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悪魔の初恋  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第5章 動き出す運命
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033 別れの時

 


 クリスマスを一週間後に控えたその日。

 夜勤に入った雅司を待っていたのは、利用者の急変だった。


 山本。


 認知症が進み、自分の名前すら忘れることのある利用者。

 感情のままに言葉を発し、スタッフに暴言を浴びせる人。

 雅司もよく首を絞められ、「人殺し」と罵られていた。


 1か月ほど前から、食事摂取量が落ちていた山本。

 そのことを主治医に伝えていたのだが、主治医は「まあ、高齢ですからね。こんなもんでしょ」と笑って取り合わなかった。

 雅司が出勤して見たのは、そんな彼女が、居室のベッドで朦朧としている姿だった。





「山本さん……やばいと思うよ」


 日勤帯のスタッフ町田が、そう言って雅司に同情の視線を送る。


「朝からずっとこんな感じ。バイタルはぎりセーフって感じだったんだけど……今はかなりやばい」


「どれぐらいですか?」


「血圧、上が70から上がってない。熱もあるわね、1時間前に38度ちょっと。あと、サチュレーション(SpO2)が80前半」


「報告は?」


「勿論してるよ。でもエリア長からは、見守り継続って指示だけで」


「マジか……」


 脈も、触診で測れないほど弱々しかった。


「これで見守りって、終わってるよね、ほんと」


「まあ……分かってましたけど」


 雅司が大きく息を吐き、立ち上がった。


「とにかく晩飯の準備をします。いつもより早めに終わらせて、他の利用者を居室に誘導します。町田さん、何時までいけます?」


「こんな状況だし、いいよ。19時までなら」


「助かります。後でジュース、おごりますね」


「ジュースだけかい!」


「ははっ。それじゃあ、よろしくお願いします!」





 雅司のことを考えると、どうにかなりそうだ。


 カノンが来たあの日から、雅司の存在が日に日に大きくなっている。

 少しでも長く、彼の傍にいたい。

 そう思い、ノゾミは何度も認識疎外を使い、施設に来ていた。


 雅司にも気付かれない認識疎外。

 素の雅司を見て、新しい発見をする。それが楽しかった。


 職場での雅司は本当にすごい。

 どんなことがあっても悠然と構え、笑顔を絶やさない。

 利用者たちは全員、重度の認知症。何があっても、時間が経てば全て忘れていく。

 でもそんな彼らも、献身的に働く雅司に対し、ある種の安心感を持っていた。

 信頼と言ってもいい。

 それが誇らしかった。自分のことの様に嬉しかった。

 もっと見ていたい、彼のことが知りたい、そう思った。




 今日はメイも同行していた。初めてのことだった。


「いや……今日はその、な……」


 そう言って、鎌を手にしたメイを見て。

 理解した。

 魂を刈るんだと。





 利用者たちが全員居室に戻り、静寂が訪れたフロアー。

 時間は21時過ぎ。既に町田も退勤していた。

 雅司は山本の居室のドアを開放し、その前に椅子を置いて座っていた。


 時折佐藤が、「帰るから! ドア開けて!」と怒鳴ってきた。

 その度に笑顔を向け、「息子さん、明日迎えに来られますよ。だから今夜一晩、よろしくお願いしますね」そう話す。

 佐藤は「じゃあ早く寝なくちゃね」そう言って、嬉しそうに居室に戻っていく。


 渡辺が、顔を強張らせて近付いてくる。


「いつになったら、息子に会わせるんじゃ!」


「渡辺さん渡辺さん。息子さん、日曜で仕事休みだから、明日電話するって言ってましたよ」


「明日……明日は日曜なんですか」


「ええ。だからその時、ゆっくりお話ししてくださいね」


「そうか……日曜なんですね。ここにいると、何曜日なのか分からなくなってきますな」


「大丈夫ですよ。その為に僕らがいるんです。渡辺さん、寒いですから布団、ちゃんと掛けてくださいね」


「ああ、ありがとう。明日、息子から電話があるんですね」


「ええ、お昼頃だそうです」


「分かりました。おやすみ」


「おやすみなさい、いい夢を」





 いつもと変わらない光景。

 ここで間もなく人が死ぬ。そんな風には見えなかった。




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