一
「ばーーーか!!!女のくせに怪力過ぎなんだよ!」
「うるさい!ちび!あんたが男のくせに弱っちいのよ!」
何の変哲もない道路で、小さな体に大きなランドセルを背負っていがみ合う小学生の女の子と男の子。
その姿を見て思わず笑が零れる。
自分がもう少し子供だった頃、ちょうど目の前で展開されているような会話を、よく同じクラスの男の子達と交わしていた。
今では薄れつつある思い出。
それでも、忘れたくなくて、大切に閉まっておきたい宝物。
ねぇ、今君は何処で何をしていますか?私のことはもう思い出せない?
私はずっと覚えてるよ。
今でも後悔してる、あの日あんなことを言ってしまったことを。
肩からずり落ちそうになるリュックのひもをかけ直してから空を見上げる。視界いっぱいに雲ひとつない赤い空が広がる。その景色はとても美しいのに、何故か涙が頬を伝った。
「……やっぱり、会いたいよ…晃雅くん」
私の短い人生に、目立った出来事はない。
県立A高等学校1年、遠野雪乃。
会社員の父と専業主婦の母の間に生まれ、2つ違いの弟がいる。
それが私。
幼い頃から人見知りは激しい方で、仲のいい相手にはうるさいぐらいはしゃぐが、初対面の人や苦手な相手にはとことん関わりたくないと思う小心者。真面目が取り柄で、融通のきかない性格だとよく言われる。
クラスでは目立ちもしない、真面目な人。
それが私。
晃雅くんと出会ったのは小学生の頃だった。
私たちが通っていた小学校は集団下校というものを行っていたのだが、私の住む地区は住んでいる子供が少なく、いつだって私は最後は1人で家に帰った。
『最近、怪しい人がいるらしいから、1人でおうちに帰らないように!お友達と帰りましょう』
そう、担任は言った。
だが、そうもいかない。何せ、そこまで一緒に帰る人間がいないから。
その日も私は1人で歩いていた。
でも、先生があんなことを言ったせいで、何度も何度も後ろを振り返っては、知らない人がいないか確認していた。
そんなビビりな子供だったから、あの日晃雅くんに初めて声をかけられた時は物凄い悲鳴をあげてしまった。
『なぁ!お前、1人で帰ったら危ないんだぞ!』
『ふっ!?きゃああああああああああああぁぁぁ!!!』
なんて、色々あって晃雅くんとは仲良くなった。
因みに、晃雅くんは隣の町内に住んでいた。
私の住んでいた地区とは違って、隣の町内は子供が沢山いた。そこには、晃雅くんと出会う前から仲良くしていた雄大くんも住んでいた。
『雄大くん、今日放課後一緒に宿題やろう?』
そんな会話をしていると必ず、
『俺もまぜろよー!』
と晃雅くんはどこからともなく現れた。
活発で明るい性格の二人で、クラスの人気者でもある二人は、私なんかと遊ばなくても引く手あまただったのだが、決まって放課後は私と宿題をしてくれた。
弟しかいない私にとって二人は友達であり、頼り甲斐のある兄のようでもあった。
小学校の高学年にもなる頃には、二人と宿題をすることも減っていた。代わりにそれぞれ仲良くなった女の子や男の子と遊ぶことが増えた。
だが、なんだかんだで仲は良いままだった。
『ねぇねぇ、雪乃ちゃんって雄大くんか晃雅くんのこと好きでしょ〜』
なんて、からかわれることも少なくなかった。
はっきりいって、そんな気持ちはなかった。思春期の子供特有の、仲がいい相手には好意を抱いてるという勘違いは迷惑だった。
私たちはただ単純に友人だったから。
でも、そう思っていたのは私だけだったと、数年後思い知らされることをこの頃はまだ知らなかった。
私の初恋の相手は小学5年生の頃隣の席だった市原真紘くんという子だった。
小さい頃からバスケットボールをしていたらしく、運動神経抜群で、明るくていつもふざけては楽しそうに笑っている人だった。私の人見知りはフレンドリーな真紘くんに押し負け、打ち解けるのにそんなに時間はかからなかった。
『遠野、算数のテスト何点だったー???って、クソ負けた!!!』
『ちょ!勝手に見ないでよ馬鹿!』
そんな風に笑い合う日々が幸せだった。
好きだ、とは伝えることは無かったけれど、友達としてでも傍にいられることが嬉しかった。
明るい人の周りには明るい人が集まる。
真紘くんと雄大くんと晃雅くんは仲が良かった。
その3人に私は帰り道や学校でしょっちゅうからかわれたものだ。腹立たしいこともあったし、殴りたいこともあったけど、毎日が楽しかった。
そして、私たちは中学生になった。
私たちの小学校は少し変わっていて、住んでいる地域によって進学する場所が違っていた。具体的に言うと、3つの中学校に分かれて進学した。
悲しいことに私が仲良くしていた女の子達は皆別の中学校へ進学してしまった。
私の傍には変わらず、真紘くんと雄大くんと晃雅くんがいた。
中学校の3年間はとても穏やかで苦しかった。
真紘くんとは1年生の1年間だけ同じクラスになり、その近い距離が苦しくてたまらなかった。
3人はバスケットボール部に入部し、告白されることも少なくなかった。その度に私に自慢してくる彼に、私は人知らぬところで泣いた。
いつだって無邪気な笑みを向けてくる真紘くんのことを嫌いになることはできなかった。好きだった、好きでたまらなかった。
『なあ、最近お前冷たくねえ?』
少し拗ねたように晃雅くんに言われたのは中学2年の冬のことだった。
3人とはクラスが離れたことで一層私たちの関わりは薄くなっていた。
『別に、普通じゃない?』
そんな風に逃げるように晃雅くんから逃げた。
自分の長い片想いに疲れていたのもあったが、他人の恋愛沙汰に巻き込まれるのもごめんだった。
晃雅くんと真紘くんはとても女子にモテた。
噂ごとに疎い私にも誰々が告白した、誰々と晃雅が付き合っている、などという話を耳にした。
そんな二人と仲良くしているのは人見知り女子には辛いものがあった。勝手にありもしない関係を作り出され、嫉妬の対象にされる。そんな状況にこりごりしていた。
付かず離れずの関係を保って3人と私は関わり続けた。
中学では当然集団下校なんて行われていない。
私はいつもひとりで帰っていた。
そんな時、小学校の頃のように3人は声をかけてくれた。他愛もない会話だったが、幸せだった。
私から壁を作っていたのに、それでも関わり続けようとしてくれたことが嬉しかった。
そんな短いような長いような中学生活を終え、私たちは高校生になった。
私と真紘くんは県内でも有数の進学校に、雄大は勉強が苦手だったので推薦で私立に、晃雅くんは将来を考えて工学系の高校に進学した。
私と真紘くんが同じ学校に行ったのはまったくの偶然であり、決して消えない恋心を持って私が彼を追いかけた訳では無い。
高校に進学した時点で私は雄大くんの連絡先以外を知らなかった。
特に、晃雅くんとはもう2度と関わらないのだと思っていた。
高校でも同じクラスになった真紘くんの連絡先は自然と手に入った。お互い同じ中学校出身で頼れる相手がいなかったのもある。入学当初は頻繁に連絡をとっていて、私は柄にもなく浮かれた。忘れようとしていた恋心が再び顔を出すくらいには。
必死で学校に馴染もうとしていたら季節は流れ、いつの間にか夏になっていた。
私と晃雅くんの関係が壊れた、夏。