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悪魔の初恋  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第6章 選択
40/44

040 あの場所で

 


 空を見上げると、雪が舞っていた。

 寒い筈だ。

 そう思い、微笑んだ。





 雑居ビルの屋上。

 雅司と初めて出会った場所で、ノゾミは待っていた。

 どれぐらいで、この場所に辿り着けるだろう。

 まずはいつもの公園に向かって。一緒に歩いた街路樹を探して。

 ひょっとしたら、あの遊園地にも行ってるかもしれない。


 雅司と過ごした日々を思い返す。

 どれを思い出しても、心が温かくなっていく。

 色んなこと、あったな。

 でも……足りないよ。


 もっともっと、思い出を重ねたかった。

 一緒に行きたいところ、まだまだいっぱいあった。

 そう思い、白い息を吐く。


 肩が震える。

 この震えはどっち?

 寒いから?

 それとも……





「少しだけ時間、いいかな」


 声に振り向く。

 いつも。どんな時でも。

 傍にいてほしいと願った人。

 誰よりも苦悩を抱え、涙した人。

 そして。

 誰よりも優しく、誰よりも私を認めたくれた人。


 雅司がそこにいた。

 缶コーヒーを手に。

 笑顔で。


「そのセリフ、覚えてたんだ」


「俺たちの出会いの言葉だ。忘れるもんか」


「そうね、そうだった。ふふっ」


 缶コーヒーを受け取り口にする。優しい温もりが染み渡ってきた。


「これが契約だったかもしれないのよね」


「だな。でもそれでもいいかと思えるぐらい、ほっとするだろ?」


「そうね、ふふっ」


 いつもと変わらぬ口調、穏やかな笑顔。

 これから起こることを知っていて、どうしてあなたはそうなの? そう思った。

 本当、不思議な人ね。


「もし契約がこれだったら……今みたいな思い、しなくてもよかったのよね」


「そうだな。お前にとっては、その方がよかったのかもしれない」


「……馬鹿」


「ただ……勝手な言い草だけど、そうしなくてよかったと、今は思ってる」


「本当?」


「ああ。本当だ」


 その笑顔に。ノゾミの胸が熱い何かで満たされる。





「この場所にいるって、分かってくれたんだね」


「俺たちの関係を思ったら、ここしかないだろ」


「他の場所にも行った?」


「いや。ここ以外、ないと思ってた」


「……そうなんだ」


 ノゾミがそう言って、嬉しそうに微笑む。


「もう大丈夫なの?」


「ああ。そこまで飲んでないしな」


「そうじゃなくて。ほら、利用者さんのことよ」


「利用者さん……ひょっとして、山本さんのことか?」


「ええ、そう。あの日から雅司、ずっと思いつめた顔をしてたから」


「気付かれない様にしてたんだが……ばれてたのか」


「それだけ雅司が、人間っぽくなったってことよ」


「ひどいな。俺って、そんなにおかしかったか」


「当たり前でしょ。これまでずっと、悪魔の私をからかって、惑わせて。こんな(ひね)くれた人間、そうそういないわよ」


「お前の反応が可愛くてな。つい意地悪したくなるんだよ」


「でも……そんなあなたが少しずつ、当たり前の感情を見せるようになっていって」


「自分では分からないけど、そうなんだな。でもそれはきっと、お前やメイのおかげだぞ」


「そう言ってもらえると嬉しいわ」


「しかしここで、山本さんの話が出るとはな」


「どうして?」


「俺の人生はここで終わるんだ。今更そんなこと、どうでもいいかと思ってな」


「そんなことない。例え終わる命だとしても、自らに問い続ける。それがあなたでしょ」


「……」


「あなたはかつて、ここで命を断とうとした。私が契約の話を持ち掛けても、望みすら口にしなかった」


「ああ」


「でもそれは、投げやりになっていたからじゃない。命を軽んじていた訳でもない。あなたはこの場所に立つまで、ずっと自問し続けていた。その結果、これが最善の選択だと判断した。だから全てを受け入れて……全てを諦めた。辿り着いた結論に、誇りすら持っていた、そう言えるかもしれない」


「俺よりも俺のこと、理解してくれたんだな」


「だからあなたは今も、問い続けている筈よ。違うかしら」


「……参ったな」


 雅司がそう言って、自虐的な笑みを浮かべた。

 しかしすぐに真顔になり、頬を叩いた。


「すまん。嫌な顔だったな」


「私はずっと、あなたを見てきた。そして今の様な笑みを見せた時、あなたが何を思っているか分かるようになっていった。それなのに……

 こんな時でも、あなたは私のことを考えてくれるのね」


「それも含めて、全部自分の為だよ」


「かもしれない。でも、それでも……そんなあなたのことを、私は誇らしく思う」


「ありがとう」


「でも私の前でくらい……今くらいは、自分に正直になってもいいんじゃない?」


 そう言って、ノゾミが笑顔を向けた。




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