表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の初恋  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 泡沫の愉悦
27/44

027 契約解除、最後の項目

 


「ノゾミが人間に……」


 想定してなかった答えに、雅司は困惑した。


 肩を震わせるノゾミ。何に動揺してるのか分からない。だが、こんなノゾミを見るのは初めてだった。


「契約を破棄する一つ目の条件が、ノゾミさん自身の消滅です。契約者がいなくなれば、契約自体なくなりますから。

 その条件、突き詰めるとどういうことか、もうお分かりですよね」


「ああ、理解した。俺は悪魔であるノゾミと契約した。そのノゾミが悪魔という身分を捨てれば、契約も消滅する」


「そういうことです。理解が早くて助かります」


「でも……いや、その提案はおかしいだろう。そもそもの話、悪魔が人間になるなんて、荒唐無稽すぎる」


「こんな状況にいるあなたが、それを言いますか?」


「……」


 カノンの鋭い視線が突き刺さる。


「私は何も、いたずらにあなたを惑わせようとしてる訳ではありません。私の提案、これこそが、あなたにとって最良と判断したからです」


「どうしてそう決めつけるんだ、あんたは」


「あなたはノゾミさんを愛している」


「なっ……」


 核心を突かれ、困惑する。


「彼女たちと暮らしていく中で、あなたは変わった。人生の最後への絶望、その一点においては変わりません。ですが、以前ほど死を望んでもいません。

 その理由は明らかです。あなたは今、幸せを感じている。生きる喜びを知ったのです。それこそが、あなたが契約時に発した、魂の叫びではないのですか?」


 逃げ場を塞ぐように、カノンが言霊(ことだま)を投げつける。


「そしてあなたは、ノゾミさんを愛してしまった。自覚がないのであれば、あなたにとって、他人を愛することが初めてだからではないのですか」


「……」


 おもむろに煙草をくわえ、火をつける。

 そしてゆっくりと白い息を吐き、眉間によった皺を掻いた。


「あんたには全てお見通し、そういうことなんだな。流石は天使様だ」


「賞賛の言葉、という訳ではなさそうですね」


「勿論だ」


 煙草を揉み消し、カノンを見据える。


「やっぱりあんた、気にいらないよ」


 その言葉にメイが顔を上げた。そして雅司を制しようとした。

 しかしそれは、カノンによって遮られる。


「どういう意味でしょう」


「言葉のまんまだよ。天使だか何だか知らないが、そうやって人の心を丸裸にして……下品だよ、あんた。

 少しはメイを見倣ったらどうだ? 確かにこいつも俺を知ろうとして、魂に触れたらしい。その行為によって、俺がこれまで生きてきた軌跡、思い、感情。全てを見ることが出来た。

 でもな、メイは決して、俺のことを分かったようには言わない。俺を尊重し、今も俺を知ろうとしてくれる」


「……」


「だけどあんたは違う。あんたからは、下等な人間の考えることなど、全部お見通しだって性根が伝わってくる」


「私の見立てが間違ってると?」


「そういうことを言ってるんじゃない。あんたの、他人と向き合う姿勢について話してるんだ。仮に今、あんたが言ったことが全て真実だとしても、それはあんたが言うべきじゃないんだ。俺が言うべき言葉なんだ」


 そこまで言うと、再び煙草をくわえ、火をつけた。


「あんたが今言ったこと、人間社会ではこう言うんだ。空気が読めてないって」


「……」


 向けられている視線から、怒りや動揺は感じられなかった。

 雅司の瞳に宿るもの。それが自分に対しての哀れみだと理解した時、カノンは動揺した。


「ですが、それ以外の方法はありません。ノゾミさんを人間に出来るのは、天使である私にのみ与えられた権限です。そうすればあなたたちは人として、生を全うするその日まで、この世界で生きることが出来るのです」


「決めるのは俺であり、ノゾミだ。勝手に事を進めようとするな」


「ノゾミさんなら大丈夫ですよ。だって彼女は」


「カノン!」


 言葉を遮り、震える声がリビングに響く。


「……お願いカノン、ここから離れさせて」


 ノゾミの訴えに、カノンは小さく息を吐いた。


「分かりました。許可します」


「ありがとう……」


 ノゾミは力なく立ち上がり、玄関へと向かった。雅司が追いかけると、ノゾミは振り返ることなく、囁くように言った。


「……ごめんね雅司。変な話に巻き込んじゃって」


「引っ搔き回してるのはあの天使だ。お前が謝ることじゃない。それよりお前、大丈夫なのか」


「ええ、ありがとう。ただね、その……これ以上はきつくて」


「帰ってくる……よな」


「勿論よ。だってあなたは、私の契約者なんだから」


 背中を向けたまま、ノゾミが小さく笑う。

 こんな空虚な笑い、聞いたことがない。そう思いながらも雅司はうなずき、ノゾミの肩に手をやった。


「分かった。気をつけてな」


「ええ。ありがとう、雅司」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