111 覚醒⑥
百十一話 覚醒⑥
「それでお兄ちゃん、お兄ちゃんを轢いた人の顔……どんなだった?」
愛ちゃんの、光のない目がオレの顔面ギリギリまで押し寄せてくる。
『いや、えっと……あの』
「お兄ちゃん」
『は、はいいいい!!』
こ、こええええええ!!!
普段まったく怖くない子がキレると怖いって言うけど、それって年下の女の子にも当てはまるのかよ。
正直オレを轢いたやつの顔なんて覚えていない。 でも、もしそう答えた場合、おそらく愛ちゃんは近くにいたらしき浮遊霊の言葉を信じてすぐに犯人の家へ……魂ごと破壊しかねないよな。
別に犯罪者やその家族がどうなろうがオレは知ったことじゃないし、実際オレはそいつによって死にかけてるんだ。 法の裁きなんて生ぬるいものよりも更なる絶望を与えたいのは山々だし、それが出来るならやってやりたいのだが……
「ーー……」
「ーー……お兄ちゃん?」
そうだな、復讐みたいなそれはオレ自身の手でやりたいのであって、他の人……特に大好きな愛ちゃんやマリアにやらせたいわけではない。
それに今の愛ちゃんはいつもの愛ちゃんに在らず。 だからこそ、こうして愛ちゃんの気をギリギリまでこっちに集中させたんだからな。
オレは視線を愛ちゃんの背後に向けるなり、大きく口を開いた。
『今だ……御白!!』
オレが声を出したと同時。 愛ちゃんの背後ギリギリにまで迫っていた御白が勢いよく飛び出し、愛ちゃんを取り囲むように大量の眷属を召喚する。
するとまるで金縛りにあったかのように愛ちゃんの身体がピタッと止まり、愛ちゃんは苦しそうに背後にいた御白を睨みつけた。
「みーちゃん、今は邪魔しな……い、で」
『どうだ? 動けぬじゃろう愛……と言っても今のお主は愛とは似て非なる者じゃったな。 大人しく愛の魂から離れよ。 さすればこちらもこれ以上の追撃はやめよう』
再び見えない何かが御白を襲うも、同じ手は二度も通じないということなのだろうか。 突然強風が吹き荒れたのだが御白には届いておらず、気づけば御白の足下には、黒い瘴気に満ちた犬のような白い獣が地面に横たわっていた。
『ほう、鬼だけかと思うておったが、まさか狛犬まで使役出来ておるとはな。 陰陽の力、完全解放しとるのう』
『こ、狛犬?』
『あぁ。 ほれ、神社によく二匹の門番がおるじゃろう? あやつらじゃよ』
『ーー……あれ実在してたのか。 普段姿見せないからただの石像だと思ってたぞ』
『まぁな。 彼らの職はあくまで門番。 そこの神に危機が迫った時にしか姿を現さぬ』
『な、なるほど』
御白は狛犬を見下ろし、『挑む相手を見誤ったのう』とニヤリと口角をあげる。
狛犬も最初こそ御白の隙をついて噛み殺そうと威嚇していたのだが、自身に降りかかる力の圧で勝てないことを察したのだろうな。 御白を見上げたまま体勢を整えると、弱々しく鳴いてその場で平伏した。
『ふむふむ。 さすがは犬……どちらが上がすぐに理解したようじゃの。 ではお主はそのままそこでジッとしておれ。 後で妾が直々に元の場所へ還してやるゆえ』
戦闘意志のなくなった狛犬を側に置き、御白は再び視線を愛ちゃんの方へ。『さてと、ではそこの犬以外は降伏の意思がないものと見なすぞ』と手をかざす。
『なぁ御白、大丈夫なのか? 進藤さんの時は無理矢理剥がしたら危険だって……』
『それは問題ない。 愛は別にそれに頼って生きてはいなかったし、そもそも魂が侵食されたのはつい先程じゃ』
『そうか。 じゃあ愛ちゃんを頼む、御白』
『あぁ。 せっかく覚醒した力を消すのは少々勿体無いがな』
御白が一歩距離を詰めると、自らの危機を察した別人格の愛ちゃん……闇・愛ちゃんが必死に身体を動かそうと試みる。
しかし周囲を取り囲む眷属の力によってそれは許されず、御白の指先が優しく愛ちゃんの胸部に触れた。
「み、みーちゃ……ん」
『黙れ。 愛の声でその名を呼ぶな。 あと鬼を出そうとしても無駄じゃぞ? その力ごと妾の眷属が封じておるからの』
続けて御白は『では消えよ』と締めの一言を呟き、触れていた指先に力を込めようとしていたのだが……
『ーー……ん、なんじゃ』
御白の狐耳がピクっと反応したかと思うと、それとほぼ同じタイミングで病室の扉が勢いよく開かれる。
視線を向けると、そこには走ってここまで来たのか息を切らした高槻さんの姿。 高槻さんは大股で愛ちゃんの目の前まで近づいてくるなり、何も声を発しないままその頬を強く叩いた。
ーー……え?
『ええええええええええええええええ!?!?!?!?』
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