sacrifice〜ある使用人ver.〜
「……もっとです。もっと撫でて下さい。主さま」
そう零したのは頬を紅潮させ目を潤ませるユーリスだ。
輝かしく発色するふわふわした白っぽい銀髪がふっくらした柔らかな輪郭にかかり、美しいかんばせがより少年の独特な色気と艶を出す。
彼の方にゆっくり手を伸ばすとユーリスは目を閉じ、期待と欲情が溢れでたため息を漏らした。
そんな彼を見て私はピタリと手を止める。
ふと思った。
このまま綺麗な彼に触れてもいいのだろうか。この手で触れると彼を汚してしまうのではないか。私は今までにたくさん醜いことをしてきたんだ。
……この手に触れるものは多くの犠牲者の憎悪と呪いで全てが朽ちていく気がする。
主さま?と、か細く囁く声が聞こえて、私の膝に顎を乗せている彼が綺麗に整った眉を下げ、不安げに瞳を揺らしていた。
「主さま。もしかして、僕に触れたく無いのですか? ……僕が、僕が汚れているから? だから、主さまは僕に触れてくれないのですか? ……主さま!」
先ほどの甘く蕩けた様子から一変し、泣き叫ぶように蒼白した顔で私の膝に縋り付く。
いつもと違うユーリスを見て驚き、声を出せずにいた私を触れるのを拒絶したのだと思ったのか、更に顔を青くした。
「ぁ、あぁ、いや、いや!! 主さま!! お願い、僕を捨てないで。お願いします!! 主さまぁ!!」
「あ、ごめん」
「っ、ごめんってどういうことですか!? 僕を捨てるのですか!? ねえ!? いやです! いやです!! 主さま!!」
涙をぼろぼろと零し、完全に冷静さをなくした彼は必死に縋り付く。
少し屈んで体が震えている彼の背中に手を当てるとピクッと反応し、そのまま私の腕に縋り付いた。
掴まれた腕がキシリと鳴った。
「落ち着いて、私はあなたを捨てない。大丈夫だから、落ち着いて」
ハッハッと呼吸を乱す彼に誤解を解くため、椅子から降り床に膝をつき彼を抱きしめながらゆっくり背を撫でる。
近づいた私を驚くほどの強い力で腰にすがる彼に、彼をここまで追い込んでしまったのだと反省した。
「あぁ、主さま、主さま」
「よく聞いて。私はあなたを捨てない」
「ひっ、あぁ、本当?本当ですか、」
「うん。本当」
何度も聞き返すユーリスに丁寧に答える。
ゆっくり摩るとだんだん落ち着いてきたのか、震えが収まった。
内心でホッとすると私の腹部に押し付け、涙で濡れた顔がそろそろと躊躇いがちに私を見上げる。
「……僕の事、嫌いじゃないですか?」
「うん。嫌いじゃあない」
「……じゃあ、僕が、好き?」
「うん。好き」
「……大好き?」
「うん。大好き」
端的で可愛い問いに笑みがこぼれ彼の頬を掬うように優しく両手で包みこみ、おでこや瞼、鼻の頭に順番に口付ける。
彼はやっと安心した様子で蒼白した顔から徐々に赤みを帯びてうっとりと陶酔した様子で口付けを擽ったそうに受け止める。
「……僕も、僕も主様の事が大好きです。世界で一番、誰よりも何よりも大好きです!」
「ふふ、うん。ありがとう」
「主さま、主さま」
いつもの可愛い笑顔が溢れ安心した。
私はぺたりと膝をおって、彼と正面に向かいもう一度ぎゅっと抱きしめる。
彼は嬉しそうに私を抱き締め返すが、離さないと言わんばかりのその力は強く、苦しい程だった。
「……ねえ、主さま。じゃあどうして僕に触れるのを躊躇ったのですか」
むっと頬を膨らませ問い詰めるような口調の彼の吐息が首筋に当たって擽ったい。
「……私は穢れているから。綺麗で美しいあなたが汚れてしまうと思ったの」
