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魔人の血

小さい頃から、母さんは私に優しくしてくれた。

病弱であまり部屋からは出たくないと言っていた母さんだけど、部屋に他の人を入れることもあまりしなかった。

部屋に入れるのは、基本的に夫である父さんと、私と兄さん達子供、そして母さんの専属メイドだけだった。

母さんは兄さん達にも優しかったけど、私には特に優しかった。いろいろな話を聞かせてくれたし、私の話も楽しそうに聞いてくれていた。


五歳の頃、私は自分に不思議な力があることに気づいた。今でこそ違うと分かるが、当時の私はそれを固有魔法だと思っていた。

一定時間の間、他の人達に認識されなくなる効果だと分かった時には、屋敷の外に抜け出すことを計画するようになっていた。詠唱を行う必要がなく、魔法陣も出現しない。これならバレないと思った。

窓から見た屋敷の周辺には、それなりに人がいて、それなりに建物もあった。遠くの方には畑が見えた。その頃の私はまだ、屋敷の外に出たことがなかった。


一度目はすぐに見つかったけど、二度目は焼き鳥を買って帰ることに成功した。お金は兄さん達から時々貰っていたものがあった。

母さんは、勝手に屋敷の外に行くことを辞めるようにと私に言ったけど、それでも私は屋敷の外に行くことにした。友達が欲しかったのだ。本や母さんの話で聞いたような。

兄さん達には友達と呼べるような人がいるけど、私は屋敷に閉じ込められているので、友達がいない。同年代どころか、子供自体を見ることが少ないこの村で、友達を作るのは難しいだろうとは思っていた。


彼、ジーテスとあったのは三回目の時だった。あの日のことは、今でも覚えている。

子供が居そうだなと思って入った広場で、私は彼を見つけた。広場の噴水に向かおうとしていた彼に声をかけて、少し話をした。

彼は私と同じ歳だった。彼も親に隠れてここに来ているのだと分かると、親近感が湧いた。初めての友達ができるかもしれないと思った。どうやって仲良くなろうと考えた結果、焼き鳥を一緒に食べることにした。

