プロローグ
第1部分 プロローグ
俺の名前は田咲 満大学生、
奨学金を借り、バイトしてなんとか暮らせている大学生だ。しかも、病気の母もかかえている。今日はバイトも休みなので趣味のジャンク漁りをする。趣味とはいえ、お金を稼ぐ目的でもある。
ジャンク漁りとはリサイクルショップを回りジャンク品をDIGる(漁る)ことである。
目利きをして購入するジャンク品は、修理やクリーニングをしてから転売して利益が出る見込みのある物だ。
知識を生かし、プレミアの付いているゲームカセット、ゲームカード、電子機器などを探す。今日の収穫は人気レトロゲーのゲームカセット2000円だ。
まあ、このカセット1本でも、すでに入手し保管しているオリジナルの元箱・説明書と合わせてオークションで売れば、3万円くらいでは売れるはずだ。
帰宅する前に近所のコンビニで夕飯を買う、弁当を選んでいると、誰かに見られている気がした。
入り口にいたスーツ姿のサラリーマンかな?
ササッと選んで買って帰ることにした。
「すいません、タサキさんですか?」
予感した通り、コンビニの外で呼び止められた。
変な宗教かな?めんどくさいやつかも。俺は神なんか信じてないんだって。
「私、こういうものです、怪しい者ではございません」
素早く名刺を渡してきた、本物かどうかはわからないが、上質な紙と印刷であることは間違いない。誰もが知っている超一流の世界的ハイテク企業の名前がそこにあった。
「ああハイ、僕になにか御用でしょうか?」
何だろう?、俺、この会社になにか悪いことしたっけか。
ゲームでチートしたことがばれたか?、それとも無線LANのハックか?バババーと頭に浮かんで消えた。おれ、たいして悪いことしてないけどな。
「お仕事のことです。ここで今すぐと言うわけにもいきませんので、連絡を取りたいのですが、連絡先をお教えねがいます。後日、私どもの本社で打ち合わせを、させていただければと考えております」
なるほど、
こりゃ、俺が今あんたを信用していないことが顔に出ちゃったな。少し反省。
ふーん、仕事ねえ、だいぶ前に短期間働いたプログラミングやテストデータ作成のオイシイ・アルバイトを思い出した。
技術系のアルバイトは時給が数倍だ。本社で打ち合わせかあ。
自分には全く縁のないと思っていた都心一等地の超巨大ビルを思い浮かべた。
「じゃ、これでお願いします」
スマホにQRコードを表示させる。
スーツを着たビジネスマンは手慣れた感じで、カメラで読み取った。
「それでは、後ほどご連絡します」
と言うと、颯爽と立ち去り、コンビニの駐車場に止めた紺色の高級車の後部座席に乗り込んだ。すぐに車が発進した。
帰宅の道を急ぐ、数分しないうちにメールが届いた。
仕事早え~、さすが一流のビジネスマンだ。すぐに送信元のメールアドレスを確認した。間違いなくあの大企業だ、しかも本社のドメインからのメールで間違いない。
関連会社でも、下請けでもねえ本社社員からのメールである。
ごちゃごちゃとビジネスメール特有の挨拶文が書かれていたが、内容は少なく、
”1月8日朝10時、本社受付で名刺を見せてください。案内されます。”
とのこと、本社の住所、あのビジネスマンの名刺にあった連絡先も書かれていた。
1月8日はバイトの休みだ、知ってたのか?