私は穢れている。
この手で何人の人を闇に突き落としたのだろう。きっとその人達は今まで必死に生きてきたんだ。そんな人を私は……私利私欲の為だけに、壊したんだ。
ユーリスは先ほど私がしたように両手で私の頬を包み、目線を合わせた。
綺麗な蒼い色。キラキラとしていて宝石みたいだ。
「そんなことないです! 主さまは穢れていません! 穢れなんてない……主さまはとても綺麗で美しくて、洗練されていて……僕の大切な大切なご主人さまで、女神さまなんです!」
「……私は美しくなんかない」
「もう、もう! 主さまは自分のことを全く分かっていません。僕が美しいと言ったら美しいのです! 今までにこんな美しく愛らしい人を見たことはありません!」
そう言ってぎゅうっと、私の頭を覆いかぶさるように抱き込み、必死に説得する彼に笑みが零れる。
「あ、主さま、笑いましたね! ふふ、とても可愛いです……が、だめです! ちゃんと分かって下さい! 主さまは穢れと無縁なんです……主さまは前から自分を卑下していらっしゃる! 主さまの素敵で愛らしい所は……」
彼の先ほどの傷心していた時とは違い、生き生きと私の魅力や好きな所、しまいには最近の失敗談まで語りだしたため話を強制終了した。
君たちも大変だね、と花に話し掛けたことを……。花が焼けそうなほど太陽に燦々と照らはれいて辛いだろうと同情したのだ。その時に思わず零してしまったことは非常に恥ずかしい記憶だ。すぐに花は太陽が栄養になるんだよとギンに突っ込まれた。いつもふざけるあいつにそう言われて本気で恥をかいた。
そのことはギンしか知らないと思っていたのに、何故知っているんだ。
「もー、主さまちゃんと聞いてました? 僕は主さまのことはぜーんぶ知っていますからね!!」
ぜ、ぜんぶ。さて、どこまでなんだろう。
ぞっとするが、敢えて聞かないでおこうと決めた矢先にすらすらとユーリスは言った。
「今日、朝食を食べたにもかかわらず、その後に行ったトイレで明日のご飯はなんだろう。と独り言を仰ってましたよね! あの時はもう、可愛いすぎてずっと悶えていました!」
「………」
「ふふ」
輝かしい笑顔につられてこちらも笑顔で返す。引きつった笑顔も綺麗です! と言っているのが聞こえるが、今聞いた衝撃的事実をにこやかに言い放つ彼に背中がぞぞぞっと冷気が走った。
そこは流石に自由がほしい。アルに相談しよう。早急に。
「主さま、主さま、僕に意地悪した罰に今日は一日中僕とイチャイチャの刑です!」
「……え、まだ仕事」
「先ほど、終えたばかりでしたよね?」
……なぜ知っているんだ。
彼は目を細め私に微笑んだ。
「主さま、どうして嘘をついたのですか? そんなにお仕置き、してほしいのですね。分かりました。今日と明日は絶対放しません。本当は主さまのために今日一日中だけイチャイチャしようと思いましたが、思わぬ嬉しい誤算ですね!……ふふ、楽しみましょうね、あるじさま!」
彼はスッと優雅に目の前に立ち、先ほどの泣いていた姿とはほど遠い、艶やかで色気ダダ漏れの笑顔で微笑んだ。
固まる私を抱き上げ膝裏と背中に手を入れ私の唇に彼のそれを重ねる。
「さあ、いきましょう。主さま。」
……結局、クルトが部屋に乗り込むまで彼と私の世界が繰り広げられた。もう彼に拒否しない、躊躇わない、ウソをつかない。そうしないと、本気で放してもらえない。
どこか彼に上手く操られている感じがするが、深く考えないでおこう。保身のために。