それゆけ!転生審査官!
煌びやかなドレスを纏い、穏やかな笑みを浮かべながらも、その裏側を探り合う貴族の社交界。
その空間に、真剣に周りを観察しつつもどこか人の目に留まらない、そんな壁の花が一人いた。
(やはり貴族は条件に当てはまりそうな人はいないわね。大人しく平民から候補を探そうかしら。でも貴族マナーを身につけていない平民にあの場所は厳しいと思うのよね。)
その女性ーー メアリーは非常に困っていた。顔には出してはいないが、今すぐ蹲り泣き喚きたいほどに。
(転生契約書を本部に提出する期限は明日なのに、どうしたらいいの?!!)
そう、メアリーは仕事の納期が迫っているのである。
◇◇◇
吾輩は転生審査官である。
かれこれ十年ほどこの仕事を行なっている、なかなかのベテランだ。ちなみにまだ一八歳である。
転生審査官とは? みなさん疑問に思うだろう。
転生審査官は九つの世界の住人の魂や体に、なんらかの不測の事態が発生した際、その対処を行う仕事の一つといえば分かるだろうか。
例えば、体に寿命が残っているが魂に異常をきたしてしまった者が居るとしよう。転生審査官はその魂を『魂の医者』に引き渡し、異常を治してもらった上で新しい転生先を見つけ、さらに寿命が残っている体に新たに入ってもらう魂を見つけてくることが仕事である。
色々な場合によって仕事を受ける部署は変わるが、こう言った仕事を転生審査官は行なっている。
九つの世界を繋いでいる、とある空間が我々の仕事の本部であり、それぞれの世界には支部もある。
勿論その存在は秘匿され、知るものは居ない。
(なーんて、私はさっきから誰に語りかけているのかしら。)
転生審査官の一人であるメアリーは現実逃避として、脳内でイマジナリーフレンドに語りかけていた。
これはあくまで現実逃避の一環であって、メアリーに友人がいないわけではない。決して。
なぜメアリーがこんな事をしているかというと、それには理由がある。メアリーが今請け負っている仕事が原因であった。
ミランダという女性の魂に異常が発生した。その魂を『魂の医者』に引き渡し、新たにミランダの体に入る魂を探すことがメアリーの今回の仕事だった。
しかし、新たにミランダの体に入る魂を探す段階で問題が発生した。
このミランダという女性、侯爵令嬢であり、将来婿を取り侯爵夫人となる方だったのだ。その経歴に萎縮してしまい、なかなか新しい『ミランダ』は見つからなかった。
魂を治療しても、一度体を出ていけば同じ体に戻ることはできない。
メアリーはなんとしてでも、新たな『ミランダ』を見つけなければならない。しかし納期は迫っている。
ミランダの体に勝手に魂をぶち込む訳にも行かない。これはあくまで契約だからだ。きちんと許可をいただき、契約書にサインを貰う必要がある。
(今日行く世界の社交界に潜入して、なんとしてでも契約相手を見つけるのよ!)