そんなはずないか。
せっかくのオイシイ・バイトを逃がさないように、死んだ親父のスーツ着てビシッと清潔にして行くことにするか。
そう言えば、親父も言っていた、
「目の前を黙って通過しようとするチャンスを見逃すな、そいつを捕まえれば人生が変わるぜ」
と、なかなか良いアドバイスだ。見逃し三振だけを永遠に繰り返して人生を終えたくないぜ。
打ち合わせの当日、早起きしてヒゲを綺麗に剃り、髪型を整える。前日にアイロンをかけたスーツに着替え、磨いた革靴を履いて家を出ようとすると、母に呼び止められた。
「怪しいアルバイトには手を出さないでね。詐欺に協力させられて逮捕されちゃう子たちも多いんだから」
と言ってきた。
俺はポケットに入った名刺を見せながら。少し自慢げに
「超大企業の本社でバイトだよ。母さん、間違いないから安心して」
と言うと、
「技術的なバイトかい?それは良いね、バイトでコネができれば就職できるかもしれないから頑張りなさい、言葉遣いや態度には注意するんだよ」
「分かってるよ母さん」
まあ、俺の大学じゃこの会社はまず無理だ。
「じゃ行ってくるよ」
と言いながら玄関を閉める。後ろでカチッと鍵を閉める音が聞こえた。
本社の受付ではどうやら俺を待ち構えていたみたいだ。
「あの、こちらの方と打ち合わせのお約束があって本日伺ったのですが」
と言うと
「はい、タサキ様ですね。こちらです」
と言いながら立ち上がった。
”はい?エレベータでX階です”とかじゃないんだ、なんか特別な感じがした。
待つことなくエレベータに乗ると、最上階に近いフロアのボタンが押された、気まずい沈黙があるねエレベータって。受付のお姉さんはとても美人で巨乳だ。
と思っていると、エレベータがゆっくりと静かに停止した。
耳の内側に気圧差を感じるほどの高さまで登ったようだ。
もしかしてここ?というような立派なドアの前まで案内された。
「こちらでお待ちです」
と言うと、受付の女性はエレベータに戻った。
ノックだよな普通、と思いながら。ノックしながら
「失礼します、タサキです」
と入ると、3人のビジネスマンが馬鹿デカい会議室の中で立っていた。
俺いま、ヤベーことに足突っ込みかけてるのかもしれない。
と思いながら腰が引けたことを感じた。1人は先日のビジネスマンで、のこり2人のうち1人はヤバいやつだ。俺はこの顔をビジネス誌の写真で見たことがある。
こいつはこの会社の社長だぜ。
「初めまして、タサキくん。私は社長のソネギシです。よろしくお願いします。」
うわー変に腰低い、この会社を立ち上げて一代でここまで築き上げた一流の社長だ。
そして、
「こちらは顧問弁護士の野口くんで、その隣は秘書の鬼龍院くんだ、よろしく頼む」
2人を紹介した。
弁護士が話はじめる。
「まず、これからお話しする内容についての守秘義務についてですが」
ああ、この話からね、技術系のバイトでよくある、著作権・特許や守秘義務の話だ、
「守秘義務は守ります、必要であれば事前に必要な書類にサインしますよ」
と言うと、
「ああ、話が早くて助かるよ、この書類のここと、これね」
と笑いながら書類を出して、記入する場所に指をさした。内容を確認するとまあ形式的な内容である。
ひととおり読んでからサインする。弁護士は署名を確認すると、
「ではたしかに、では社長、私はこれで失礼します」と言うと立ち上がり頭を軽く下げると、書類を持って会議室から出て行った。
「では本題に入るとしよう。まずこれを見てくれ」
会議室の壁がディスプレイになっている。
そこには俺がいて、手に四角い箱を持って立っている。その両隣には社長と鬼龍院さんだ。
「この四角い箱は今から約3000年前ぐらいの地層から発見された、当社が作成したタイムカプセル”パンドラボックス”と言う物の中に保存されていた画像データです」
動画を指さしながら話した。
そしてさらに、
「続いてこの動画を見てください、この動画データもそれから読みだした物です。」
そこには俺が大昔の服を着て、リュックを背負い、アルミ製のキャリアを手にしながら大きな円形の装置に入る動画であった。
まったく見覚えや体験していないことである。
そして、その動画の中の俺は、筋肉がついてガッシリしており、髪が短めになっていた。
なんとなくだが、動画が合成・捏造されたものではないことが分かった。
記録されていた動画の中の俺は鏡に映った時の僕の動きそのものであったし、足の動かし方なんかに違和感が全く感じられなかったのだ。
「本物に見えます、と言うか。なんなんです。これ?」
と俺が言うと、
「SF映画のタイムスリップというのはご存じだろう、それが現実にあるのだよ。当社にはすでに技術を持っている。そしてタサキくん、君は近い将来、そのタイムマシンに乗るべきなのだ、さっきの動画の通りにな」
えーっと、
「じゃ、なんで僕なんでしょうか?、他の人ではだめなのでしょうか?」
思わず疑問をぶつけてみた。