彼は美味しいと言って喜んでくれた。お金は私が出して、彼には気にしなくて良いと言ったけど、彼は結構気にしているようだった。

そこで私は、彼にも何か美味しい物を私に食べさせて欲しいと頼んだ。そうすればまた会えるとも思った。

彼はグナイザーを持ってくると言った。母さんから話を聞いたことはあったけど、食べたことはなかった。


その直後、ノノに見つかってしまった。母さんに呼ばれたらしい。彼のことは友達だと紹介することにした。

毎回屋敷を抜け出して会うよりかは、彼を屋敷に入れた方が良いと思ったから、私の友達として屋敷に招待することにしたのだ。ノノも反対している様子はなかった。


屋敷に戻って、母さんの部屋へ向かった。扉を開けると、安楽椅子に腰掛けた母さんが待っていた。あの時の会話は、今でも覚えている。







「来たわよ母さん」


「おかえりなさいイレーナ。また外に行ってたみたいね」


母さんの声は、か細く聞こえた。中に入って扉を閉める。ノノは外で待って居てくれるようだ。母さんのそばの椅子に座る。


「大丈夫よ母さん、心配なんていらないわ。それに、今日は友達もできたのよ」


「友達?どんな子なの?」


「私と同じ歳の子よ。茶髪で、白い服着てて、そういえば喋り方が妙に丁寧だったわね」


「その子、名前は?」


「ジーテスって言ってたわ。ジーテス-ユースティアだったかしら?」


「そう、それなら大丈夫そうね」


「もしかして母さん知ってるの?」


「別に、知らないわ。それよりも、今日は貴方に話したいことがあるの。貴方と私のことについてね」


か細かった声が、少し強くなる。


「何かしら?」


「貴方、前に髪の色について私に質問したこと覚えてる?」


「ええ、覚えてるわ。なんで皆、私の髪の色に驚くんだろうって。確か、兄さん達は黒髪なのに、私だけ紫だから皆驚いてたのよね?」


「ええそうね。それに、紫は珍しい色というのもあるわね」


「そうなの?」


「そうよ、紫色の髪の人は珍しいのよ」


「へぇ、そうなのね」


「イレーナ、魔王は知ってるわよね?」


「魔王?ええ、知ってるわよ」


魔王、およそ百年近く前に現れた災厄。魔人の王。その姿を知るものはなく、妖精だとか骸骨だとか言われたりしている。唯一、その姿を直接見たとされる当時の勇者達は、魔王と相討ちになってもう居ない。


「なんで急に魔王なの?」


「魔王にはね、子供が数人居たのよ」


「子供?何言ってるのよ母さん、魔王に子供は居ないわよ?」


「そう言われているわね。でもね、実際にはいるのよ。人間の姿をした子供がね」


「魔王の子供が人間?」


意味が分からない。何故母さんは急にこんな話を始めたのだろうか。


「そうよ、魔王は人間の姿をしていたの。そして、その子供達も人間の姿をしていたのよ。そして、その子供達には今も、魔人の血が流れているのよ」


「よく分からないけど、もしそうだとして、それが私と母さんに関係ある話なの?母さんは、数人いた魔王の子供の一人だって言うの?」


「まぁ・・・・・・つまりそういうことね。正しくは魔王の子供じゃなくて子孫だけど。この紫色の髪がその証拠。魔王の髪は紫色だったらしいわ」


「な、何言ってるのよ母さん。変な夢でも見たの?」


「変な夢なんて見てないわよ。でも、急に言われても信じられないわよね。でもねイレーナ、これは本当の話。貴方の見た目は、普通の人間と全く同じで、おかしな所は何もないわ。でも、貴方は人間じゃないの。魔人なのよ」


「う、嘘よ。私が魔人だなんて」


魔人、人型の人外。人のように知能を持った魔物。魔王の命令で、多くの人々の命を奪った過去がある。魔人というのは殺人者と同じような意味なのだ。

特徴として、詠唱を行わない魔法のような能力、異能を持っている。


「イレーナ、貴方は気配を消すことができる力を持っているわよね?」


「え、ええ。持ってるわ」


「私もね、持ってるのよ。貴方と同じ異能をね」


異能、詠唱と魔法陣がない魔法のような能力。魔人に限らず、魔物の中にも異能を持つ種類はいる。


納得した。固有魔法だと思っていたあれは、異能だったのだ。魔法には、詠唱と魔法陣が必須だ。そうなると、その2つが必要ない私の能力は、きっと異能に違いない。


「それじゃあ、私は本当に人間じゃなくて、魔人なのね・・・それじゃあ、兄さん達もそうなの?」


「いえ、違うわ。ずっと隠してきたけど、あの二人を産んだのは私じゃないの。私が産んだのはあなただけよ」


「そう、そうだったのね」


「ごめんなさいね、急にいろいろ話してしまって。貴方が屋敷の外に出たって聞いた時にね、異能を使ったんじゃないかって思ってね。何か起こる前に、ちゃんと教えておこうと思って」


「そういうことなら、分かったわ。この力は使わないようにする」


母さんの言ったことは衝撃だったけど、それで何か変わることがあるのかと言われれば、家を抜け出すのが困難になる位しか思いつかなかった。落ち込む必要はない。私は人として生きる。それだけだ。


「それが良いわ。バレたらどうなるか分からないからね。このことは秘密よ」


「ええ、秘密ね」


そうして私は、異能を使わずに抜け出せるようになろうと決意した。







その日以来、私は異能を使っていない。その代わり、ジーテスと一緒に屋敷を抜け出す方法を考えるようになった。今までどうやって抜け出していたのかについては、適当に誤魔化した。

