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悪魔の初恋  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第6章 選択
36/44

036 死に慣れる

 


「で、どうなんだ」


 クリスマスツリーの飾り付けをしながら、メイが口を開く。


「どうって、何がよ」


「何がとはご挨拶だな。とぼける気か」


「とぼけてなんか……いないわよ」


「ちなみに私が問うたのは、ひとつではないからな」


「……」


「私が何を聞こうとしたか、言ってみろ」


「……雅司のことでしょ」


「うむ……そうだな」


「雅司が、その……山本さんが亡くなってから、変な笑い方をするようになって」


「やつにも困ったものだ」


「そんな言い方ないんじゃない? 雅司だって辛いんだから。それなのに彼、私たちの前では無理矢理笑顔を作って」


「これが初めてと言う訳でもあるまいに」


「そうね……雅司も言ってた。これまで、こうして何度も利用者さんを見送ってきた。今回みたいに、自分が直接見送った人もいるって」


「それなのに今回、やつはあの有様だ。ひょっとしたらその度に、ああなってたのかもしれんな」


「魂に触れたあなたなら、知ってる筈だけど」


「無論だ。ははっ、流石だな、ノゾミ」


「茶化さないで。それでどうなのよ」


「何がだ」


「だから……彼が死に触れた時よ。いつもあんな感じだったの?」


「端的に言えば、違うと答えるのが正解だろうな」


「それってどういう」


「確かにこれまで、やつは多くの死に触れてきた。初めての時は狼狽(ろうばい)し、感情の制御が出来なくなっていた。その利用者、運がいいのか悪いのか、わりとまともなやつでな。やつもかなり入れ込んでいたようだ。だからやつは、人目も(はばか)らずに泣いた。身内がもらい泣きするほどにな。

 だが人間には、我々にない特性がある。どんな状況にも慣れていく、という特性だ」


「それって、死に慣れていくってこと?」


「もっと言えば、死に鈍感になるということだ。ニ回目の時は、最初の時よりダメージが少なくなっていた。三度目ともなると、感情のままに泣くこともなくなっていた。そうしていく内に、いつしかやつは、涙ひとつこぼさなくなった」


「受け入れる心に余裕が出来てきた、という訳ではなさそうね」


「死に接してやつが思うこと。それがいつしか、哀しみだけではなくなったのだ。居室の掃除、シーツの交換。私物をまとめて遺族に引き渡す。そして待機者リストに目を通し、いつから受け入れ可能か上司に報告する。そういうことが、真っ先に浮かぶようになっていったのだ」


「……」


「それは仕事の上で必要な、ある意味成長とも言えるものだ」


「成長……そうね、そうでなければ仕事にならないものね。それは雅司にとって、悪い変化じゃないと思う」


「その通りだ。死に近い場所にいるやつが、いちいち狼狽(うろた)えていては話にならない。それにそうしないと、やつ自身のメンタルも削られていくからな」


「でも辛いと思う。変わっていく自分が」


「やはりお前は、やつと似てるな」


「どういうこと?」


「お前が今言ったこと、やつも感じていた。死に鈍感になっていくこと自体、悪いことではない。仕事と割り切って感情を抑え、成すべきことを考え、優先する。それは知らぬ間に、自分自身を守ることにもつながっていく。何より寿命の短い人間にとって、死は日常の一部なのだ。いちいち狼狽(うろた)えていては生きていけない。

 だがまれに、そんな自分が許せない人間がいる。自分は何て冷酷なんだ。人が亡くなったと言うのに、家に帰ったら普通に飯を食らい、テレビを観て笑ってる。人として最低だとな」


「雅司も……そんな風に悩んだのね」


「ああ。だがそれを、他人に感じさせることはなかった。プロの介護士として、毅然としていた」


「やっぱり強いのね、雅司は」


「弱いだろう。何を言ってるのだ、お前は」


「どうしてよ。辛い気持ちを受け入れて、それでも前を向いて行動してるのよ」


「その結果、やつは死を選択したのだぞ?」


「……」


「全く……どうしてしまったのだ。いつものお前ならこんなこと、私に言われるまでもないだろうに」


 そう言って、大きなため息を吐く。


「……メイが何を言いたいのか分からない。結局どっちなのよ。雅司はこれまでと同じなの? 違うの?」


「同じとは言えんな」


 そうつぶやき、ツリーの装飾を床に置く。


「ダメージは受けていた。だが半月もすれば、その者のことを考えることもなくなっていた。それぐらい、日々の業務に忙殺されていたからな。

 だが今回のやつは、今までとは何かが違う。流石にそれが何なのか、私にも分からないのだが……やつの魂に触れれば分かるが」


「それはやめて」


 ノゾミが語気を荒げる。

 しかしすぐに我に返り、「ごめん」とつぶやいた。


「謝ることはない。それが正しい反応だ。今更私も、触れようとは思わない」


「ごめんなさい、メイ。あなただって雅司のことを」


「それは言わなくていい。いや、言うな」


 メイが全力で拒む。


「だが……触れずとも、分かることもある」


「そうね。何となくだけど、雅司が何を思ってるのか、分かる気がする」


「まあ、気になるなら直接聞けばいい。あれからもう5日だ。いくらやつでも、切り替えている頃合だろう」


「……」


「で、だ。それはそれとして、私が気になるのは、もうひとつの方なのだ」


「さっき言ってたよね。何なのよ、それ」


「本当に分からないのか」


「分からないから聞いてるんだけど」


「契約だ」


 厳しい視線をノゾミに向ける。


「契約を交わして、もう3か月だ。カノンの言う通り、期限がある訳ではない。いつもの私ならこんなこと、お前に聞いたりしない」


「じゃあどうして、今回は聞くのよ」


「お前が契約から逃げているからだ」


 その言葉に、装飾を持つ手が止まる。


「そんな……こと……」


「この生活は楽しい。出来るものならこのまま……そう思わなかった訳でもない。だがそれが叶わぬことぐらい、お前にも分かってる筈だ」


「当たり前じゃない。だからこうして、毎日契約の為に」


「まだ誤魔化すか! 私を! 自分自身を!」


 その言葉に息を飲む。


「……はっきり言わねば分からぬようだな。ノゾミよ、お前たちの契約は」


「やめて!」


 ノゾミが叫んだ。




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