◇◇◇
そうして冒頭に戻るのだが、やはりなかなかメアリーの求める条件に合いそうな人材は見つからなかった。
自分の地位にある程度のプライドを持ち合わせている貴族には、メアリーが契約を持ちかけても一蹴されて終わるだろう。
こういった契約は現状に満足していない平民に持ちかけた方がうまくいくのだ。
しかし今回求める人材は、将来侯爵夫人となる人材なのである。平民には厳しいだろう。
(つまり私が探すべきは訳あり貴族というわけよね。)
例えば、女性の心を持った男性貴族などは契約を持ちかけやすい。
メアリーは壁の花になることを徹底しつつ、周りを観察する目は緩めなかった。
メアリーのギラついた、言い換えると仕事の納期が迫っった必死さの伝わる視線が他者の目に止まらないのには理由がある。
現在メアリーはメガネを掛けている。こちらの商品は認識阻害の魔導具であり、職場の支給品の一つである。これを掛けることによって、メアリーは周りから怪しまれることもなく不審者扱いをされないのであった。
これが無かったらとっくに通報されていることであろう。
ありふれた茶髪の容姿、魔導具の存在がメアリーが周りに溶け込めている理由であると本人は語っている。実際は魔導具の存在が理由の八割である。
メアリーは仕事はできるが、少々ポンコツ。
これが、職場でのメアリーの評価であった。
◇◇◇
(いい人材が見つからないわ。今日はもうお暇しましょう。)
会場から出ていき、メアリーは本部へ帰ろうとした。
しかし、曲がり角から声が聞こえてくる。メアリーはとっさに身を隠した。
「いい加減わがままはやめろ!!」
「しかしお兄様、わたくしは剣術よりも勉学を行いたいのです。領地経営についてなどでも、わたくしの知識は役に立ったではありませんか。」
「それでも家は騎士の家系だ。婚約者も騎士であり、お前も騎士となって国を支えるのがお前の使命だ。跡継ぎでもないお前は勉学よりも剣術を磨くべきだろう!!」
「その婚約者には会ったこともないではありませんか!!」
聞いている限りでは兄妹のようだ。剣術をしてほしい兄と、勉学をしたい妹の兄妹喧嘩といったところだろうか。
メアリーが考えているうちに兄は妹をおいて何処かに行ってしまったようである。メアリーもさっさと退散しようとしたが、
「自由に学べるようになりたい、、」
そんな妹の言葉を聞き、気が変わった。
「なら、私と契約しませんか?」
◇◇◇
メアリーは先程の妹令嬢を連れて、会場にある休憩室までやってきた。妹令嬢には困惑が見られる。
「あの、契約とは一体何なのでしょうか、、、?」
「簡潔に申し上げますと、貴方様を自由に学べる環境に連れていくことが私はできる、ということでございます。詳しい話は機密もありますので、別の場所でということとなりますが、、、。
いかがでしょう。一度話だけでも聞いては見ませんか?」
妹令嬢の目の色が変わった。こちらを探るような視線を感じる。
「それはわたくしに今の身分を捨てろということですか?それに詳しい話は別の場所でって、、、わたくしを誘拐でもするつもりですか。そもそもあなたは誰なのですか。あなたのような方、今までの社交界で見かけたこともありません。」
不信感を押し出してはいるが、妹令嬢からは期待が見え隠れしている。
こんな怪しい話を一蹴できないくらいには、自分の欲望を抑えきれないでいるのだろう。
「申し遅れました。私はメアリーと申します。誓って貴方様に危害を加えるつもりはございません。信用できないのなら護衛の方をお呼びしてください。最初の質問ですが、、、こちらは機密情報に含まれますので今は言うことはできません。
私の話が信じられないのなら話を聞く必要もございません。こちらから無理強いすることは絶対にありません。」
まっすぐに妹令嬢の目を見て言い切ると、妹令嬢は考える姿勢を見せた。
「、、、 いえ、護衛は結構です。わたくしの名前はコゼット・ミルス。ミルス伯爵家の長女です。お話、お聞かせ願えませんか?」
「かしこまりました。では場所を変えさせていただきますね。」
魔石の装飾が施された鍵を懐ろから取り出し、魔力を込める。すると、真っ白な空間が二人を包み込んだ。
妹令嬢、、、コゼットにはまた困惑が見られる。
「この空間では周りに話を聞かれる心配はいりません。そして、ここで話したことは他言できないようになっておりますので、お気をつけてください。」