とは言っても、その頃からあまり屋敷の外には行かなくなった。ジーテスが庭で魔法を教えてくれるようになったからだ。

最初は彼から魔法を習うだけだったが、しばらくして他の人達から、別の事も習うようになった。

単純に家を抜け出すことができる時間が減ったのだ。

しばらくすると、ジーテスは魔法を教えることとは関係なく遊びに来るようになった。

彼は、本で読んだという遊びを私にいろいろ教えてくれた。

私は彼に会うのが楽しみだった。

彼とはいろいろ話したけど、秘密のことと母さんのことは話さなかった。


母さんはある日を境に体が弱くなっていった。

少しずつ弱っていく母さんを見るのは辛かった。父さんは心配して、何度か医者を呼ぼうとしたが、母さんは頑なにそれを断った。どうして断るのかと聞くと、周りにバレてしまうから、と言った。魔人関係の特殊な病気なのだそうだ。私と喋ることも少なくなっていった。

その頃の私は、母さんのことを考えるだけで、気分が暗くなった。

だから、ジーテスと居る時は、できるだけ考えないようにした。彼といる間だけは、悲しいことを忘れようと思った。ずっと暗い気持ちでいる訳にはいかなかったのだ。







そうして、秘密がバレることなく時が過ぎていった。

私が十歳になる前日に、私は母さんの部屋に呼ばれた。


「母さん、来たわよ」


「あぁ、イレーナ」


昔は、数日に一回行くか行かないかだった母さんの部屋に、今ではほぼ毎日通うようになっていた。少しずつだが、母さんはまた昔のように、私と話してくれるようになってきている。

この日も、例え呼ばれなかったとしても行くつもりだった。


「明日で、貴方も十歳ね」


母さんは私を見ながら、ゆっくりと話す。


「ごめんなさいね、パーティに、出られなくて」


「良いのよ母さん、気にしないで」


「・・・ねえ、イレーナ、もし良かったら、ジーテス君に、会わせて、欲しいの」


「ジーテスに?会わせるのはできるけど、どうしてなの?今までは、会わないようにしてたのに」


「気が、変わったのよ。貴方の友達が、どんな人なのか、見ておこうと、思ってね」


「気が変わったって言っても、今の母さんの状況を彼にどう説明すれば良いのよ」


「最悪、秘密を話しても、良いから、お願いよ、イレーナ」


「そこまで会いたいの母さん?秘密を話しても良いって言ったって、彼が知ったらどう思うか・・・」


「まぁ、貴方が、どうしても、嫌って言うなら、諦めるけど」


「・・・分かったわよ。母さんの頼みなら、しょうがないわね」


「ありがとうね、イレーナ」







そして今朝、彼を連れていくのは良いとしても、秘密については言うかどうかまだ迷っていた。

神託式の最中も、神父さんの話はあまり聞いていなかった。それでも、彼は気づかなかったようだけど、神父さんが判別の儀の詠唱を何回か間違えたことには気がついていた。久しぶりの神託式だったのだろう。少なくとも、去年はやらなかったらしい。

『聖騎士』の称号があるかもと期待されていたけど、残念ながら『聖騎士』は人間限定の称号で、魔人の私には関係なかった。

それだからこそ、私は驚いた。自分に称号はないと思っていたのに、脳内にはハッキリと文字が浮かび上がった。


火、闇、

暗黒騎士。


何となく分かった。これはきっと、魔人専用の称号なのだと。

私は、称号はなかったと言うことにした。




そして、その後のパーティで彼と2人で並んで座っている時だった。

保護者同士で話していて、私と彼はそれを離れて眺めていた。

まだ、彼に秘密を言うか迷っていたところに、向こうから母さんの話をしてきた。

少し話している内に、彼になら話しても良いと思った。

どう思うかは分からないけど、彼なら分かってくれる気がした。


「ねえ、ジーテス」


「何?」


「貴方、秘密は守る?」

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