咲桜フレンド
今私は、校門の前でクラス分けの貼り紙を見ている。
人混みが嫌いなので、私は時間を見計らって人混みがぞろぞろと校内へ流れていくのを横目に自分の名前が書かれたクラスを探した。
私の名前…は…、
あった。一年二組か。
割と簡単に名前見つけて、私は下駄箱に群がる人混みを見ながらその場に座り込んだ。
一時間前までは、この春から入学する盟凰高校の入学式があった。
校長先生の話や校則や規定の説明。新入生代表の挨拶などなど、退屈過ぎて欠伸が出た。
桜の花びらが宙を舞い、暖かい今日の日に外に出たのはよかった。
寒い冬を抜けたのが気持ちよかった。ぽかぽかとした春の太陽の日差しを浴びながら人混みの減り具合を見ると。
「早くいこーぜっ!!」
近くの体育館から三人の男子生徒が勢い良く出て来た。
その男子生徒達は、一人はふらふらしなから、もう一人はくすくす笑いながら、最後の一人は落ち着き払いながら校舎へと向かって行く。
私は落ち着き払った男子生徒の顔を知っていた。
名前は朱佐黄龍。(すさ こうりゅう)
中学校の時に同じクラス(三年間も)だった男で、事あるごとに教師に反抗し、自分の家が金持ちなだけにクラスの王様を気取っていたいけ好かない奴だ。
そしてさっきのふらふらしていた奴も見たことがある。
思い出した。入学式の新入生の挨拶を謳った男子だ。
名前は、
覚えていない。
まぁいいか。そんなこと。
陽の光が名残惜しいが、人混みが無くなったのでそろそろ教室に戻るとしよう。
私は鞄とスカートの汚れを払って校内へ入って行った。
校舎の中は割と綺麗だった。私が通っていた中学校とは比べるまでもないようだ。
廊下はタイル貼りで、窓はピカピカに磨かれていて、何より風通しが良さそうだ。
しかし、なぜか足がスースーする。
ふと自分の視線を足元に向ける。
短い。
スカートが。
普通に短いぞ才華!!
もし強い風が吹いたら…。
下着を覗かせるなんて趣味はないのに…。
制服の丈やサイズなどを妹に任せるんじゃなかった…。
帰ったらあとで講義してやるからな。待ってろ才華
妹を呪いながら階段を上がって行き、私は一年二組のドアの前へたどり着いた。私はスカート丈を気にしながら(俗に言う高校デビューとかと勘違いされたら困る。)一年二組のドアを開けて教室へ入った。
教室の中ではもうグループを作って話し込んでいる女子生徒達や、ワイワイガヤガヤとうるさく騒ぐ男子生徒達。
その二代勢力を上手く通り過ぎて自分の席についた私は、またスカート丈を気にしながら盟凰高校の入学手引きと書かれた冊子を読み始めた。
それにしても、うるさいな。
この教室。
「ここのみんなって、ちょっと元気良すぎだよね。」
元気どころじゃないだろう。猿でもあんなに騒がないぞ。
って…ん?
ふと私は冊子から目を離して顔を前に向けた。
そこには眼鏡をかけてにっこりと微笑んでいる女子生徒が一人。
どうやら私の前の席の主のようだ。
「みんな新しいものばかり見るから興奮してるんだろう。」
わたしは自分の気持ちを素直に述べた。
実を言うと、新しい教室や校舎には、正直私もわくわくしている。
「わたし先本小羽。よろしくね。」
「こちらこそ。白崎咲桜だ。」
落ち着いた雰囲気を持った彼女は、私を見てまだにっこり笑っている 。
なんか顔に付いてるか?
さりげなく自分の頬を触って確かめようとした私に、彼女は笑顔で、「うぅん。何もついてないよ。ただ肌が白くて綺麗で睫毛が長いなぁって。羨ましかったの。」褒めてきた!!!!
急に褒められてびっくりした私。
はぁ!?ななななななななに言ってんだこいつ。
社交辞令とか褒められるのが苦手なんだよ!私は!!
