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100 特別編・ゆりか 動き出した時間


 百話  特別編・ゆりか 動き出した時間



 一晩中、加藤家で姉と久しぶりの時を過ごしたゆりか。

 翌朝に目が覚め、改めて良樹にお礼を伝えようとするも、食中毒は治ったと聞いていたのだが……



「あいた……!! いたたたたた!!!」



 目の前には、苦悶の表情を浮かべながらお腹を抑えて床で転げ回っている良樹の姿。



「えっと……加藤、大丈夫?」


「ぐぐぐっ……食欲が戻ったから暴食したら、胃がびっくりしてオワタ!」



 良樹の奥では心配そうに見つめている愛と、「じごーじとく」と冷たい言葉を投げかけ見下ろしているマリア。



 これは……お礼は別日にした方がいいのかな。 

 今は邪魔にならないよう、速やかに帰った方が彼の為なのかもしれない。



「じゃ、じゃあ加藤、私帰るけど……一応前に処方されてた整腸剤置いといたから、落ち着いたら飲んでね」


「ぐぁ、ありがとう……!」


「それと……これ、ありがと」



 ゆりかは名残惜しそうに、しわくちゃになってしまった紙……良樹の力が込められたお札を良樹に差し出す。



「あ、そのお札……」


「加藤のおかげでお姉ちゃんとまた話すことが出来た。 ほんとにありがと」



 ゆりかは最後に隣に浮かんでいた姉の姿を目に焼き付けると、「汚くしてごめんね」とお札を良樹の手に握らせる。

 しかしどうだろう、次に良樹の口から発せられた言葉に、ゆりかは自身の耳を疑った。



「いや、別にこれ返さなくても……ていうか、どっちかといえば、整腸剤と水を持ってきてくれた方が助かるかな、ぐぐぐ」


「え」


「それにそれ一枚でも結構な期間視れたり話せると思うけど、不安だったらまだ予備めちゃくちゃあるから、それも持って帰ってもらっても……!」



 そう言うと良樹は視線をゆりかから愛へ。

 愛は満面の笑みで頷くと、かわいい足音を立てながら高槻舞の眠っている元・良樹の部屋へ。 しばらくして、同じお札が大量に詰め込まれた紙袋を持ってリビングへと戻ってきた。



「はい、ゆりかちゃん!」


「え、こ、こんなに? いいの加藤」



 驚きながら尋ねると、良樹は苦しそうな表情ながらに小さく頷く。



「いいよ……多分一生視れるのに充分すぎる量はあると思うから。 あ、でもそれ教えるの、家族までにしといてね」


「ーー……家族に、言っていいの?」


「もちろん。 それですみれさんを入れた四人で話し合えば……って、いたたたた!!! とりあえず今は整腸剤を、いたたたた!!!」


「あ、あああ、ごめん! 水と薬、ちょっと待っててね!」



 ゆりかはすぐにそれらを手渡し、大量にお札の詰まった紙袋を手に下げて加藤家を出た。



 ◆◇

 


 心が軽い……、それに近くにはお姉ちゃんもいる。

 なんて幸せな時間なんだ。



 朝の空気を肺一杯に吸い込みながら歩いていると、隣から姉のすみれが『あ、そうだゆりかちゃん?』と顔を覗き込んでくる。



「なに?」


『楓ちゃんたちと喧嘩してたんでしょ? すぐに謝るんだよー』


「うん。 てかもうメール送ったよ」


『そっか』


「今日まで学校休むけど、夕方から一緒に買い物行く約束もした」


『じゃあ仲直りできたってことでいいの?』


「うん。 まぁ仲直りって言うよりも、ゆりが一歩的に怒っちゃってただけなんけどね」



 第三者から見たら、一人で楽しそうに話していて、変な人に見られているのだろう。

 しかしそんなこと関係ない。 ゆりかは周囲の目をまったく気にすることなく家へと帰宅。 既に出発してしまっていたのか父と美咲は家におらず、母がどこか安心した様子でリビングから出迎えにきてくれた。



「おかえりなさい、ゆりかちゃん」


「ただいま」


「思ったより早かったね」


「うん。 お母さん、あのね……」



 ゆりかは母の目の前で深々と頭を下げる。

 そして今までの舐め切った態度や迷惑をかけてきたこと……その全てを全身全霊を持って謝った。



「ゆ、ゆりかちゃん!? どうしたの!?」


「どうしたとかじゃない……ほんとに今まで、気を遣わせたり舐めた態度をとってごめんなさい……! ゆり、今日からちゃんとするから!」


「ーー……! え、今ゆりかちゃん、自分のこと……」



 謝罪後、ゆりかは母に他言無用であることを約束した上で、昨日何があったのかを説明する。

 


「実はね、ゆり、お姉ちゃんと話して、それでお姉ちゃんが……」


「え、ゆりかちゃん何言って……、しばらく学校、休む?」



 母がそう心配するのも仕方がない。

 こんな時は、百聞は一見にしかず……だ。



「お母さん、これ持ってみて」



 ゆりかは手に下げていた紙袋からお札を取り出して母へ差し出す。

 そしてもちろんそれを受け取った母は最初のゆりかと同様、信じられないような表情で目の前に浮かんでいたすみれを見上げ、その衝撃から腰を抜かしてしまう。



「え、え……すみれ?」


『ふふ、久しぶりお母さん!! 私のこと視える?』


「う、うん視える……でも、え、なんで?」


「だからそれは加藤……友達が」



 数年ぶりの愛娘の姿を見て、母はボロボロと涙をこぼし始める。

 