この鍵も職場からの支給品である。九つの世界には存在しない魔導具なので本部に務めている人間しか所持していない。
「それでは、契約内容についてお話いたします。」
◇◇◇
メアリーはまず、自分の仕事である『転生審査官』についてと、ミランダに関してのことを説明した。
ここに関しては先程の魔導具の存在もあり、コゼットからの理解を得られたので良い滑り出しだと言えるだろう。しかし次にメアリーが話す内容が問題なのだ。
「この契約を結ぶことになりますと、ミランダ様の体にコゼット様が、コゼット様の体にミランダ様が入ることとなります。
生活に関しては契約の際に相手の今までの人生の記憶をある程度引き継ぐことになるので苦労は少ないでしょう。しかし、お二方は別の世界の住人なので、今の世界の人とは例外なく会うことができなくなります。
そして一度契約を結べば、解消や破棄は行えません。」
つまりは家族や友人にも二度と会えなくなることを意味する。
「コゼット様は今までの人生のすべを捨て、『ミランダ』となる覚悟はありますか?」
メアリーの深緑の瞳がまっすぐにコゼットを射抜いた。
◇◇◇
コゼット・ミルスは騎士としてくにに忠誠を誓う、ミルス伯爵家の長女であった。長女といっても、後継は長男である兄であったので、コゼットは騎士になることに全力で努めることを求められた。
コゼットは運動神経も良く、一度教えたことはどんどん吸収していくため家族には「まさに騎士になるために生まれた子だ」と言われて生きてきた。そしてこのまま婚約者である騎士の家系の者と共に国を守っていくのだろうと、誰もが思っていた。
だが、ここでミルス家に誤算が発生する。
コゼットは剣術よりも勉学が好きであったことだ。持ち前の成長スピードで知識を吸収していき、領地で発生したトラブルも齢十六という若さで解決する程の才能を持っていた。兄よりもコゼットの方が当主としての才能も持っていると言えるだろう。
しかしそれがいけなかった。
いくらコゼットが優秀であろうと、コゼットは第二子であり女領主も多い国であろうと当主になることはできない。ミルス伯爵はコゼットに学ぶことを禁止にし、いっそう剣術に励むよう命令した。
別に、コゼットは兄の立場を追いやろうとしたわけではない。コゼットは騎士としてではなく、官僚として国に仕えたかっただけであった。
しかし騎士の家系として歴史を築いてきたミルス家にとって、それは前代未聞であり、到底了承されなかった。
コゼットはこのまま夢を諦めたくないとは思っていても、現状どうにもならないと諦めかけていた。
そんなとき、メアリーに契約を持ちかけられたのである。
曰く、転生審査官なるものが存在すると。
曰く、自分はその転生審査官に選ばれたと。
曰く、ミランダという女性として生きてみないかと。
ミランダは次期侯爵夫人となるので、多くのことを学べる。しかし、家族や友人には会えなくなると。
それはコゼットにとって、とても魅力的な誘いであった。まるで盛大な詐欺にでも会っているかのような。まぁ、詐欺であったらもう少しマシな嘘をつくであろう。
それに、メアリーの瞳がコゼットにはとても嘘をついているようには見えなかったのである。
コゼットは知っている。頭の硬い父や兄は絶対に考えを変えないことを。それこそコゼットが全てを捨て、逃げ出そうとも。
コゼットは知っている。自分もまた、そんなミルス家の人間であり、考えを変えることは絶対にないと。それこそ、世界を越えることになろうとも。
コゼットは覚悟を決めた。
「メアリー様、
わたくし、その契約に乗らせていただきますわ。」
ミルス家は思い切りもいいのである。
◇◇◇
「、、え そんなにあっさりといいのですか?契約は破棄できませんよ。」
今度はメアリーが困惑してしまった。そんなメアリーをおいて、コゼットは話す。
「わかっております。しかし、それでもわたくしは夢を諦めたくないのです。
やらないで後悔するよりも、やって後悔する方が百倍マシですわ。」
ヤケになって言っているわけではないようだ。実に漢らしいコゼットの真剣な想いが伝わってきた。
その想いに、メアリーも応えなくてはならない。
「では、契約成立と致しましょう。」
メアリーは契約書とペンを取り出した。
「こちらは仮契約書となっております。こちらにサインしていただき。今から本部へと同行していただきます。