ととととととと、と、とりあえず落ち着こう。
ようやく否定の言葉が浮かび上がり、つっかえながらも早急に早口で答えた。
「そ、そっ、ひょんなことはないぞ。」
噛んだ。
ただ単純に。
噛んだ。
「わたし猫っ毛だから。白崎さんみたいなさらさらな髪の毛って憧れるんだ〜。」
私が噛んだ事を気にしない、むしろ聞いてなかったのように、話を続けた。
しかもまた褒めた。
褒められると恥ずかしいんだよな…。
背筋が寒くなる。かんじ。
彼女の満面の笑みを直視したくない私がいた。
背筋が寒いです。
この先本という女子は、私を褒め殺す気なのだろうか。
平静を保つために私は咳払いをして気持ちを落ち着かせた。
「白崎さんはどこの中学校だったの?」
なんだか彼女のペースに飲まれている気がする。
「わたしは六軒中だよ。先本…さんは?」
初対面の相手にどんな呼び方をしたらいいか迷う。
だってお互いの事を何にも知らない訳だし。
「わたしは双子山中だったの。六軒中っていえば、朱佐黄龍君って知ってるよね?」
なんだあいつは、そんなに有名人だったか?
六軒中の看板でも背負ってたのか?
「そうかもな。」私は彼とあまり親しくないので言葉を濁した。
というか嫌いだった。
「そっかぁ!朱佐君って背が高くて顔も良くて…ほら!あそこあそこ。」
先本が私の後ろを指差す、私はくるりと後ろを向くと、ロッカーに肘をつきながら話している朱佐が目に入った。
よりによって同じクラスなのか…。
最悪だ。
さっき体育館から走り出てきたくすくす笑っていた男子と、ふらふらしていた男子と三人で笑いながら話している。
わたしはすぐに振り返って先本の顔を見た。
「気になるのか?朱佐が。」
先本はにっこりと笑っていたが、うっとりとはしていなかった。
笑顔で眺めているだけ。みたいな。
「ううん。わたしはクラスのみーんなが気になってるだけ。ただ面白いから観察してるの。たしか白崎さんは…入学式の時に退屈そうにしてたよね。」
私のことはすでに入学式で見られてたのか。
「わたし人を観察するのが好きだから。白崎さんは入学式の時に欠伸をしてたから気になってずーっと眺めてたの。」
「…………………………。」
なんというか、失礼だが、不思議というか変わってる子…だな。
「変わった趣味なんだな。」
「でしょでしょ?だからあんまり人に言っちゃやだよ?」
口元にばってん印を作る先本。
じゃあ…。
「なんでわたしに言ったんだ?」
「白崎さんが可愛いから。」
先本は満面の笑みで私に答えた。
また不意を突かれた。
背筋がゾクっとした。
例え社交辞令だろうと、褒められると恥ずかしくなる。
昔から私は褒められることに慣れていなかった。
人から褒められたことなんて数える程ぐらいしかない。
「まぁ、人の秘密を軽々と喋る趣味はしていないよ。」
「やーっぱり!白崎さんってわたしの思ってた通りの子だった♪」
両手を握って感激している先本小羽。
「思ってた通りって、例えば?」
「んとねー。約束は必ず守ったり、勉強もスポーツも苦手じゃなかったり、人と話すことが苦手だったり。」
彼女は魔法使いのようだ。
「なんでそんな細かいところまで…。」
「当たってたんだ♪なんでか聞きたい?」
こくりと一回頷くと。彼女は自信あり気に説明し始めた。
「勉強もスポーツも苦手じゃないっていうのは、白崎さんの足を見ればわかる事だよ、中学校時代に運動系をやってた足の形をしてるし。推薦入試の時に白崎さんを見たから、きっと成績はいいんだなって思ったの。」
当たっていた。
私は中学では陸上部でハードル走をやっていたし、この高校にも推薦で入試を受けたし、これといって苦手な科目はなかった。
「他は?」
「人と話すことが苦手だっていうのは、白崎さんの喋り方と声のトーンよ。時々早口過ぎたり、あと噛んだりしてたし。」
なんだ、噛んだことは聞いてたのか。
なんかムカついた。
たしかに私は人と話すことは得意ではないし、あまり自分から話をしようとしない。
さっきの「不思議」と
「変わった」は訂正しておかなきゃいけない。
彼女は人並み以上の洞察力と観察力を持っている。
でも早口になったのはお前の社交辞令のせいだっ!
