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臆病なふたりの告白 3

ヘンリックさんとシェリーさんによる説得は、意外にも長くは続かなかった。どういう話をしたのかは知らないけれど、どうやらクリスさんがここで暮らすことにひとまず納得してくれたみたいだ。それに、クリスさんとシェリーさんの間の空気も、さっきよりかなり穏便になっていた。

それから積もる話でもあるかと思ったらネイト君以外はとてもあっさりしていて、三人はまた様子を見に来るとだけ言って暇を告げた。ネイト君とは少し仲良くなれたのでちょっと名残惜しかったけど、これでやっと静かになる――――と思いきや。


「しばらくここにいらっしゃるなら、クリス様の私物はこちらへ運ばせましょう。今のお住まいはどちらに?」


帰り際、ヘンリックさんがそう聞いたことからもう一騒動が始まった。

クリスさんの今の住まいは、あの丘の木の根元だ。屋根も壁もないそこを寝床にしていると聞いたヘンリックさんとネイト君は、元魔王がホームレス同然の野宿生活をしていることにものすごく衝撃を受けて、そこからクリスさんのための新しい家を建てると主張するヘンリックさんと必要ないと言い張るクリスさんの言い合いが始まったのだ。


クリスさんが言うには、別に今の生活で困っていないし不満もない。わざわざ新しい家を建てる材料も労力も勿体ない。それに、人間に見つからないような場所に家を建てるとなると森の中くらいしかないが、そのためだけに森の一部を壊すのも気が引ける。そして何より、もう魔王でも何でもない自分がそこまでしてもらう訳にはいかない……とのことだった。シェリーさんは終始「クリス様らしいですわね」と笑っていたけれど、ヘンリックさんはなかなか納得してくれずに食い下がり、ネイト君は二人の間でおろおろしていた。この状況は魔王に戻る戻らないの話よりも長く続いたと思う。

そんな中、空気を変えたのはネイト君の一言だった。


「キョーコ様、なんとかならないっすか?」

「え、私?」

「キョーコ様のご意見も大切だと思いますわ。ねぇヘンリック?」

「む……」

「……そうだね。キョーコはどう思う?」


四人の目が一斉にこちらを向いて、じーっと見つめられる。全員が揃いも揃ってタイプの違う美形なものだから、内心圧倒された。魔族はみんなこんなに顔が良いんだろうか。……ってそうじゃなくて。

私としても、クリスさんにちゃんと屋根のある場所で休んでもらいたい。最近少しずつ夜の風が涼しくなってきたし、冬になって雪でも降ったら流石にあの場所でゆっくり休めるとは思えない。いくら彼が気温の変化に影響されないといっても、私の方が心配だ。でも彼は、魔王じゃなくなった自分が部下を働かせることに反対している訳で。それなら、


「……それなら、新しい家を建てる代わりに、私の家を増築するっていうのはどうですか?」


私の家なら村からかなり離れてるから誰かに見つかる心配はない。周りに木のない空いたスペースもあるから木を切り倒して開墾する必要はないはずだし、新しい家を建てるよりは増築の方が手間も材料もかからないはずだ。

もちろん、それでも魔族の皆さんの力を借りることにはなる。やっぱり気に入らないかな、とクリスさんの反応を窺うと、彼は目を瞬かせて、驚いたような顔で私を見ていた。


「キョーコ……本当にいいの?僕と一緒に暮らすことになるんだよ?」


そう問う彼の顔があまりにも真剣で、悪いとは思ったけど少し笑ってしまった。そんなこと確認しなくても、私だってそれくらいはちゃんと分かってるのに。


「いいですよ。クリスさんなら」


今まで家族以外の人と一緒に暮らしたことはないけれど、クリスさんとなら上手くやっていけると思うから。

するとクリスさんはじわじわと頬を赤くして、それと同時に視線を下へと逸らしていった。おまけに翼は小さく羽ばたいてるし、どう見ても、明らかに照れてる。別にそんな大層なことは言ってないと思うんだけど……トマトみたいな顔で「ありがとう」なんて言うものだから、私までつられて赤くなった。


「フフフ、では決まりですわね」

「……クリス様が、そう仰るなら」


シェリーさんとヘンリックさんの生温かい(気がする)目と、ネイト君のキラキラした眼差しが恥ずかしい。でもとにかく、こうしてクリスさんの新しい住処についての話は円満に解決した。



* * * * *



それからは、とんとん拍子で話が進んだ。

一応は借りている家なので持ち主に増築してもいいかと確認し、勝手にしろと言われたところでネイト君が元側近さんたちに連絡。近くで待機してたのかすぐ駆けつけてきた彼らとざっくり計画を立てて、一日あれば十分可能ですと力強く断言されて、なぜかもう次の日に作業を始めることになって。

