02.不思議なダンジョン
「アレックス、大丈夫?」
私は、その場にしゃがみこんでいるアレックスに合わせて膝を曲げ顔色を伺う。
「大丈夫だよ、姉上」
長いまつげを小さく揺らしてから瞳を合わせた。心配を掛けないように微笑んでいるがその表情は辛さを隠せていない。
「少しだけ放出させておこうか」
そう言ってアレックスの両手を取ると、今度は私が静かに瞼を下ろし集中する。
自分の右手から魔力を出し、左手からアレックスの魔力を吸い上げるように流れを作る。
流れ出したら、右手の魔力を止めて、少しして左手から吸い上げることをやめる。そうすることで、アレックスの中の魔力を少しもらい受ける。
一般的な魔力不放出症の対処法だ。
魔力の性質が似ていれば似ているほどお互いに負担無く行うことが出来る。
他人より家族、家族より兄弟。血が近い程、魔力の性質も似通うと言われていて、現にアレックスと私はほとんど負担無く魔力を流す事が出来る。
「凄く楽になったよ、ありがとう姉上」
「どういたしまして」
良くなった顔色を見てほっとする。
ころん、ゆっくりと左手にある玉を回す。透明にキラキラとしたゴールドの粉が入った、まん丸でつるんとした小さな玉。
アレックスの魔力の結晶。こうして意識的に魔力を放出すると結晶化する。
いつものように何ともないようにポケットにしまって、アレックスに向き合いチラッと舌を出す。
「急に走ってマリアとルーカスには叱られちゃうわね。」
そう、叱られるようなことをしたのだ。飛び込んで来た道は綺麗に無くなっている。
「姉上、やっぱり」
「ええ、この景色、道が閉じたこと。間違いないわ、ここが【千樹の雫】があるというダンジョン【光の庭】」
隣のアレックスが息を飲んだ。
私も緊張している。
魔力不放出症を唯一治せる手段として有名なのが【千樹の雫】その在処として噂されているのが、この【光の庭】だ。
それは偶然だった。
アレックスと侍女のマリア、護衛のルーカスと共にちょっとしたピクニックに来ていたのだ。
そこに、神出鬼没な光の庭への入り口と言われている光のサークルが現れ、考える間も無く飛び込んでいた。
ちょうど引いていたアレックスの手をそのままに。
道が閉まる中、チラッと振り向けばピクニックの荷物を降ろしていたマリアと、馬を木に預けていたルーカスの驚いた表情が見えた。
ごめんなさい。
危険と分かっていても、私はどうしてもこのチャンスを逃したく無かった。
アレックスの魔力をもらい受けるのは私にとって全く苦ではない。
いつまでも、側に居て魔力を流してあげられたら良いのだけれど、私も来年12歳。魔力を持つ者の義務として王都の魔法学校へ行かなくてはならない。
家にはお父様もお母様もいる。
お二人がアレックスの魔力を流すのは可能だけれど、やはり負担がかかり、負担がかかると魔力酔いするのだ。双方にとってあまり頻繁にやりたいないものなのだ。
だから、今年のうちに何とかしなければ。
ずっと願っていたチャンスが目の前に現れたのだから。
「行こっか、アレックス」
「うん」
うすぼんやりとした中、色とりどりの光の玉が浮かぶその道を再び手を強く握って歩き出した。