「全部あたってるよ。」
先本は頬杖をつきながらにこにこ笑っている。
「じゃあ全問正解した報酬をちょうだい。」
私の頭の中に?マークが浮き出てきた。
「わたしとお友達になってよ。」
先本が私の右手を両手で握った。
とても柔らかい彼女の手が私の右手を包み込む。
眼鏡の奥から彼女の目が私を見つめる。
「べ、別に構わないが。」
彼女のキラキラ輝いている(ような)瞳を直視できず、つい私は彼女から目をそらしてしまった。
なんか照れる…。
友達になってくれ。だなんて今のこの時代に真っ向から言ってくる奴なんて…。
しかし彼女の持つ鋭い洞察力と観察力が、私の興味をそそった。
「ありがとう。これからよろしくね。咲桜ちゃん♪」
先本は私の手を握り、これ以上ないくらいの笑顔を私に見せくれた。
そして私は初めて彼女に名前で呼ばれた。
「わたしのことも「小羽」って呼んでね。」
先本は自分を指差して、それから嬉しそうに私の名前を小声で連呼した。(「咲桜ちゃーん♪咲桜ちゃん♪」)
私が先本の名前を呼ぼうとした時、タイミング良く教室のドアが開き、辺りが静かになった。
当然私はその空気に飲まれて先本の名前が喉から出てこなくなった。
「おーい。いったん席につけよ〜。」
中年のおっさんが教室に入ってきた。
多分、このクラスの担任なのだろう。
生徒は全員席に付き、おっさんが教卓の前に立った。
たれ目でボサボサの髪に、無精髭のある顎。
だらしなさそうな印象を与えるこの中年男は、欠伸をしてボサボサ頭を掻きながら自己紹介を始めた。「今日からこのクラスの担任の、芝山宗太郎です。おっさんなり先生なり好きに呼んでくれぃ。」
黒板に自分の名前を書き、教卓にもたれかかった芝山という男は、クラスの名簿を読み上げた。
「んじゃ出席番号順に自己紹介してくれや。」
クラス全体がざわめき、一番前の男子生徒が席を立った。
「有山彰俊です。よろしくお願いします。」
有山と名乗る男子が礼をして席についた。
「ほい次〜。」
芝山が次へと促す。
次々と自己紹介が進み、趣味や得意な教科、自分の出身中学校を話す生徒もいた。
「汐見中出身、如月閃。(きさらぎ せん)一年間よろしくお願いしまぁす。」
「おぉう、よろしくな〜木更津〜。」
芝山は一人一人の自己紹介に合いの手を入れている。
「キャッツアイじゃねーって。」男子生徒のツッコミがクラスを笑わせる。
先本の隣の男子生徒が自己紹介を終えた。
この如月閃という男は、さっき朱佐と一緒にいたふらふらしていた男子だった。
次は先本の番。
「先本小羽です。さっき後ろの白崎さんとお友達になりました。よろしくお願いしまーす。」
なっ!!!
「これからしっかり友情を育むように。」
芝山は先本に敬礼し、えへへ。と笑いながら先本も芝山に敬礼し返す。
急に何を言い出すんだこいつは!
私は顔が熱くなるのを感じた。つくづく私を驚かせる女だ。
恥ずかしすぎる。うつむいて赤面を隠している内に、とうとう私の番がやってきた。
「し、白崎咲桜…です。よろしくお願いします。」
私は自己紹介を終え、萎れるように席についた。
「咲桜ちゃん顔赤いよ〜。」
先本が私の方に体を向けた。
「小羽があんなこと言うからだっ!」
「あっ、名前で呼んでくれた♪ありがとう咲桜ちゃん。今の咲桜ちゃん、りんごみたいでとっても可愛いよ。」
私の話など聞いちゃいない。
思わず深いため息が出る。
悪い子ではないんだが、少々イタズラが過ぎるというか…。
「さっきから思ってたんだけど…。咲桜ちゃんって…おっきいね。制服の上からでもわかるぐらい。」
またいきなり。
小羽の視線が私の胸に行っている。
まるでお宝を鑑定するような鑑定士の鋭い視線のようだ。またいきなり。
小羽の視線が私の胸に行っている。
まるでお宝を鑑定するような鑑定士の鋭い視線のようだ。「普通だろう。」
もう疲れた。
と言うより慣れてしまった。
これだけ意表を突かれたり辱められたりすれば、慣れない訳がない。
「E?もしかしてF?」
朝から何を言ってるんだこの子は。