それから一夜明けて日が暮れた、今。クリスさんと一緒に自宅へと向かった私は、その場所で思わず立ち尽くしていた。

今朝まで『小屋』と言ってもいいくらい小さい自宅があったはずのそこには、立派な一軒家が建っていた。どう見ても部屋の数がいくつも増えてるし、ご丁寧に外壁の塗装までしてあるし、おまけに玄関脇に真新しい井戸まで作ってあるし、元の家の面影が一切なくなっている。一体どんな魔法を使えばたった一日でここまで出来るんだろう。魔族の皆さんの作業だから、比喩じゃなくて本当の魔法だと思うけど。

クリスさんの方を見ると、彼もかなり戸惑った顔をしていた。ということは、側近さんたちの独断か。


「これって……増築ですよね?建て直したわけではなく」

「……ごめん。まさかここまでやるとは思ってなくて……」

「いえ、家が広くなったのはありがたいですけど」


とにかく、ここにいても仕方がない。一度だけ顔を見合わせてから、二人で自宅らしき建物のドアを開けた。

ドアの向こうにあったのは、ちゃんと見覚えがある部屋だ。家具は新品に替わって、新しくふかふかのカーペットが敷いてあるけれど、ものの配置は基本的にそのままになっている。ベッドとクローゼットがなくなっているのは、たぶん新しい部屋に運んでくれたからだろう。

台所も覗いてみると、やっぱり調理器具も新しい。そして、食器類は全部二人分。当たり前のことだけど……なんとなくむずむずするような、落ち着かないような。今更そんな反応をするのも変な気がして、興味深そうに部屋を見回してるクリスさんを次へ促した。


元々はクローゼットが置いてあった辺りに新しく出来た扉は、部屋じゃなくて廊下に繋がっていた。ドアは左右に一つずつ、そして突き当たりに一つ。ここは完全に新しい部分だから、側近さんたちは三つも部屋を作ってくれたらしい。

まず覗いた左側の部屋には、頑丈そうな造りの机と椅子、真新しいチェスト、そして木箱が二つだけ置いてあった。


「ここが僕の部屋みたいだね。荷物ももう運んでくれてるみたいだ」

「……荷物って、これだけですか?」

「うん。魔王クリスの持ち物はたくさんあったけど、僕個人の持ち物はあんまりないからね」


私が大学の入学と卒業のときに引っ越しをしたときは、荷物が多くて大変だった記憶がある。服とか本だけでもダンボール箱が何個も必要だったのに、木箱二つだけというのはいくらなんでも少なすぎるんじゃないだろうか。だけど、クリスさんがさらっと流すように言ったことを詳しく聞くのは、どうなんだろう。

少し悩んだ後、とりあえずもう一つだけ気になったことを尋ねた。


「この部屋、ベッドがないみたいですけど……」


ベッドどころか、毛布とかシーツとか、とにかく寝るための道具が何もない。元々はクリスさんの寝床をきちんと確保するための増築だったはずなのに。隣に立つ彼を見上げてみると、何故か申し訳なさそうな表情をして、


「僕、大きいベッドじゃないと翼が入らないんだ。だから、その……残ってる部屋の一つは、僕の寝室になってるんだと思う」


キョーコの家なのに、ごめんね。しょんぼりと翼を下げながらそう言うけれど、確かにその立派な翼を収めようとすればそれ相応のベッドが必要になるのは当たり前のことで、そのために部屋をもう一つ使うのも当たり前のことだ。それに、もうここは私だけの家じゃない。


「謝ることじゃないですよ。私たち『二人の』家なんですから」

「……うん」


クリスさんが嬉しそうに微笑む。私にとって見慣れた顔で。

彼の雰囲気が柔らかくなったことに安心して次に向かいの部屋へ向かうと、そこは私の部屋のようだった。机と椅子はクリスさんの部屋のとほとんど同じだったけど、私が使っていたクローゼットと新しいドレッサーがある。が。元々あったはずのシングルベッドが、ない。ここが私の部屋なら、確実にあるはずなのに。

……ということは。考えるまでもなく可能性は一つしかない。

確信を持って、最後の突き当たりの部屋のドアを開ける。その後ろから部屋を覗き込んだクリスさんと私は、同時に言葉を失った。

どん、と鎮座するキングサイズらしき大きさのベッド。枕は二つ。毛布は一つ。予想はついていたとはいえ、いざ目の前に現れるとかなりの圧を感じる。


「…………つまり、これって……」

「……うん」

「……これを二人で使う、って、ことですよね」


クリスさんからの返事はなかった。けれど、翼が震える音が彼の動揺を表していた。


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