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悪魔の初恋  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 泡沫の愉悦
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023 宝物

 


「ちょっといいか?」


 遊園地に行った日の夜。

 寝室に向かう二人に、雅司が声をかけた。


「なんだ雅司、急ぎなのか」


 目をこすり、メイがあくびをする。


「疲れてるところ悪いな。すぐだから」


 そう言って、鞄から小さな包みを出した。


「これは?」


「ん、まあ……今日の記念にと思ってな」


「記念って、私たちに?」


「ああ。お前たちがジェットコースターに乗ってる時に買ったんだ」


 包みを開けると、ペンダントが入っていた。

 裏にはそれぞれに名前が刻印されている。


「安物で悪いんだけど、何て言うか……お礼がしたくてな。いつも世話になってるから」


 そう言って照れくさそうに笑う。


「これ、中に写真が入るやつなんだ。見てみろよ」


 ペンダントを開くと、今日3人で撮ったプリクラの写真が入っていた。


「もらってくれるかな」


 ノゾミとメイは、雅司とペンダントを交互に見つめ、神妙な顔をした。


「ごめんなさい雅司……私たち、何も買ってない」


「いやいや、俺がしたかっただけだから。気にしないでくれ」


「でも……」


「くっ……この私が、こんなことで……」


 二人共、頬を赤らめうつむく。


「ありがとう雅司。大切にするね」


「私もだ。一生の宝物にするぞ」


「おいおい、そんな大袈裟にとらえないでくれ。安い物だから」


「高い安いの問題ではない。お前が私たちの為に選んでくれた物なのだ」


「おかげで最高の一日になったわ」


 ペンダントを手に、二人が嬉しそうに微笑む。


「喜んでもらえたのならよかったよ」


「しかしこれでは、何も用意してない私が間抜けになってしまうではないか。雅司よ、何か欲しいものはないか? 今ならなんでも用意してやるぞ」


「お前たちが喜んでくれた。それで十分だよ」


「そうなのか……しかし雅司よ、粋なことをしてくれた返礼、しない訳にはいかぬぞ。お前の男気に応えなければ、末代までの恥になる。よし雅司、今夜私を抱くがいい」


「なんでそうなるのよ!」


 ノゾミがメイの頭を小突く。


「何だノゾミ、これにはそれ以上の価値があるではないか。それとも何か、お前も(とぎ)の相手をすると言うか。なら3人で」


「だーかーらー、お子様は少し黙ってなさい」


 いつものやり取りに、雅司も微笑む。


「雅司よ。お前の気持ち、ありがたく受け取らせてもらう。今日のこと、生涯忘れぬぞ」


「私もこれ、宝物にするわ」


「そこまで喜んでくれるのなら、もう少し値の張るやつにすればよかったな」


「いや、これがいい。これでないと駄目だ」


「私も」


 そう言って二人、嬉しそうに笑う。


「雅司には、宝物ってあるのかしら」


 興奮治まらないノゾミが、雅司に尋ねる。


「唐突だな。宝物、宝物ね……」


「あるでしょ、ひとつぐらい」


「……これと言ってないな。物に執着もないし」


「そうなの?」


「ああ。人付き合いと同じで、あまり固執することがなかったからな。でも……そうだ、ひとつあるか」


「なになに、教えてよ」


 ノゾミが興味津々な顔で聞いてくる。


「……」


 反対に、メイは複雑な表情を浮かべていた。


「これだ」


 そう言って、雅司がアルバムを持って来た。


「アルバム?」


「ああ、一冊だけなんだけどな。俺も見るのは久し振りだ」


 嬉しそうに目を細める。

 しかしノゾミは、軽い言葉に潜む闇を感じた。

 思わずメイに視線を送ると、メイは静かにうなずいた。


(そうだった……メイは雅司の魂に触れてるから、このことも知ってるんだ……)


 アルバムが一冊だけ。

 雅司は今年で31歳。アルバムが一冊しかないなんて不自然だ。

 ひょっとしたら、地雷を踏んでしまったのかも……そう思った。


「これだよ」


 1ページ目を開き、二人に向ける。


「……」


 そこには、赤ん坊の写真付きの葉書が貼られていた。


 ――新しい家族が出来ましたーー


「これって」


「俺が生まれた時、本当の両親が作った葉書だ」


「本当のご両親……」


「そうか、言ってなかったな。俺の両親、俺が小さい頃に亡くなってるんだ」


「……ごめんなさい雅司。その話、メイから聞いて知ってるの」


「そうか、メイは知ってるんだったな。魂に触れたとかで」


「ああ……すまん」


「いやいや、謝らなくていいって言っただろ? ノゾミもだぞ。気にしないでくれ」


「……うん」


「これを見てるとな、俺が生まれて本当に嬉しかったんだなって思うんだ」


「でもこれ……」


 触れてはいけない。頭では分かっていた。

 でも、聞かずにはいられなかった。


「どうして皺くちゃなの……それに破れて……」


「ああこれな。妹にやられたんだ」


「……」


「『いつまでもこんな葉書大事にして、ほんとうざい』って言ってな、破られたんだ」





 何笑ってるのよ。

 あなたにとって、唯一と言っていいご両親との絆。

 それをこんな風にされたのに。

 どうしてあなたは、世間話でもするように話すのよ。


 そう思い、ノゾミが唇を噛んだ。




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