「答えないからな。」
私はガードするように腕組みをした。
防衛その1。
「ふぅ〜ん。後で鑑定してあげるからね。」
小羽がニヤリと笑いながら彼女の両手がいやらしく動く。
「やられたら…やり返すぞ?」
防衛その2。
「もう咲桜ちゃんのエッチ〜。」
両手で胸元と隠しながら小羽が笑った。
私もつい笑ってしまった。
「ずばりそのスレンダーなスタイルを保持させる秘訣は?」手をマイクのようにして私に質問する小羽。
「よ〜し、今日はこれで終わりだから。みんな帰っていいぞ〜。」
小羽の質問が途切れ、芝山がクラス名簿を閉じて教室のドアを開けた。
終礼をして教室が騒がしくなり、私と小羽は一緒に教室から出た。終業チャイムが鳴り終わり、一層騒がしくなった教室を出た私は、トイレにいる小羽を待った。
今日は色々あったな。
久しぶりに人が集まる場所に来たせいだろう。
いつもより疲れた。
入学早々友人が出来たのはいいことだと思うが、あの先本小羽はちょっと私には難しい相手かもしれない。
いや、彼女にだって良いところはあったんだ。
いつまでも中学生の時みたいに人を遠ざけるのは、出来るだけ控えよう。
「さ〜く〜らちゃんっ。」
名前を呼ばれるより先に、胸のあたりが鷲掴みされる感覚が私を襲った。
「ひっ!!」
私は公衆の面前でこれまで出したことはないであろう声を出してしまった。
「ん〜。わたしが察するに〜。Fかな?咲桜ちゃん発育良すぎだよ〜。」
人に触られる感触はなんとも変なかんじだった。
私はすぐに振り向いて小羽の頭にチョップをかました。ちょうどいい罰だ。
「む〜。痛いよ〜。」
小羽が不機嫌な顔をする。
どうやら反省の色はないようだ。
「いきなり過ぎるぞっ。」
私は胸元を隠すように両手でガードの姿勢をとった。
しかしその一連の動作を見られているような視線を感じて、顔は熱くなってとても恥ずかしくなった。
「ごめんごめん。でも…。なかなか立派なモノをお持ちのようで。羨ましいぞ〜。」
段々小羽の
「羨ましい」に胡散臭さが感じられるようになった。
「変なこと言ってないで、用が済んだならいくぞ。」
私は小羽と共に下駄箱を目指した。
教室から下駄箱まではたいした距離ではなかったので、私達はすらすらと靴に履き替えることが出来た。私と小羽の帰り道は同じだったので、私達は一緒に校門を通って盟凰高校を後にした。
校内の桜の花が散り、小羽はそれを眺めて目を輝かせていた。
私も桜は好きだ。
別に自分の名前に桜が入っているからではなく、桃色の花を咲かせた桜の木が新しい春を物語っているようだったから私は桜を好きになった。「じゃあ私はこっちだから。また明日ね。」
学校から近くにある住宅街に小羽は入って行った。
(何度も振り返って手を振ってくる小羽に、私は永遠的に突き合わされた。)
なんとか小羽に別れを告げた私は、高校入試の時に見つけた近道へと足向けた。
近道とは、私の自宅から盟凰高校へのショートカットルートのことで、このルートを通ると七、八分ぐらい登下校の時間を短縮する事ができる。
普通なら小羽が入って行った住宅街を抜けて帰るのが安全で歩道もアスファルトとガードレールで確保された正規ルートなのだが、そのルートは神社の中を入って行く罰当たりな行為だが、あいにく私は神様なんて信じていないので罰なんてものも全部信じない。
神様こそこの世界の何よりも胡散臭いと思うほどだ。神様なんて昔の人間が勝手な妄想で偶像したに違いない。
なにより神様には実績がない。
でもサンタクロースは実績があるので私は信じている。(実際にいるらしいし)
まぁ目に見えるもの以外は信じない性格だから、噂や例え話ばかりする同級生と話が合わないんだろうな。
まぁこの年にもなれば周りの環境や集団に溶け込むことが出来るが、私は面倒くさがりなのでわざわざ今まで自分を壊してまで周りに溶け込もうとしない。
そう私は典型的なO型
おおざっぱで
おおらかで
温厚(だと思う)なO型だ。
