スラップスティックトルーパーズ(短編版)
かくして私は戦いに勝って、彼氏にフラれた。
彼氏というのは足元に転がる鉄屑の主のことだ。
これはぜひ勘違いしないで欲しいのだが、まさか殺しちゃいないから。
ここは仮想空間。ここはゲーム。
私たちはメカアクションシューティングゲーム『エイジオブタイタン』の対戦モードをプレイし、今まさに私が彼氏をフルボッコに処したところなのである。
おかげで彼は絶賛逆ギレ100%で、ついでに一方的な別れを告げて仮想空間から消えやがった。
勝利とは斯くも空しいものなのか。いや断じて違う。
そもそもこのゲームを始めたきっかけは彼が私を誘ったことにある。
恋人をメカアクションゲーに誘うというのだから色気もへったくれもありゃしないけど、一緒にゲームをするのは楽しそうだと思ったから参加した。
最初はもちろん彼のほうが上手くて、そりゃあ丁寧に教えてくれたものだ。
メカアクションであるからしてプレイヤーは『タイタニックフィギュア』なる巨大ロボットに乗って戦うのだけど。
彼が自分の機体を見せびらかして得意げになっていたことは今でも良く覚えている。
そんな彼にとって誤算だったのは、私が付き合いを超えてAoTにハマってしまったことだろう。
昔から熱中すると止まらない性質なのである。それにほら、銃火器をぶっ放すのって楽しいじゃん?
てなわけでガンガンいっちゃった結果、気づけば私は彼よりも強くなっていた。
最初は彼のサポートから、そのうちに隣で一緒に戦いはじめて、やがて彼を置いて前に出た。
実際そのほうが勝率も良かったしね。
立ち位置は変わったけど、今度は彼がサポートしてくれると思っていた。
――私だけがそう思っていた。
でしゃばるな。彼が怒り出した時、私は何を言われているのか良くわからなかった。
他にもあれこれと言っていたけど、つまるところ私のほうが強くなったのがお気に召さなかったらしい。
「だったらちゃんと腕を磨けば良いのに」
結果的にその言葉が宣戦布告になってしまったけれど後悔はしていない。
それからは売り言葉に買い言葉。ついにサシの戦いで決着することになって――。
冒頭に戻る。
空しい。
それから一日たった今、私は襲い来る空しさを噛み締める作業に忙しい。
この際、元彼のことはどうでもいい。奴との思い出は秒単位で記憶から削除中だ。
悩みの種なのが私の手元に残ったゲーム、AoTだった。
まだ私の中には熱がある。何なら今だって気分転換にサバイバルモードで暴れるのも良いかな、なんて思うのだけれど。
問題は、ここには元彼――もといあの鉄屑野郎がいるだろうことだ。
さすがに昨日の今日で顔を合わせたくなんかない。
遊びたいけど遊べない。なんとも言いがたいジレンマが私の足を止めて、よりいっそう気が滅入ってしまう。
でも、転機はすぐ近くまで来ていた。
「エイジオブタイタン……2!?」
続編である『エイジオブタイタン2』が発売されたのである。
前作から対戦要素を受け継ぎつつ、最新の創世関数を導入。
舞台となる惑星、丸々ひとつを再現したなどというとんでもない意欲作である。
戦るしかない。でも鉄屑野郎とは顔を合わせたくない。
だったら、取るべき道はひとつだった。
――仮想現実接続器を起動して没入する。
暗闇を抜けると仮想空間であった。それも殺風景なコンクリ打ちの部屋。
「ようこそ傭兵支援組織『ビーハイブ』へ。我々はあなたの参加を歓迎いたします」
慣れたもので、適当な椅子へと腰かける。机を挟んだ向こうにはいかにも職員ですと言った風貌の男性がいて、にこやかに話しかけてきた。
「それではご説明いたします。あなたには傭兵として様々な依頼に対応していただくわけですが……」
私が黙っている間も、職員は手元の端末で何かを確かめていて。ふと片隅に目を止めた。
「ふむ。あなたには既に戦いの経験がおありのようだ」
ぽん、と気の抜ける効果音とともにウインドウが浮かび上がる。
『前作のプレイヤーはアカウントの一部資産を引き継ぐことができます。引継ぎを行いますか?』
なるほど、普通なら当然『はい』を選ぶところだろう。でも私は決めていたのだ。
「新しい人生を、作ります」
前作の資産はもったいない気もするけれど、腕前は失われない。
これからは私が、私のためにゲームを楽しむ番だ。