「正直に言うと、なぜタサキくんなのか?と言うことは私達もわかっていないのだ。ただ、結果から考えると、タサキくんがパンドラボックスを持ってタイムマシンで3000年前の過去に行き、とある遺跡の近くにパンドラボックスを埋め、そのパンドラボックスが3000年の時を経過し再び私達の手に戻って来ている。つまり成功していると言う現実がある。合理的に考えると、タサキくんが参加することでこのプロジェクトが成功すると推測できる。」
うーん、なんとなく分かったような気がしてきた。さらに疑問をぶつけてみる。
「それで、このプロジェクトによる御社のメリットは何があるのでしょうか?」
社長がなにか話そうしたところ、秘書の鬼龍院さんが手を挙げて止めた。
「社長、ここからは私から説明します」
と言いながら鬼龍院さんが立ち上がると、会議室のテーブルの上にあったジュラルミンのケースをあけてなにかを取り出した。
「ここには2つのパンドラボックスがあります。当社では試作品以外パンドラボックスは1つしか作ってないにもかかわらず2つあります。これは矛盾しています。」
まあ、たしかに、地球上にある原子の量は変わらないみたいな話だった気がする。
「それでさらに、この矛盾はタサキさんが、この新しい方のパンドラボックスを過去に持ち込むことで解消します。
そして、このパンドラボックスのデータ容量ですが1000Tバイトです。ここからは、あくまでたとえの話ですが、仮にこの中に現時点の特許情報やハイテク技術、軍事技術を保存して、50年前のこちらの社長に渡せるとしたら?どう思いますか、少し想像して見てください」
うひょーこれはとんでもない利益だ、ゲームで言うところのチート(ズル)だ、他人が発明した物、作りだした物、その権利や利益、それらのすべて手に入れることができる。
「なるほど、御社の利益については理解しました。それで、私にはどんなメリットがあるのでしょうか?」
プロジェクトの目的は分かったが、危険度がハンパじゃねー最悪おれ死ぬんじゃねーのかよ。
「ごもっとです。そこで弊社からタサキさんには前払いでこちらのお礼を差し上げる準備があります。」と言いながら、秘書の鬼龍院さんがディスプレイに”お礼”の一覧を表示した。
そこには、今、俺が欲しいと思うものすべてが箇条書きで書かれていた。給料として前払い支払われる金額は俺が一生働いても稼げない金額だ、母の病気の治療、大学の学費、住居や、将来の保証まで細かく記載されている。
事前に俺が何に困っているのか、心配なことは何かを徹底的に調査済みってわけね。
と思ったが、企業としては至極当然であり合理的なことだとも理解する。
落ち着け俺、と思いながら。
「少し、考えさせてください。1週間ください、それまでに答えを出します。」
と言うと、
「もちろん、これは契約です。タサキさんの命に関わることであるわけだし、じっくり考えて答えを出してほしい。守秘義務により詳細はタサキさんのお母さんには伝えてはいけませんが、遠方に行くなどにボヤかして説明はしてもらって問題ないです」
鬼龍院さんがまっすぐ俺の目を見つめながら言ってきた。
嘘ではないよな、でも即答はできない。
まだ不明なことがあった、
「追加で質問です。タイムトラベルして指定の場所にパンドラボックスを埋めた。と言うことであれば、タイムトラベル後に俺が生きていたことになります。その後、現在への帰りはどうするんですが、片道切符では困ります」
当然、帰りの道が気になるよな。
次は、社長が答えてきた。
「もちろん、帰りの手段はタサキくんの為に確保している、”転送ビーコン”を持たせて過去の時間と空間情報を取得し、こちらから帰りの転送ができる見込みだ」
宇宙船のSFドラマでも見たことあるやつね。”転送”とか言うやつ、あれか。
なるほど、ですよね。考えてますよね。でも”見込みだ”と言ったところが気になる。
自宅への帰り道、色んな思いや悲しい現実、夢に描いた妄想なんかが頭ん中をかけめぐった、そして俺の心ん中をかき回し続けた。
そう言えば、今までの俺は、
勉強すべき時に十分勉強をしていなかった。
好きな女の子と友達になれたのに、告白をする勇気もなかった。
本当はやりたかった部活やクラブ活動もあった、でも何一つやらなかった。
道端で困っている人を見ても、当たり前のように無視してきた。
俺は色んなチャンスに気づきながら、見逃してきたヘタレだ。
振り返ると”見逃しの三振”ばっかしだ。
そしてもう俺は大人、もう19歳になっている。来月で20歳だ。
再来年は就職活動をしている年齢になっちまう。
”見逃しの三振”を繰り返し、若者らしい青春なんて一度も経験せず、モヤモヤしながら9回裏ぐらいまで来てしまったバカ野郎かもしれん。
そして今、逆転満塁ホームランのチャンス到来だ。バッターボックスに入る権利は俺だけが持っている。
「親父、これはチャンスかもな」と死んだ親父に言ってみた。