[補足]港町レヴィンスの習俗に関する調査レポート
港町レヴィンスの習俗に関する調査レポート
この調査レポートは、第796回期にマーチス民俗学研究学会の公表した調査資料集の一部を抜粋したものである。
[由緒]
港町レヴィンスは、会合第400回期ごろに沖合に古くからある町ユークリートの漁師の中継基地として使われ始めたことが端緒であることが、発掘された遺跡の存在によって示されている。
その後、ある程度の規模のユークリート系の漁師が、この地に拠点を構えるようになったことで、それから漁村としての性格を持つようになった。
この地に農耕文化がもたらされたのは、会合第625回期から647回期まで続いた長期寒冷化によって、北方からウロッカム系農耕民族が移住してきてからである。
先住のユークリート系の漁民達とはこの頃に混血が起こり、現代のレヴィンスの文化の基盤を形成した。
現在のように港町として、ならびに陸上往来道の宿場町として機能するようになったのは、蒸気船が本格的に運用されるようになった会合750回期ごろである。
[文化]
レヴィンスはイーセルベル川の扇状地であり、その河川を中心としてウロッカム系民族に共通して見られる黒小麦の栽培が盛んに行われている。
ただ、ウロッカム系民族のほとんどが小麦をパクティと呼ばれる硬いパンを作るのに対し、この地方ではユークリート系の文化的影響を受け、例外的にケムと呼ばれる柔らかいパンが作れている。
またこの地の農民の副業として、ため池でユーカックと呼ばれる水鳥が飼育されており、その水鳥の肉や羽毛・卵など余すことなく利用されている。
ユーカックを家畜として飼育しているのはレヴィンス特有の文化であり、周辺の町や村落でも確認することはできない。
レヴィンスの建築では、ウロッカムの北方文化の影響を受け、木材が多用し、屋根は高く急な勾配がつけられ、窓はやや小さく作られる。
商店と住宅が一体的に作られるということはなく、たいていの世帯が職場と住宅を両方持っていることが多い。
[著名な文化人]
マンデルネ=オールスタイン : ユークリート北方汽船創業者、著述家、737-806回期