112 覚醒⑦
百十二話 覚醒⑦
いきなりやってきた高槻さんが愛ちゃんの頬を叩いたことにより、オレは思わず声を出し、メリッサは大きく口を開けたまま凝視。 あの普段温厚で慈愛の塊のような高槻さんがどうして……と思っていたのだが、それはすぐに分かることとなる。
「愛! 約束忘れたの!? いい子でいてねって約束したでしょう!!」
瞳に光のない愛ちゃんの顔に高槻さんが腰を落とし、視線を合わせながら顔を近づける。
「ーー……舞せんせー、いきなり何して」
「ママとの約束……あれは嘘だったの!?」
「え」
抑揚のない声。 しかしそこには確実に動揺の色が混じっている。
『ちょっ、どういうことだこれは! おいメリッサ、どうにかして高槻さんを止めてくれ!』
『あ、そうだよね驚きすぎて脳が止まってた!! 分かった、とりあえず快感で動きを……!』
メリッサが慌てて立ち上がったところで御白がそれを制止。 『しばし黙っていよ』と真剣な顔で頷く。
『で、でもネコちゃん! あの先生、いきなり愛ちゃんをビンタして……!』
『だ、だよな! それに「ママとの約束」ってどういう意味で……、はっ!!』
そういうこと……なのか!?
声に出してようやく思い出す。
その台詞、確か愛ちゃんが実の両親……桜井さん夫妻とお別れの時に交わしてたやつだ。
『も、もしかして……』
『ん? どうしたのヨッシー?』
目を凝らして見てみると、高槻さんの身体から若干はみ出している霊体を発見。 あれは他の霊に憑依されている状態だけど……ただ、低級霊たちのそれとは違って憑依し慣れていない、不完全なやつだ。
『なぁ御白、もしかして今高槻さんの身体に入ってるのって……』
『気づいたか』
御白は視線を愛ちゃんから逸らさずに小さく頷く。
あまり焦っていないところから見るに、やはり高槻さんに入っているのはその辺の低級霊とかではなく……
「愛! ママとした約束、覚えてないの!?」
「ママとした……約束」
「ママね、御白様から聞いてたの。 愛が良樹くんに憧れて……誰かの助けになりたくて幽霊を視えるようになる努力をしていたことを。 なのに今の愛は何? 愛が今からしようとしてることって、誰かの助けになることなの?」
やっぱりだ。 今高槻さんに憑依している霊は、紛れもない実の……愛ちゃんの母親だ。
どうして高槻さんに愛ちゃんの母が憑依しているのかは分からないのだが、愛ちゃんの母は高槻さんの身体・声を使って愛ちゃんに必死に語りかける。
「ねぇ、愛……!!」
「ーー……」
一瞬動揺したように見えたんだけどな。 実の母親の気持ちを乗せた声が愛ちゃんに向けられるも、残念ながら今の愛ちゃんは真・愛ちゃんではないため心にまで届いてはいない様子。 再び闇・愛ちゃんが完全に心を支配したのか、感情のない顔で高槻さんを見つめかえした。
「今はお兄ちゃんに話を聞きたいの。 退いてくれる?」
「愛、ママの話を……!」
「邪魔するなら、舞せんせーでも許さないよ?」
「ーー……っ!!」
闇・愛ちゃんは高槻さんの魂ごと破壊しようとしたのだろうが、その力は御白の眷属たちに封じられているため何もできず。
お母さんの愛で、もしかしたら上手くいくと思ったんだけどな。
それは御白も同じ考えだったようで、何も変わっていない闇・愛ちゃんを見て大きくため息。『大丈夫じゃ。 あとは妾に任せよ』と愛ちゃんの母に声をかけた。
「すみません御白様」
『良い。 妾も、もしかしたらあの力を消さずに済むと思ってしまったからのう。 愛娘自体には何も影響ないようにする故、安心して下がっておれ』
「よろしくお願いします」
愛ちゃん母に憑依されていた高槻さんが丁寧に御白に向けてお辞儀をする。
その後御白の邪魔にならないよう愛ちゃんから数歩下がり、オレの身体本体が眠っているベッドの手前に移動しようとしていたのだが……
大切な愛娘のことに気を取られすぎていたのだろう。 愛ちゃん母は、あろうことかオレの身体に繋がれていた一本のチューブに引っかかってしまい、その場でバランスを崩す。
「あっ!」
『ちょ!!』
高槻さんの身体はそのまま後ろへと傾いて眠っているオレの本体へ。
結果的にはすぐ後ろにベッドがあったため高槻さんの身体は軽い尻餅をつく程度で事なきを得たのだが、問題はその後。
条件反射で手を後ろについていて……ただ、その場所が悪かったんだ。
『うお!?!?!?』
いきなりオレの視界が真っ暗になったかと思うと、次に感じたのは下半身に走る強烈な痛み。
あまりの痛さにオレは思わず声を出しながら飛び起きた。
「いってええええええええええええええ!!!!!」
ーー……って、あれ?
「「ーー……」」
『『ーー……』』
突然の出来事に周囲の皆が目を大きく見開きながらオレを見つめてくる。
実際オレもかなり驚いているのだが、一応ここは一言、言っておくべきか。
「えっと……なんかオレ、生き返りましたやったー」
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