ミランダ様と面会を行い、問題がなければ本契約となります。」
コゼットのサインを貰い、本部へ向かうことになった。
ここで、コゼットから質問を投げられる。
「本部にはどのように向かうのでしょうか?あまり遅くなると、父に探されてしまうかもしれません。」
メアリーは魔導具の鍵を取り出しこう言った。
「ご心配なく。この鍵によって、我々はどこからでも本部へ向かうことが可能となっております。面談と契約も、長くても合わせて一時間程で終わりますので、夜会が終わるまでにはお帰りいただけますよ。
ですが、休憩室から突如姿を消してしまえば、それこそ騒ぎになるので一度会場を出ましょうか。」
二人は会場を通り抜け、外に出ることにした。
ちなみにメアリーは落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、心の中はカーニバル状態である。
(やったわ!!納期に間に合う!!! 間に合うかどうかで同僚と賭け事を開催していた部長の間抜けヅラをカメラに収めてやろうかしら!! フフフ、、、)
残念な女である。
道中では契約前の緊張感もなくなり、二人は気安い会話ができるようなっていた。コゼットはメアリーに言われ、話し方も崩していた。
「へぇ。コゼット様は婚約者に会ったことがないのですね。」
「ええ。仲が悪いとかではないのよ。 遠い地方に最近まで勤めていたらしくて、肖像画で見た顔と名前くらいしか知らないの。
それに正直言ってあの家はバ、、、お花畑のような方しかいないのよ。今代当主はそんなことないのだけれどね。」
(今バカって言おうとしたわね。それに言い直してもそんなに良くなってないわ。)
コゼットはなかなか辛口のようである。 そんな話をしていたら、会場の出口が見えてきた。
しかし、次の声によって会場から出ることは叶わなくなった。
「見つけたぞ!!! コゼット・ミルス!!
お前との婚約を破棄する!!!」
◇◇◇
(えええー!!? 誰よこいつ! 今から本契約ってときに婚約破棄なんて、、、え?婚約破棄? という事はもしかしてこの男、、、)
「ダニエル様どういう事でしょう。婚約破棄とは。
このような場所でそんな話をするべきではありません。そもそもあなたはこの夜会には出席なさなない予定では?」
横からコゼットの焦った声が焦った声が聞こえてくる。それもそうだろう。こんな話、夜会を台無しにしかねない。
(やはりこいつがコゼット様の婚約者なのね。言っていた通り、頭の中はお花畑のようだわ。それに困ったわ。ここでコゼット様に非がある形で婚約破棄されてしまえば、これから『コゼット』として生きることをミランダ様が了承しないかもしれない。)
すると、お花畑野郎はペラペラと喋り出した。ちなみにお花畑野郎とはダニエルのことである。メアリーには契約の邪魔をしてくるこの男の名前を覚える気は一切ない。
「お前に婚約破棄を伝えるためにわざわざ来てやった。それにお前を断罪するためでもある!
お前、俺の愛するマーガレットを虐げていただろう!!言い逃れはできないぞ!!」
「ダニエル様ぁ〜。あたし、怖かったですぅ〜。」
よく見たらお花畑野郎の横に小柄で可愛らしい女性がいた。あれがマーガレットなる人物であるのだろう。
「皆にも聞いてほしい!! この女、コゼット・ミルスは俺とマーガレットの仲に嫉妬し、俺が王都にいない間にマーガレットを虐げてきた。
俺が王都に戻ってきたからには、このような狼藉見逃す事はない!!
よって、この俺ダニエル・ケトリーとコゼット・ミルスの婚約を破棄することを宣言する!!!」
(はーい、空気が読めていない。わからないのかしら、この会場の冷え切った空気が?まぁ、わからないわよね。お花畑だもの。それに堂々とした浮気宣言だこと。呆れてものも言えないわ。
ここで婚約破棄されてもお花畑野郎にほとんど非がある事になるだろうけど、コゼット様がいじめなんて行なっていない事を証明しておきたいわ。そもそもいじめていたとしても、まずは両家で話し合うでしょうが、、、どこまでお花畑なの。
ほら、コゼット様だって呆れて一言も話していな、、え?)
メアリーは気づいた。コゼットが表情には出さずとも、怒り狂っている事に。
「ダニエル様、わたくしはそのマーガレット様を存じ上げておりませんでしたので、虐げようがございません。どなたかと勘違いをされていらっしゃるのではありませんか?
