115 朝から大パニック!!
百十五話 朝から大パニック!!
一応脳の精密検査を行うため、一日入院することになってしまったオレ。
朝、愛ちゃんたちに『いってらっしゃい』メールを送り、優雅に太陽の光を浴びながら検査の時間までおだやかな時間を過ごしていたのだが……。
おかしいな。 今日は平日……学校があるはずだ。
なのにどうして、どうしてこんなことになってしまったんだ?
◆◇
健康的な朝食を摂ってのんびり過ごしていると、部屋の扉がノックされる。
「ん、もう検査の時間か。 思ってたよりも早いな」
車に撥ねられたというのに運よく全身に痛みは全くなく、オレは難なくベッドから降りて扉の方へと歩いていく。
「歩けるんで、運ぶやつとか大丈夫ですよー」
オレはそう声をかけながら扉を開ける。
しかし扉の先にいたのは看護師さんではない……普通に考えたらこの時間にいるはずのない人物。 オレは思わず「えっ」と声を漏らした。
「加藤くん!!」
「い、石井さん!?」
そう、扉の向こうにいたのは制服姿の石井さん。
時間的に授業が行われている時間のはずなのに、石井さんは涙を浮かべて微笑みながら、その場ではたりと崩れ落ちる。
「ちょっ……えぇ!? 石井さん!?」
「よかった……よかったああああ」
「あ、あぁうんそれはありがとう……、てか学校は!? サボったの!?」
どうやら石井さん曰く、昨夜オレから届いたメールの返事を見て本日来ようと決めたとのこと。
その心配してくれている気持ちはかなり嬉しいし照れくさいのだが、如何せんここは病院内。 青春を送るには程遠い状況にあったため、オレはひとまず病室の中に招き入れることにした。
「あら加藤さん、今から検査の説明に伺おうと思ってたんだけど……後の方がいいかな?」
石井さんの手を取り立ち上がらせようとしていると、ちょうど通りがかった看護師さんが石井さんにも聞こえるくらいの声量でオレに耳打ちをしてくる。
「あ、いえ。 お気遣いなく。 今から聞きます」
「でも大丈夫なの? せっかく彼女さんが来てくれたのに」
「違うんで大丈夫です。 というよりも検査って結構かかる感じですか?」
石井さんを完全に無視したオレの態度に、看護師さんも石井さんもオレを凝視。 その後二人揃って口を開いた。
「加藤くん」
「加藤さん」
「はい?」
「ひどいよ、心配してきたのに」
「そうだよ、女の子を悲しませるのは男として失格だよ?」
「ーー……は?」
おい、なんだこの状況は。
どうしてオレが悪者的なムーブになってやがるんだ。
何か言い返してやりたいところだったのだが、それはそれで面倒臭いし何より時間の無駄だ。
オレは大きくため息をついて、一人静かにベッドへと戻った。
「加藤くん?」
「加藤さん?」
「あの、検査の説明、都合の良い時でいいんでお願いします」
◆◇
説明では、検査はそこまで時間のかかるものではないらしく、問題がなければ本日中には退院……家に帰れるとのこと。
看護師さんが部屋から出ていくのを見送ったオレは、ホッと胸を撫で下ろしながらそのまま仰向けに倒れ込んだ。
「それにしても加藤くん、奇跡じゃない? 車に撥ねられたのに外傷がまったくないなんて」
「ほんとにね。 あ、でも頭はぶつけたから検査次第ってところはあるんだけど」
「ちょっと……怖いこと言わないでよ」
「いや、一番ビビってるのオレなんだけど。 まぁでも大丈夫だとは思うけどねー」
そうか、何もなければ今日中に家に帰れるんだ。
家に帰れる……そのワードで緊張の糸が解けたのだろうな。 近くにいる石井さんから漂う女の子特有の甘い香りを、ようやくオレの嗅覚が完全にキャッチする。
あぁ、香水の香りも合わさって……なんて癒しに満ち溢れた成分なんだ。
「すん、すん、すんすんすーーーん」
桃色の空気を吸い込むたびに、オレの体中に幸せな感覚が充満していくのが分かる。
「すんすーん」
「加藤くん? 眠い?」
「すんすんすすーん」
「いい天気だもんね。 私もなんだか眠くなっちゃった」
「すんすんすーーん」
しばらくの間オレはそれを一心不乱に吸い込みまくっていたのだが、ここでオレは気づくべきだったんだ。
香りを取り込むたびに反応し膨らんでいっていた、とあるモノに。
空気を入れると風船って大きくなるもの。 それと同じ原理だよな。
大量に空気を取り込んだ『風船』は、もはや手の施しようがないほどに大膨張。 オレがそれに気づいたのは、石井さんの「ひゃっ」とう少し好奇心・羞恥に満ちた声からだった。
お?
我に返ったオレは、頭上にはてなマークを浮かばせながら石井さんに視線を向ける。
「石井さんどうしたの?」
「いや……、あの、んっ。 えっとその……加藤、くん。 それ……」
顔を真っ赤に染めた石井さんが、視線を逸らしながら……しかしたまにその対象へ視線を戻しながら控えめに指をさしてくる。
その先を目で追ってみるとあら不思議。 そこには生命の神秘がこれでもかというほどに自らを主張しているではないか。
「ちょ、うおああああああ!!! しまった、あまりにも癒されすぎて、全然気づかなかったあああああああ!!!」
オレは急いで体を反転させてうつ伏せに。
『早く静まってくれ』と何度も心の中で念仏のように唱える。
「癒し……え、それって私のことだったり……するの?」
石井さんが小声で何か言っているものの、そんなサイレントボイスは今のオレには通じず。
ていうか、もうすぐ検査の案内で看護師さんが来ちゃうのに、このままだと誤解されちまうじゃねえかあああああああ!!!!
オレは必死に別のことを……脳内がリセットできる何かがないかを考える。
しかしそれも最後は石井さんの言葉によって、徒労に終わることとなった。
「か、加藤くん。 ごめんね」
しばらく経ち、少しずつ鎮まりかけてきたと感じていた時に、石井さんが申し訳なさそうに小さく頭を下げてくる。
「え、なんで?」
「こういう時ってスッキリさせればいいってことは知識としては知ってるんだけど、私、やり方とか全然分からなくて……。 力になれなくてほんとごめん」
「ーー……っ!!」
この発言により生命の神秘は再覚醒。
やり方分かってたら、やってくれてたんかーーーーい!!!
オレがそれを想像したとほぼ同時。
消毒液の香りと石井さんの香り漂うこの空間に、時期の早い……金木犀の香りが追加された。
「ん、あれ、なんだろうこの香り」
「あああああ!! やっちまったああああああ!!!!」
急いでトイレに向かうべくベッドから飛び降りるオレ。 しかしまだ災難は続く。
それはオレが慌てて扉を開けて、部屋から出ようとした時だった。
「およ、加藤元気そうじゃん」
「良樹くん、おはよ」
「だははー! 今度は加藤が入院とか。 前回のお返しに来たったよー」
ぎゃあああああああああ!!! ヤンキー女子三人まで、なんでだああああああああ!!!!!
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