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悪魔の初恋  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第5章 動き出す運命
29/44

029 月下

 


 ベンチに座ったノゾミは、月を見つめていた。

 あの日。雅司の最後を見届ける筈だった月を。





 少し肌寒い。

 ジャケット、着て来ればよかったな。そう思い、身を震わせた。


 カノンが口にした、雅司の想い。


 ――雅司が自分を愛している。


 天使の言葉。それは真実であることの証明だ。

 だから動揺した。自分でも驚くぐらいに。


 自分には成すべきことがある。だからそんな感情、不要だと思っていた。

 それが契約によって、彼を愛さなくてはならなくなって。

 愛について深く考えるようになった。

 そもそも、愛って何なんだろう。


 確かに私は、雅司に好意を持っている。でもそれは、メイやカノンに対する感情と同じだと思っていた。

 一緒にいて心地いい関係。それだけだと思っていた。


 だが、時折触れる彼の優しさに。

 胸が熱くなる時があった。

 何もかも忘れて、彼の温もりの中でまどろみたい。

 そう望む自分が、確かにそこにいた。


 私は今の生活を気に入っている。もう少し続いてほしい、そう願う時もある。

 しかしそれは出来ない。彼を愛した時点で、この生活は終わるのだから。

 全く、何て契約だ。

 今回の契約者は、どれだけ意地が悪いんだ。そう思った。

 でも不思議と、嫌な気はしない。

 その屈折こそが彼なんだ。

 そんな彼だから、好意を持つようになったんだ。


 どちらにしても、私たちに未来はない。

 私たちを待つのは、永遠の別離。

 それしかないんだ。

 でもそれが、自身のブレーキになっているとしたら?

 自分の中に、契約を果たしたくない気持ちがあるとしたら?

 もしそうなら、私は悪魔失格だ。


 悪魔にとって、最も大切なのは契約だ。契約の遵守こそが、悪魔の存在意義なのだ。

 それを違えることなど、絶対にあってはならない。

 どんな契約であろうと、達成しなければいけないのだ。


 それなのにカノンは、パンドラの箱を開けてきた。

 契約を反故にする方法、それを雅司に提示した。

 自分にとって、それが受け入れられないことだと知っている癖に。

 ひどい子だ。

 おかげで今、頭の中がぐちゃぐちゃなんだぞ。責任取れ。

 そう思い、身を震わせた。





 肩にジャケットがかけられる。

 雅司だった。


 無意識に笑顔になる。そしてそれに気付き、唇を噛む。

 今、一番会いたい人。

 そして一番、会いたくない人。


「上着ぐらい着て出ろよな」


 そう言って微笑み、隣に座る。


「ほら。これ飲んで暖まれよ」


 缶コーヒーを差し出し、再び笑う。

 口をつけると、全身に温もりが染みわたってきた。でもそれが、コーヒーのおかげでないことに気付き、赤面した。

 雅司も缶コーヒーを口にし、白い息を何度も吐いた。





「……何も聞かないのね」


「まあ……何て言うか、カノンに言っておきながら、自分が空気を読まなかったら馬鹿だからな」


「天使に説教だなんてね、ふふっ」


「ちょっと熱くなっちまったからな、言葉が過ぎたのは事実だ。後で謝っておいたよ」


「天使にあそこまで言う人間、初めて見たわ」


「何と言っても相手は天使、怒らせたら天罰が下るからな」


「優しい天使で助かったわね」


「まあでも、天使なんてあんなもんじゃないのか? 人間ごときの暴言、軽くいなすぐらいの度量はあるだろう」


「まあ、そうなんだけどね。ところで雅司、カノンに抱き着かれて随分ご満悦だったみたいね」


「何言ってるんだよ。俺、ちゃんと言ったよな、不快だって」


「言葉とは、感情を悟らせない為に吐く手段なのよ」


「なんだそれ、どこの哲学者様の言葉だよ。まさかお前、俺の魂に触れたんじゃないだろうな」


「ほら、やっぱりそうなんじゃない。赤くなってるし」


「んなことねえよ。確かにまあ、あいつに抱き締められた時、理性が吹っ飛びそうになったのは事実だけどな。あんな強烈な感覚、初めてだったよ」


「……馬鹿」


 そう言って、顔を見合わせ笑う。


「あいつはああ言ってたけど、言いたくないことは言わなくていいからな」


「私が言いたいとしたら?」


「勿論聞くさ。でも、無理してほしくない」


「……」


「俺にだって、お前らに知られたくないことはある。まあ、メイやカノンには知られてるみたいだが」


「不公平って思わない?」


「別に。知られたもんは仕方ない。済んだことで悩むのは非効率だ」


「本当、あなたって変わってる」


「そうかもな」


「でも……あなたはそれでいいんだと思う」


「俺の魅力に、ようやく気付いたようだな」


「何よそれ、ふふっ」


「ははっ」




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