そして婚約破棄の件ですが、婚約とは両家の契約です。ケトリー伯爵に話は通されているのですか?」
コゼットはあくまで冷静に話を進めようとしていた。感情に飲まれることもない。やはりコゼットは優秀である。
しかしお花畑はどこまでもお花畑であった。
「ハッ 白々しいことを!! マーガレットがそう言ったのだから、間違いなわけがないだろう。
それに契約など愛の前では下らない!!! 父には事後報告で十分だ!!」
今度はメアリーが黙っているわけにはいかなくなった。お花畑野郎はメアリーの地雷をタップダンスしながら踏み抜いたのである。
「失礼。いま、契約など下らないと申しましたか? おは、、、ケトリー伯爵令息。」
「はぁ? 誰だお前は、名を名乗れ。」
「申し遅れました。私はコゼット様の友人のメアリーと申します。 失礼ながらケトリー伯爵令息に申し上げたいことがございまして、、、よろしいでしょうか?」
「コゼット、、、友人はきちんと選べ。こんな影の薄い気味の悪い奴を友人にしているだなんて、俺の評判が下がったらどうするんだ。 まあいい、聞いてやる。さっさと話せ。」
つくづく失礼な奴である。
コゼットは今にもお花畑野郎を射殺しそうな目をしている。
「ダニエル様、、、!」
「コゼット様、大丈夫です。」
メアリーはコゼットを一歩下がらせ、微笑んだ。そしてメアリーのマシンガントークが始まる。
「さて、お花畑野郎。あなたは自分が何を言っているのかお分かりですか? いえ、わからないですよね。わかっていたらこの様なアホなことを行うはずがありませんもの。」
「は?お花畑野郎って誰を言って、、」
「勿論、あなたのことですよ。ダニエル・ケトリー伯爵令息。話の流れを読む才能もなかったのですね。お可哀想に、、、
さて、話を戻しますよ。あなたがいかに愚かな発言をしたのかを、十歳児でもわかる様に説明して差し上げます。でないとあなたは理解できないでしょうから。
まず、この婚約破棄ですが、どちらに非があろうとも、皆の交流の場である夜会で行うことが非常識です。まずは親であるケトリー伯爵に話を通すところからでしょう。それともパパとおしゃべりしたくないお年頃なのですか?反抗期ですか?十四歳病ですか?
まるで少年のような心をお持ちのようですね。」
お花畑野郎は顔を真っ赤にしているし、周りからはクスクスと笑い声が聞こえてくるが、メアリーには知ったこっちゃあない。
「そしてその次のマーガレット様とやらを虐げていたという件ですが、そもそもあなたは地方に配属されていたのであなたとコゼット様は今日が初対面ですよ? 会ったこともない婚約者の会ったこともない恋人の存在をどうやって知り、特定するのです?そしてどうやって虐げるのですか? 毎日を剣術の練習と勉学に費やし、四六時中誰かと共にいるコゼット様が。
随分と夢物語的な発想ですね。とゆうかコゼット様には動機がありません。」
お花畑野郎は怒りやら羞恥やらで身体を震わせているが、反論してきた。
「動機ならある!! コゼットは俺を愛していた!! だからマーガレットに嫉妬していたんだろう!!」
これに反論したのはコゼットだった。
「いえ、ダニエル様は婚約者ではありますが、お会いした事はありませんでしたし、手紙を送っても返事すらくれませんし、王都に戻ってからは何かと理由をつけては顔合わせをキャンセルしますし、、、
正直言って、お慕いする要素がございませんわ。ですので、マーガレット様に嫉妬する必要がありません。だってわたくし、ダニエル様のことなんとも思ってませんもの!」
オーバーキルである。メアリーには同僚が親指立てて「フルボッコだドン!」と言っている姿が見えた気がした。
コゼットからしたら、ただ事実を述べただけであるのだが、それにしたって酷い。
お花畑野郎は崩れ落ちているし。周りはもう笑い声を抑えきれていない。しかしそこに追い打ちをかけるのがメアリーである。
「会ったこともない。手紙を返したこともない。約束はドタキャンばかり。なのに好かれていると思い込むなんて、随分と自意識かじょ、、、自分に自信のあるようですね!」
会場はもう爆笑の嵐である。 そして最後に、
「契約を軽んじ、堂々と浮気宣言をするような奴をコゼット様が、好きになるはずがないでしょう。」
と、言い切ってやった。メアリーは誰よりも契約を大切にし、誰よりも契約にうるさいのである。お花畑野郎の発言を根に持った、面倒くさい女ともいえる。