最後は蛇足だった。別に血液型のせいにしているわけじゃないけど、ただ最近読んだ本が血液型関連の本だったので、少し参考程度に。
神社の林の中をずんずん突き進んで行く私は、足元で何かが鳴く声を聞いた。
足元のすぐ脇にはダンボールが無造作に置かれていた。
無造作過ぎて雑草ぼうぼうのこの林と同化している。
しゃがみ込んでダンボールの中を覗くと―――――
「な〜。」
と、子猫が私を見て鳴いた。
可愛い。
すっごい可愛い。
くりくりしたまんまるな茶色い目とか、
親指くらしかない耳とか、「な〜。」子猫がすすり鳴く。
鳴いてる仕草も可愛い。
捨て猫なんだろうか。
私は子猫の可愛らしさにうずうずした。
ふと気がつけば子猫を撫でている自分がいた。
自分も女なんだな〜と軽く再認識。
指先を舐める舌がくすぐったいが、そこは子猫の可愛らしさで中和される。
犬とは違って猫の舌は、獲物を食べる際に骨を削って肉を食するために舌の表面がザラザラしている。
同じ猫科のライオンも同じだそうだ。
子猫は額を撫でる私の指を舐め続ける。
そりゃあもうじょりじょりと。
じょりじょりじょりじょり。
「な〜。」腹でも減っているのだろうか。ずっと私の指を舐めている。
しかも鳴きながら。
「よしよし。ちょっと待ってろ。」子猫を撫でて私は立ち上がった。
「な〜。」
子猫も私を見送ってくれている。
よし、行くぞっ!
私は走りだした。
本来はスニーカーの方が走るのには向いているのだが、今日ローファーを履いているので、履き慣れていないせいかいつもより私は鈍足だった。
しかも、ローファーのせいで足が痛い。
先日買った真新しいローファーが、こんなにも早く履き慣らされていく。
それはそれで良いことだし、私的にも履きやすくなった方が嬉しい。
神社から自宅まで歩いて五分もかからないので、走れば2〜3分で到着する。
はい、到着。
誰がどう見ようと普通の一軒家である。
玄関には「白崎」の表札と郵便受け。
横開きの和風の玄関扉を開けると、妹の才華が現れた。
「おねーちゃんおかえり〜。」
菓子パンを加えたパジャマ姿の妹。
多分ついさっき起きたのだろう。
「ボタンがひとつずれてるぞ。」
私は妹の間違いを指摘して台所へと移動した。
手洗い場から左に曲がってすぐ近くにある台所。
そこには昔からお世話になっている冷蔵庫が堂々と構えている。
鞄をテーブルに置いて、いざ冷蔵庫へ。
たしかこの辺に牛乳が…あったあった。
私はプラスチックの底の深い受け皿と300mmlの牛乳と昨日買ったカツオのたたきを少々拝借し、それをビニール袋に詰め込んで台所を後にした。
「どっか出掛けるの〜?」
菓子パンを食べ終えた才華が尋ねる。
「ちょっと…な。」
詮索好きな才華のことだからこのあと詳しく聞いてくるに違いない。「もしかしてもう彼氏とかできちゃったの〜?」
そんなわけないだろ。
誰がわざわざ牛乳とカツオのたたきを袋に詰めて彼氏に会いに行くんだ。
「違う。」
と、私は否定して家を出た。
私は履き慣れたスニーカー(ア〇ィダス)を装備した。
さくら の すばやさ が 5 あがった。
やっぱり履き慣れた靴は履き心地が良かった。
ローファーよりも軽く感じられるし、何より動きやすい。
スニーカーのおかげで、思ったより早く神社に着くことができた。
さっきの道を辿り、子猫がどこかへ行っていないだろうかと心配ながら神社の鳥居をくぐり抜けた私は、子猫の入ったダンボール箱を探索した。
二つの狛犬の像の前を左に曲がり、桜の花びらが散りばめる道をさくさく歩いて行くと、ダンボール箱の前に人が座っていた。
しかも、盟凰の高校の制服。
一人の男がダンボール箱の中をいじっている。私みたいに興味本位で子猫を見ているのだろうか。
あの男が帰ったら餌をあげよう。
近くの階段に座って時間を潰そうと思った時、私と男の目があった。
数十秒間の無言状態。
目が合ってしまった。
なんか、気まずい。
スーパーからの帰り道…には見えないよな。
第一この袋のスーパーは隣町だし。
ここからスーパーまでは自転車でも30分はかかる。
