もう森は嫌です
「明るい」
「何もない・・・わね」
「いや」
ダリアさんが岩の近くの地面を指さしている。近づいてよく見ると、不思議な形をしている植物がある。犬の尻尾というかねこじゃらしというか・・・これエノコログサなのでは?
「なんの植物です?」
「難病を治す薬の素材になると聞いたことがある。名前は覚えてないが、見た目は特徴的で覚えている。貴重な植物だ」
「へぇー、見た目のわりに凄いんですね」
「それなら、少し持って帰りましょうよ」
「まぁ、少しくらいなら大丈夫かな」
「そうだな。でも、採取するのはもう少し待った方が良さそうだ」
ダリアさんが当たりを見渡す。つられて俺とイレーナも見渡した。
メレクだ。一羽、二羽、三羽・・・あれなんか集まってきてる?多くない?
「近くに巣があるかもな」
「完全に囲まれちゃってますね」
左右前後はもちろん、上を見上げても数羽確認できる。
「これ、一斉に突っ込まれたらまずいんじゃ」
すると、地面に白い魔法陣が現れ、ドーム状に透明な障壁を張った。
「俺の魔力が続く限りは破られないはずだ」
「流石です!」
「だが、俺は魔力の二重展開ができない」
ダリアさんがそういった瞬間、周囲のメレク達が一斉に鳴き始める。
詠唱だ。色とりどりな魔法陣が現れる。
突っ込むより魔法を使った方が良いと思ったようだ。
「俺はこの外に出て奴らを斬る。お前らはここで待っていろ」
そう言ってダリアさんは、メレク達の一斉射撃の後にドームの外に出た。
ドームへの攻撃は無意味と思ったのか、大半のメレクがダリアさんに向かって魔法陣を展開する。中には突っ込んでいくのもいたが、近くに味方が多いためか、スピードは出ていない。
ダリアさんは地上付近にいる奴や、突っ込んでくる奴から斬り倒していく。
剣が届かなそうな奴には、先が鋭い何かを投げて撃墜していた。
しかし、流石にメレクの数が多いため、何発か魔法が掠っている。
やっと剣抜いてるとこ見れましたね。ここまで魔法しか使ってこなかったから、イレーナの剣の先生だってこと忘れてた。
「ねぇ、私達に何かできることないかしら?」
「できることねぇ」
魔法の障壁は、外からの攻撃を防ぐと同時に内からの攻撃も防ぐ。自分が張った障壁なら、自分の使う魔法はすり抜けるが、他人の魔法は防いでしまう。今回はドーム状に展開されているので、閉じ込められているような状態だ。
「ダリアさんの応援とか?」
「聞こえるの?」
「メレクの合唱がうるさいね」
「ダメじゃないの。やっぱり、外に出て魔法を使うのが良いのかしら」
「人も出れないと思うよ」
「あ、確かにそうね。それじゃあ、大声で応援するしかないのかしら」
何もかも通さない訳じゃないし、なんとか魔法を外から・・・。
「あ、待って。ある、方法ある」
「え、あるの?どんな方法よ」
「ドームの外に魔法陣を出すんだよ」
「外に、なるほど。確かにそれなら行けそうね」
魔法は魔法陣から出る。なら、魔法陣の位置をドームの外に出せば良い。魔法陣の出現位置は、使用者がいじることが出来る。遠くの狙った位置に出すのは難しいが、今回はドームの内と外の境目付近に立って詠唱しているので、そんなに距離はいらない。
ドームに攻撃して来るメレクの合間を縫って、ダリアさんに向かって魔法を使おうとしているメレクを二人で狙っていく。
ダリアさんに狙いを定めようとしているのか、あまり動かない。おかげで当てやすい。
「風よ!騒然を切り裂け!(意訳)」
「炎よ、魔鳥を焼き尽くしなさい(意訳)」
ダリアさんを狙っていた数羽がこちらに気づいて攻撃してきたが、ダリアさんが張ってくれたドームは、未だにびくともしない。
「森で火は使わない方が良いんじゃ」
「もしもの時は頼んだわよ」
「いや、使う属性変えて?火以外もできるでしょ?」
避けられたり、誤射したりして森に火がつかないか心配だったが、心配は必要なかったようで、彼女は的確に魔法を当てていった。
「これで最後ね」
「なんとかなったね」
「二人ともありがとうな、助かった。まさか一撃であいつらを倒せるとはな。二人がこんなに魔法を使えるとは思ってなかった」
「これも貴方のおかげね。褒めてあげるわよ」
「光栄でございまする。でも、俺はほんのちょっと教えただけだよ。イレーナって、俺が教えなくてもできるようになってくから、俺が教える必要ない気もするんだよね」
「そんなことないわよ。貴方が居ないと、話し相手が居なくてつまらないわ」
「それってやっぱり俺が教える必要ないよね?」
その後は、また他のメレク達に見つからない内に帰ることにした。あんなに詠唱で叫んでたし、声を聞いた他の仲間も集まってたと思うので、さっきの大群で全部だと思いたいが、巣を見つけた訳では無いのでまだ分からない。
大量の死体は、適当にそこら辺に投げておいた。きっと森の掃除屋さん達が処理してくれることでしょう。投げてる途中にそれっぽいの見つけたし。
そんなこんなで、帰りは転ばないように注意しながら、早歩きで進んだ。
もうメレクとは会いたくないですね。
あ、エノコログサはちゃんと採りましたよ。
「予想とは違ったけど、それなりに良いものが採れたわね」
「そうだな。高く売れるんじゃないか?」
「この植物そんなに貴重なんですね」
持ってきていた袋の中に大事に入れて持ち帰る。家に着いた頃には、日はもうほぼ見えなくなっていた。
今日は疲れたなぁ。
大量のメレクを見た時はどうなるかと思ったけど、ダリアさんが居てくれて助かったなぁ。
やっぱり、冒険は危険だから今行くものじゃないね。
「結構楽しかったわね」
「本当?」
「確かに、龍が居なかったのは残念だけど、その分魔法をいっぱい撃てたから良かったわ」
「なんでそんな龍好きなの?」
「かっこいいじゃない」
「それは・・・そうだけど」
「そういうことよ」
「そういうことか」
どういうことです?