拍手喝采である。ここは夜会ではなく、祭り会場だったのであろうか。
ここで入るタイミングを失っていた警備と主催者が登場し、青色通り越して真っ白になったお花畑野郎は連れて行かれた。
マーガレットも連れて行かれそうになり何やら暴れていたが、
「マーガレット・ソニア男爵令嬢、家格が上の令嬢に冤罪をなすりつけようとして、タダで済むとはお思いにならない方がいいですよ。」
と、メアリーが言うと、真っ青になって連れて行かれた。
メアリーがマーガレットのフルネームがわかった理由は参加者名簿の名前をすべて覚えていたからである。
契約相手になるかもしれない人物はすべて覚えておくのがメアリーのやり方だ。仕事はできる子なのである。
さて、ここで思い出していただきたいのは、今のメアリーの状況だ。
目立っている。それはもう盛大に。認識阻害の魔導具も、ここまで目立っていては意味を為さないだろう。
メアリーはこの世界の住人ではないので、身元を確認されると少々まずい。メアリーはコゼットを連れ会場から抜け出し、本部へと駆け込んだ。
やはりポンコツである。
◇◇◇
「ただいま戻りました。ヨースケ、ミランダ様の契約相手を連れきたから、ミランダ様をお連れしてきてくれる?」
本部へ戻ってきてメアリーがまず声をかけたのは同僚のヨースケだ。担当してる世界が違うからか、知らない単語をよく使う男である。
「おう、お帰り。お前契約持ってこれたのかよ。俺、『間に合わないに』賭けてたのになぁ。」
「このクソ野郎、無駄口叩いてないで働きなさい。」
「はいはい、ミランダ様ね。連れてくるわ〜。」
ヨースケはミランダを呼びに行ったので、メアリーはコゼット二人きりになった。
「コゼット様、今ミランダ様をお呼びしていますので。お掛けになってお待ちください。それと、先程は申し訳ありませんでした。私のせいでことを大きくしてしまいました。」
メアリーは深々と頭を下げた。そんなメアリーにコゼットは慌て出す。
「そんな、頭を上げてちょうだい!わたくしは怒ってないわ。メアリーがダニエル様にビシッと言い切ってくれて、私もスッキリしたのよ。
それにね、出会って直ぐではあるけれど、あなたに友人だと言ってもらって、庇ってもらえて、わたくしとても嬉しかったの。 だから顔をあげてちょうだい。」
「コゼット様、、、ありがとうございます。」
「それに契約したら、わたくしの身体にミランダ様が入るのでしょう? 今回のことで婚約は無くなるでしょうし、ミランダ様にあのお花畑一家を相手させなくて良くなるのはいいことだわ。あなたがわたくしを庇ってくれたおかげで、わたくしに非はない形で婚約破棄できると思うの。むしろわたくしが感謝したいくらいだわ。」
メアリーにはコゼットが聖人に見えた。
そんな会話をしているうちに、ヨースケがミランダを連れて帰って来た。
「おまたせー。ミランダ様をお連れしましたよー。じゃ、俺今日は帰るわ。おつかれーい。」
メアリーはさっさと帰っていく定時退勤野郎に怒りを覚えながらも、二人に向かい合わせにする形で座ってもらった。
「それでは、お二方には面談を行なっていただきます。会話なさった上でどちらか一方でも契約を拒否した場合、契約は成立致しません。」
ここからはメアリーにできる事はあまりない。二人の相性の問題だがらである。二人は少しの間黙って見つめあっていたが、先に口を開いたのはコゼットであった。
「あの、、ミランダ様のお姿がはっきりとしていないのはなぜなのでしょうか?」
そう、ミランダの身体は現在透けている。そしてミランダも話し出した。
「わたしが魂だけの存在だからだそうよ。身体がないと、はっきりとは見えなくなるみたい。
わたしからあなたに求める事は一つよ。『ミランダ』として生きるのなら、次期侯爵夫人としての務めをきちんと果たしなさい。後はあなたの好きに生きていいわ。」
言い方はキツイが、ミランダはコゼットを心配しているだけである。その瞳からは慈愛の精神が見てとれた。
ならばとコゼットもミランダと真剣に向き合う。
「わたくしの家は騎士の家系です。ミランダさまが『コゼット』となるのならば、将来騎士になる事になるでしょう。それが嫌ならば、家出をするくらいでなければならないと思われます。ミランダ様はそれでもいいのですか?」
コゼットは思った、断られるかもしれないと。侯爵夫人となる教育を受けてきたご令嬢に騎士の訓練はとても辛い物に思われるだろうからと。
しかし、そうはならなかった。
「それは本当?!嬉しいわ!!