ましては私は今自転車を持っていない。
しかも制服姿で学校指定のローファーではなく普通のスニーカーを履いている私。
明らかに何か意図がある女子高生に見えるに違いない。
私がそんなことを思ってる中、男が沈黙を破った。
私を見て手招きをしてくる。
中に子猫が入ってるなんて知ってるよ。
しかも三毛猫だよ。三毛猫。
私は男の方ではなく、あえてダンボールの方を目指して近づいた。
ダンボールの中では子猫が男の手とじゃれている。
チラッと男の方を見てみる。
男は笑顔で子猫と遊んでいる。私の方なんて見向きもしていない。
こいつは…。
たしか同じクラスの…。
「木更津…。」
「いや如月だって。」
鋭い的確なツッコミ。
いや、ボケた訳じゃないんだが。普通に間違えました。
「なんか底の深い皿とか持ってないか?」
やっと男が私の方へ顔を向けた。
真っ黒な髪に、それと同じような黒い瞳。
少々前髪が長い如月という男は、私に要求をしてきた。
「これぐらいの物なら。」私は言われるがままビニール袋を探ってプラスチックの受け皿を如月に渡した。
あまりにもあっけなく渡してしまった。
せめて何をするかぐらい聞いておけばよかった。
初めて話す相手に緊張してしまって自分の行動が無意識に体だけで反応して動いてしまった。
「サンキューな。」
如月はにっこりと笑って自分の鞄から紙パックの牛乳を一本と、小さなポリ袋を出し始めた。
呆気にとられて見ているだけの私。
彼はポリ袋から鳥のささみ肉を出し、私の受け皿に牛乳を注いでダンボールの中に入れた。
「飯だぜ〜。」
子猫はガツガツと餌を食べ、小さな尻尾をふりふりしている。彼はそれを見て満面の笑みを浮かべている。
私はまだ呆気にとられている。
状況の演算処理が追いついていなかった。
「か、飼っているのか?」
何を言っているのか自分でもさっぱりわからなかった。
「これで飼ってるように見える?」
やっと私は我に帰った。
そしてまたボケをかましてしまったことに気付いた。「一昨日ここで遊んでたら見つけたんだ。」
彼は嬉しそうに子猫を見ている。
私のボケには微塵も気にしていないようだ。
「ずっと餌をやってたのか?」
まぁな。――――――彼は子猫に向けていた笑顔を私に向ける。
純粋な、真っ直ぐな気持ちを表す笑顔だった。
私はうずうずして子猫の入ったダンボールへ向かい、食事中の子猫を拝見した。
一生懸命食べている姿。いや、がっついている姿が幼い子供を見ているようで、私の母性をくすぐった。
愛らしい。簡単に言えば、すっごく可愛い。
あまり学がない私にとって、それを表現するのは難しかった。
考えるより体が動く私。
「なぁ。」
肩をつつかれた。
私はハッと彼の方を向く。
「こいつ…。飼うか?」
え…―――――
子猫は、可愛いが。
飼うのは…。うちはおばあちゃんと妹と私の三人暮らしだし…。
飼ってもうまく世話できそうにない。
これが現実。
結局私は自分勝手に遊んでいただけだった。
このままずっと毎日ここへ来て餌をあげたりは出来ないだろう。
自分に嫌気がしたその刹那。
「飼わないなら俺がもらってくぜ。」
と、彼が笑顔で私を見る。
私は何を言ったらいいかわからなくなり、
「あ、いや…その…。」
もう言葉にもなっていなかった。
「こいつ見たかったらいつでも俺んち来いよ。」
彼は食事を済ませた子猫を抱きかかえて帰って行った。
いや家知らないし。
思わずツッコミ。
しかし彼はもうそこにはいなかった。
神社の中には、もう私一人しかいなかった。
まぁ…いっか。
可愛い子猫にも出会えたし。
子猫をテイクアウトしていった彼、木更津だっけか。
たしか同じクラスのはずだ。
明日話しかけてみよう。
番外編から先に書いちゃうなんて…。
まぁ実際頭フル回転して執筆するよりぐだぐだ書くのが好きな作者です。
今作は咲桜だけです。
小羽と閃も少しだけしか出て来ません。
朱佐なんて名前だけです。
八雲はいませんね。
でもちゃんと三人の中で出て来たのでそれはそれで。
ではまた。