まぁいいや、もう遅いし寝よ。
「それじゃ俺はもう寝るよ。おやすみー」
「ええ、おやすみなさい」
おはようございます。今日でイレーナは屋敷に戻ります。
でも、そんなに遠いわけじゃないし、魔法の練習でもして帰ることになりました。
昨日のダリアさんが言った、二重展開が気になったので練習してます。マザーにも推奨されたし。
一流の魔術師ならできて当然と言われる二重展開、賢者である俺ができないわけないんだよなぁ。
「難しいわね」
「上手くできなーい」
「ま、二重展開はそう簡単にはできんさ。これに関しては才能だな。俺は魔法の才能がなかったからできなかったが、お前達ならできると思うぞ」
うーん、できないんだが?
俺の才能はまだ開花してないみたいだな。
まぁでも、『賢者』があるのは間違いないし、練習してればきっと近いうちにできるようになるよね。
「まぁでも、できるようになるまで最低でも一年はかかるだろうな。もちろん、余程優れた才能があればの話だが」
近いうちにもできなさそうですね。
一年とは言わないけど、二年・・・三年くらいでできるようになるかなぁ?『賢者』だぜ俺?そこそこの才能はあるでしょ、多分きっとおそらく。
その後は、ちょっと剣も教わりましたた。
いやぁ、もう習うことはないでしょうね。
魔法剣士とかかっこいいなって思ったけどやめました。
「理想だけじゃ駄目なんだよね」
「急にどうしたのよ」
「俺に剣術は無理だ」
「まぁ、貴方は魔法を極めるのが良さそうね」
そうして昼過ぎには、イレーナとダリアさんは帰っていった。
ちなみに、エノコログサはイレーナと半分こしました。ダリアさんは、要らないらしい。せっかくだし貰っておけば良かったのに。
「ミルー!」
「どうしました?」
「エノ、凄そうな植物見つけた」
「これは、ヌグタラスナフですね」
「え、なに?」
なんだって?ヌグタ・・・へ?
「ヌグタラスナフです」
あーうん、なるほどわかった。今日からこいつはエノコログサだ。
「そういう名前なんだね。それで、これ結構貴重な植物って聞いたんだけど」
「そうですね、貴重な植物です。これは、昨日採取されたのですか?」
「そうだよ。昨日はメレクの話しかしてなかったけど、結構生えてたよ。その中からちょっと採ってきた」
「なるほど。メレクが確認されて以来、誰も奥まで足を踏み入れませんでしたし、その影響でしょうか?」
「かもね?それで、これってどうやって使うの?」
「主に薬草として使われるそうですが、私はそちらの方には明るくないため、詳しいことは分からないですね。すみません」
「そっかぁ。使い方がよく分からないなら、これは売った方が良さそうかな?」
「そうですね、結構な値段で買い取っていただけると思いますよ」
というわけで、ミルに預けることにした。自分で売りにいっても良いけど、どうせまだお金なんて持たせてくれなさそうだし、そもそも売り方分からん。
数日後。
「物足りないわ、抜け出そうかしら」
「この前も聞いたが気がする」
「そういえば、竜が居なかったのよね」
「また竜・・・」
「今度は何処が良いかしらね?」
「また行くの?」
「当たり前でしょう。さ、貴方も考えなさい。竜が居そうな場所を」
「少なくともここら辺には居ないと思うなぁ。ていうか、やっぱり冒険は危険だからさ、もっと強くなってから行こうよ。うん、それが良い。そうしよう、ね?」
メレクの大群は普通に怖かったしなぁ。
二重展開の練習もしたいし、もうしばらく冒険はやめておきます。