わたし、本当は勉学よりも身体を動かす方が好きだったのよ! それを早く言ってちょうだいよ!」
ミランダは興奮しているのか、やや前のめりになっていた。これにはコゼットも目を瞬かせる。
「わたくしは、剣術よりも勉学がしたくて、、、ミランダ様のおかげで夢を叶えることができそうです。本当にありがとうございます。」
どうやらミランダとコゼットは正反対な人間であった様である。ミランダの声からは喜色が隠しきれていない。コゼットも心から嬉しそうであった。
メアリーも契約がうまくいきそうで一安心である。契約書とペンを取り出しこう言った。
「では、本契約という事でよろしいでしょうか?良いのでしたらこちらの契約書にサインをお願いいたします。ただし、こちらにサインされたら、もう後戻りはできませんよ。」
ミランダはさっさとサインを済ませてしまった。
コゼットもミランダに、「立派に務めを果たしてみせます。」と、一言伝えるとサインを書いた。
すると、契約書は淡い光を発し、消えてしまった。
「これにて契約成立となります。魂の入れ替えには準備も必要ですので、コゼット様には一度お帰りいただき、今晩お二方がお眠りの最中に魂が新たな身体へと入ることになります。
明日の朝からはミランダ様は『コゼット様』であり、コゼット様は『ミランダ様』となります。
お二方の未来に、幸が多からんことを私は陰ながら祈らせて頂きます。」
もうメアリーに出来ることは本当に無くなった。この先の二人の人生に『幸せの保証』はない。もし、これから二人に不幸が降りかかろうともメアリーには何もできないのである。
契約後に転生審査官が契約者の人生に関わるのは、会社のルールに反する。自分の未来はあくまで自分で掴んでもらうしかないのである。
メアリーは契約時にはいつもこのもどかしい気持ちを持ってしまう。
でもミランダとコゼットの、
「「ええ、必ず幸せになるわ。」」
という言葉を聞くだけで、メアリーは少しだけ救われた気持ちになるのであった。
◇◇◇
コゼットはメアリーに自宅まで送られ、家で過ごす最後の時間を与えられた。
「ただいま戻りました。」
コゼットは勉学に励むようになり家族に反抗するようになってから、家族と顔を合わせる機会が極端に減っている。出迎えなんて使用人ぐらいしかいないだろうと思っていたのだが、玄関ホールには父と兄が立っていた。
コゼットは困惑してしまう。二人が出迎えをするような性格ではないことを十分知っているからである。
玄関ホールになんとも気まずい空気が流れた。しかし、父が何やらもごもごと話し出した。
「、、、その、先程ケトリー伯爵家から連絡が来た。婚約を、破棄すると。」
コゼットは理解した。父はきっと、自分を叱るために待っていたのだろうと。こういった際はとりあえず謝っておくと良いのである。コゼットは頭を下げ、謝罪しようとした。しかしそれは叶わない。
「「すまなかった。」」
なんと、父と兄が先に謝ってしまったのである。あの頭の硬い二人が謝罪した。コゼットは信じられない気持ちでいっぱいだ。
「お前に、あんな婚約者をあてがってしまって申し訳ない。お前の人生を台無しにするところだった。」
と、父が言う。
「お前のパートナーを今晩の夜会を務めた時点で可笑しいと気づくべきだった。それに、いくら言い合いをいたからといっても、お前を置いて帰るべきではなかった。」
と、兄が言う。
