこの国に復讐するのだが、
当然、わらわに従うのだろう?」
「はい、姫殿下! あぁでも、第一の臣はご遠慮願いたく」
「む?」
「その呼び名は……どうぞ彼の人、貴方の道化のためだけに」
再び目を瞬かせ、それから聖女の額にチョップを一つ。その頬はほのかに赤い。
「あれのことは言うでない」
「……わたしなどにすら、あなた様との縁がございました。きっと、彼の人と
いつか巡り合うときが来ましょう」
その言葉にギアキレギアは答えない。ただ、微笑むだけだ。
「う、うぅ、何なのだ、一体……」
衝撃で今まで気絶していた王子が目を覚ます。辺りを二度三度見回す。
ギアキレギアと聖女と目が合った。もう一度見回す。もう一度目が合った。
「誰ーッ?! というより何ーっ?!」
「ふっ、問われたならば教えてやろう! わらわはギアキレギア!
大宇宙機械帝国ギアルカディアの皇女ギアキレギアである!」
全身を歯車モチーフの鎧で包んだ絶世の美女が、堂々と名乗りを挙げた。
「そしてアンドリュー! 貴様よくもわらわを罵倒したな!
恨みはらさでおくべきか! くらえ、ギアキレギアレーザーアーム!」
聖女を掴んだのとは反対の腕が、がしゃんがしゃんと音を立てて変形していく。
砲身に変わったそこにエネルギーが充填され、
「あ、姫殿下! こいつは活かしておいて国の敗北を見届けさせましょう!」
「ほぉ、それはよいな!」
王子ではなく天井へと照準が切り替わり、放たれた。
封災の塔が崩壊し、王子が大怪我を追い、聖女と厄災の姫が行方不明になったその日、なんだかきんぴかのすっごいのがドレスをきた女の子を連れて飛んでった、と
王都に住む五歳の男の子トムくんは語った。
――三日後。王城は消し飛んだ。王族はふん縛られて城門の外に投げ出された。
翌日、不可思議な金属製の城が立った。ずっとギリギリ鳴っていてうるさいのと
あまりの不気味さに住民たちは慌てて逃げ出した。
一週間後、城の周辺を金属の人形がうろつくようになった。武器を持ったそれらが人類に敵対的であることは明らかだった。
一月後。聖王国から聖女の保護の依頼を受けた魔導王国の勇者が単身で城に突入することとなった。雷鳴流という独自の剣技を使う勇者サンダー・バルドーの勝利を誰も疑ってはいなかった。
突入十時間後。人形たちは城の中に入り込み、城は空へ飛んだ。
『いやー、すごいね魔導王国。研磨道化ダンサンダー……じゃなくて、
魔剣士サンダーサンダー、でもなくって、ええっと、勇者サンダーに
真っ当な人間としての倫理観を身につけさせたんだもん』
各国の知恵者が集う対策本部の前に、突如動く絵が現れた。聖女の魔法である。
『めちゃめちゃに叱られました。この国とか滅ぼすつもり満々だったし、
なんなら世界征服もする予定だったけど、いくらなんでもやりすぎだと
懇々と叱られて私は反省しました。でも王族は許さんし、占い師は
伝え方ド下手くそだったのでやっぱり許せないので謝りません。
あと、多分ここにいると辛い気持ちがこらえきれないので、私と姫殿下、
――聖女カナリアと厄災の姫はここを去ります。あ、勇者サンダーは
前世から姫殿下にぞっこんなので一緒に行くそうです。
それではファンタジー異世界の皆さんアデュー!
これからはスペースファンタジーです!推しのいちゃラブ新婚生活を
傍で眺めさせてもらうご褒美の旅に出発です!!』
カナリアは通信を切った。振り向けば、勇者サンダーはギアキレギアを
膝に乗せて愛を囁いている。ギアキレギアも満更ではない様子だ。
――研磨道化ダンサンダーをカナリアは覚えている。ギアキレギアを
姫様と呼び、愛を叫び、おべんちゃらを使い、しょっちゅう蹴られていた道化師。
だが、彼女が大銀河機械帝国皇帝ギアンテスに取り込まれた際に彼は
かつての宇宙一の剣豪、魔剣士サンダーサンダーとしての本性を現す。
皇帝に反旗を翻し、バーディアンに助力し、ギアキレギアを救い出し、
皇帝から彼女を庇って命を落とした、彼女の第一の臣。
その死に涙したギアキレギアを憐れんで、聖鳥ホーは封印の魔法をかけたのだ。
今度は愛に気付くことのできる幸福な生を送れるようにと願いをこめて、
人間の赤ん坊へと姿を変えて、遠いどこかへ送り出した。
彼が彼女の住む世界に生まれ変わったのも、聖鳥の導きがあってのことではないかとカナリアは考える。勇者サンダーは魔導王国の侯爵家の三男だった。
もしもギアキレギアが公爵家の養女レギーナとして育っていたのなら、どこかでもっと穏便に出会うような運命だったのではないだろうか。
だが、全ては無かった話だ。彼女はギアキレギアとして目覚めてしまった。
一目見た瞬間に「姫様!」と叫んで泣き出した男が、姿形が変わっていても、
かつての第一の臣であったとはっきり気がつけるほどに。
「っは~推しカプ間近で眺められるの眼福っすわ~」
かつてのキャラ萌え特撮オタクとしての自我を取り戻して、カナリアは恍惚の息を吐いた。城は大きく揺れ、大気圏を突破するところだった。