『ほらお母さん、泣かないでー』


「うふふ、うふふふ……信じられないけど、夢じゃないのよね」



 こんなに嬉しそうな母の顔を見るのはいつ以来だろうか。

 ゆりかはポケットからスマートフォンを取り出すと、今まで着信・受信ともに拒否設定をしていた父へと電話。 今日だけ早く帰って来れないか、お願いしてみることにした。



『え、ゆり……か? 一体どうした……何があった?』



 スピーカーから、父の困惑した声が聞こえてくる。

 父は私のこと、拒否設定してなかったんだ。 そのことに胸を撫で下ろしつつも、ゆりかは早速本題に入った。



「お父さん、今まで可愛くない娘でごめんなさい。 それでゆり、お父さんに……」


『ゆ、ゆりか!? 今どこだ……どこにいる!?』


「えっと……家、だけど」


『ちょ、ちょっと待ってろ!! 今日はまだ出社したばかりだけど……すぐ帰るから!!』


「え」



 まだ用件も伝えていなかったのだが、どうしたことかあれから三十分ほどで父が汗を大量に流しながら帰宅。

 ゆりかの姿を確認するなり、「ゆりかあああ!!!」と強く抱きしめてくる。



「!?」



 いきなりのことで戸惑っていたゆりかだったのだが、続けて父から発せられた言葉は「俺が悪かった!!」だった。



「え」


「一昨日は本当に酷いことを言ってしまって……でも、もちろん本心ではない!! だから自分で命を絶つような真似はやめてくれ!!! どんなゆりかでも俺にとって、大切な娘に変わりはないんだ!!!」



 え、なに? 自ら命を絶つ?



 私が?



「ーー……お、お父さん? 何言ってるの? ゆり、別に自らそんなことしようだなんて」



「ファ?」

「え?」



 お互いに意思疎通できていなかった二人。 それを間近で見ていた母が声を上げて笑い始める。

 父は何が何だか全く理解していなかったのだが、ゆりかが先ほどと同様に説明してお札を持たせると、父は男らしからぬ裏返った声を出しながら、その場で倒れ込んだ。



「す、すすすすみれぇー!?」


『お父さんも久しぶり。 お母さんと同じ反応で笑っちゃった』


「な、ななななんでぇ!?」



 その日から、ようやく進藤家での家族の時間が再び動き始める。 

 父も母も、もちろんゆりかも、長女・すみれを含めた四人で話せるこの状況を、心の底から楽しんだのだった。



 ◆◇



 夜、ゆりかは一緒に寝ると聞かない美咲にも、感謝の言葉を伝える。



「えー、ゆりかちゃん、どーして?」


「お母さんから聞いたんだって。 美咲、ゆり……じゃなかった、私のためにお父さんにキックしてくれたんしょ?」



 そう確認をとってみると、美咲は照れたように笑う。

 理由は、目標としているゆりかを泣かせた父がどうしても許せなくなって……とのことだった。



「美咲はまだ小二なのに、強いねー」


「そう!? みしゃ、強い!?」



 美咲が目を光らせながらベッドの上で立ち上がる。



「んー、強い強い。 美咲が私と同じくらい……高校生になったら、どんな子になってんだろーね」


「そんなの決まってるしー!! みしゃ、ゆりかちゃんみたいなギャルになるんだし!」


「ほんとブレないね。 そんなに憧れてんだ、ギャル」


「もちろんだよー! ていうよりもみしゃ、ゆりかちゃんみたいになりたい! 金髪かっこいいし、クールなところもかっこいい!!」



 美咲はその小さな体をいっぱい使い、ゆりかの腕にしがみつく。



「私みたいに?」


「そー!!」


「ーー……」

 


 自分に憧れてくれるのは嬉しい。 でも、自分のような人生を、美咲には進んでほしくないものだ。



「あのさ、美咲」


「ん?」



 ゆりかは美咲の頭を撫でながら、ギャルになったとしても絶対守って欲しいこと、気をつけて欲しい点を美咲に伝える。

 美咲は最初こそポカンとゆりかを眺めていたのだが、最終的には理解してくれたのか、元気よく頷いたのだった。



「あのね美咲、ギャルは確かに金髪とかでかっこいいかもしれない。 けど、それでクールはやめた方がいいかもなー」


「なんでー?」


「派手な見た目は、みんなが怖がるからね。 だから美咲には、仮に金髪にしたとしても、その明るい性格のままでいてほしいんだよね」


「そーなの?」


「そ。 それで、美咲は心が強い。 その心の強さで、今後もし美咲の力が必要な……根が暗い私みたいな人と出会ったなら、自分に無理のない範囲でいいから、その子やその周囲を盛り上げて、明るくしてあげてほしいかな」


「明るく……うん? そーしたら、みしゃ、かっこいい?」


「うん。 私なんかより、めっちゃかっこいい。 そんで、友達……ていうか、親友を大切にね」


「分かった!! みしゃ、明るいギャルになる!!」



 本当に美咲は優しくて明るい……それでいて、何より素直だ。

 美咲の将来親友になり得る友達は、一体どんな子なのだろう。 



 願わくば、美咲を必要として、逆に美咲も刺激をもらえるような人と出会えますように。

 さらに叶うなら、加藤良樹のような……普段は暗くて頼りないけど、ここぞという時にはさりげなくサポートしてくれるような、ちょっと抜けてる人とも出会えますように。



 そう心で願ったタイミング。

 夜空に二つの星が流れたことを、ゆりかはもちろん知らない。

 


お読みいただきましてありがとうございます!!


気づけばもう百話……早い。


励みになりますので評価や感想・ブクマ・レビュー、いいね等、お待ちしております!!!

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