二人があまりにも真剣に落ち込んでしまっているので、コゼットはおかしくって笑ってしまった。
「ふふっ。 お父様もお兄様もなにをこの世の終わりのような顔をなさっているのですか。別に気にしていませんわ。それに、今晩の出来事のおかげで素敵な友人も出来たのです。さっさといつもの暑苦しさに戻ってくださいませ。
それとも、今回の件でわたくしの官僚となる道を許してくださるのですか?」
「「いや、それはないが。」」
「ふふっ。やっぱり。」
父も兄もいつもの空気に戻った。罪悪感を感じていても、自分の考えは変えない。頑固親子の復活である。
しかしコゼットは知っている。二人は頑固で脳筋なだけで、コゼットを想ってくれていることを。コゼットもそんな二人を愛している。それはそれとして自分の夢は絶対に諦めたくはない。だから契約を結んだのである。
コゼットは二人に抱きつきこう言った。
「、、、お父様、お兄様、愛しています。いつも我儘ばかりでごめんなさい。官僚の夢を語るのは今日までにしますわ。明日からは、身体を動かすことが大好きなコゼットに生まれ変わりますの。立派な騎士になりますね。」
(ミランダ様が。)
心の中でそう付け足した。父と兄もコゼットの、珍しい行動に慌ててはいたが、
「ああ、私達も愛している。」
そう言って抱きしめ返してくれた。そしてコゼットは二人から離れ、
「それではおやすみなさい。 、、、また明日!」
こう言って、部屋に戻って行った。
その日、コゼットは晴れやかな気持ちで眠りについた。
◇◇◇
「ただいま戻りました〜。」
メアリーは今日も仕事に励んでいる。最近は部長に書類の整理を大量に押し付けられた。部長のメガネをかち割ってやりたくなる。
コゼットとミランダとの契約から一ヶ月が経っていた。
「お帰り〜。ってあれ?お前、今日外回りだっけ?」
「えっ、あ〜、次の仕事が来たとき用に契約候補をリストアップして来ただけよ。」
「ふ〜ん。 、、、それで?コゼット様とミランダ様はどうだったんだ?」
「ギクゥッ! な、なんで知ってるのよ!!」
「やーい、引っかかった〜。お前さ、分かりやすすぎんだわ。もうちょい隠せよ。」
「うっさいわねぇ!! 仕事中はちゃんとしてるんだからいいでしょう!!」
今日メアリーはこっそり、コゼットとミランダの様子を確認してきた。社のルールに反するので、見守るだけだが。コゼットもミランダも幸せそうであった。
コゼットは持ち前の頭脳を生かし、次期侯爵夫人としてメキメキと能力を伸ばしていた。さらに最近は、ミランダが『ミランダ』であった時代では疎遠であった婚約者と、何やら良い感じな様である。
ミランダは騎士となるため学園に入学し、剣術を磨き、学友と切磋琢磨する日々を送っているようだった。
「二人とも幸せそうだったわ。本当に。
、、、私ってば本当にいい仕事したわよね!!!」
「そこに行き着いちゃうか〜。」
「当たり前じゃない!!って大変。今日は担当世界の支部に行かないといけないんだった。行ってきまーす!」
メアリーは新たな人生を相手に与える、優秀でポンコツで、ちょっと残念な転生審査官である。
ヨースケの担当世界は地球の日本です。メアリーの発言の中にあるカメラなどの時代と合わない物はそこからきています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
気が向いたら連載します(^^)