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臆病なふたりの告白 1

「この度は、誠に申し訳ありませんでした。部下の非礼をお詫び申し上げます」


早朝、畑に行こうと家を出た直後に、私より二回りも大柄な男性が深々と頭を下げてそう言った。

驚きすぎてリアクションをするどころか言葉も出てこなくなり、沈黙が落ちる。どういうことなんだろうかこれは。そもそもこの人は誰だ。部下って誰のことだ。非礼って何のことだ。

ここが日本なら、新手の変質者として通報するか逃げるかのどちらかが正解なのかもしれない。けれどこの異世界に通報するべき警察はないし、逃げたところでクリスさんと合流するまで誰にも助けは求められないし。いっそのこと家に戻って包丁でも装備してくるのがいいのだろうか。

自分でも分かるほど混乱している私と、同じ体勢のまま動かない男性。そのまま数秒が経った頃に沈黙を破ったのは、男性の後ろからひょこりと顔を覗かせた小柄な少年と、その横に佇むドレス姿の女性だった。


「隊長~……いくらなんでもそりゃないっすよ。開口一番それって……」

「しかし、部下の不始末は私の責任。謝罪するのは当然のことだ」

「そうではなくて、いきなりすぎて驚かれているということですわ。まったくこの堅物は……」


話について行けない私をよそに、女性がわざとらしく溜息をつく。そして私の方に向き直った彼女の顔を見て、やっと気付いた。顔の右半分を覆う銀色の鱗と、黄色の瞳に浮かぶ縦長の瞳孔。魔族だ。

女性はにこりと微笑み、鱗と同じ銀色の髪を揺らして綺麗に一礼してくれた。その動作は私にも分かるくらいに優雅で、この場に似合わないドレスと相まってどこかのお姫様のようだ。


「突然押しかけてしまって申し訳ありません。わたくしはシェリーと申します。クリス様が魔王であられた頃に、近衛としてお仕えしておりました」

「あ、俺は同じく近衛のネイトっす!以後お見知りおきを!」

「はぁ……ご丁寧にどうも。私は京子です。近衛って、護衛みたいなものでしたっけ」

「ええ。そしてこちらは、近衛隊長だったヘンリックですわ。部下たちがキョーコ様に大変な無礼を働いたことについて、どうしてもお詫びを申し上げたいと」


シェリー、と名乗った女性がぞんざいに男性を指さす。隊長ということはシェリーさんの上司のはずなのに、その扱いはどうなんだろう。

それはともかく、この三人の身元と目的は分かった。そして、彼女が言う『部下の無礼』にも心当たりがあった。つい昨日、クリスさんの側近だったというひとたちが数人やって来て、魔王に戻ってほしいと懇願し、断られ、それを私のせいだと思ったらしく、暴言を吐いて、クリスさんに怒られたということがあったからだ。あの穏やかなクリスさんが激怒していたという方が記憶に残りすぎて、正直、暴言の方はどうでも良くなっていた。けれど、出会い頭から今までずっと頭を下げたままの隊長さんは、責任を感じてわざわざ謝りに来てくれたらしい。


「ええと……ヘンリックさん?とりあえず頭を上げてください」

「しかし、クリス様の奥様にとんでもない無礼を……私の監督不行き届き故です。どのような罰もお受けいたします」

「罰と言われても、もう気にしてないのでいいですよ。まぁ腹は立ちましたけど、私の代わりにクリスさんが怒ってくれましたし」


それはもう、辺り一帯を破壊しつくす勢いで。あの気迫に怯えて本気で泣きそうだった側近さんたちを見て、自分が怒ってたことも忘れたくらいだ。

もう一度頭を上げてくださいと言うと、ヘンリックさんはようやく腰をまっすぐにして私を見下ろした。頭を下げていた状態では分からなかったけれど、人間の耳がない代わりに丸くてふさふさな耳がついている。髪の毛がたてがみに似てるから、ライオンだろうか。目も少しネコ科っぽい。服はピシッとした軍服だ。


「ありがとうございます。寛大なお心に感謝いたします」


感謝されるほどの寛大さは持ち合わせていないけれども、事態が丸く収まったのでそういうことにしておこう。とりあえず安心して一つ息をつくと、ネイト君がにっと快活に笑った。唇の間から鋭い牙が、そして彼の後ろに尻尾が見える。


「んじゃ、話はこれで終わりっすね。俺、クリス様に知らせてきます!」


ビシッと敬礼のような仕草してそう言うと、彼はきびすを返して軽やかに畑の方向へと駆け出していった。足場の悪い獣道で木を避けながら走っているのに、ものすごく速い。

あっという間に遠ざかっていく背中を見送り、そういえば私もそろそろ畑に行かなければと思い出した。いつもならもうクリスさんと合流している頃だし、もしかしたら心配されているかもしれない。

いとまを告げようと二人の方へ顔を向けると、私よりも先にシェリーさんが口を開いた。


「キョーコ様は、これからクリス様の元へ行かれるのですよね?わたくしたちもクリス様にご挨拶に参りますので、道中ご一緒してもよろしいでしょうか」

「え?まぁ……いいですけど」


クリスさんのところに行くのなら、私の歩く速さに合わせるよりは二人だけで先に行く方が速いのではないだろうか。ネイト君の様子を見るに、方向も分かってるみたいだし。

不思議に思いつつ、シェリーさんに「では参りましょう」と促され、いつもの道のりを歩くことにした。



* * * * *



畑に向かう道中、ずっとシェリーさんは私とクリスさんのことについて質問をしてきた。出会いのきっかけ、クリスさんが私の畑を手伝うようになった理由、魔王だと知ったのはいつか、どうやって知ったのか……更には、今恋仲なのかどうか、そのきっかけは何かというところまで。流石にそれを答えるには私と勇者のことまで話すことになるので濁したけども。私に色々と聞きたくてわざわざ一緒に行くことにしたんだな、と納得はしたけれど、なんでそんなことを聞きたいのか謎だ。ちなみにヘンリックさんはその間、ずっと無言で私たちの少し後ろを歩いていた。

いつもより長く感じた道のりがようやく終わる頃、一通り聞きたいことを聞き終わって満足したのか、シェリーさんが優雅に笑った。


「それにしても、キョーコ様は不思議なお方ですわね。あのクリス様に恋人だなんてあり得ないと思っておりましたけれど……キョーコ様がお相手なら納得ですわ」

「……?それって、どういう」

「お気になさらず。それより、いらっしゃいましたわよ」

「え」


何が、と聞くより先に、前方から聞こえた「キョーコ!」という声。次の瞬間には腕を強く引かれて、気がつけば視界には見慣れた背中と翼が広がっていた。


「クリスさん……」

「キョーコ、大丈夫?何かされなかった?」

「え?はい。少し話をしただけです」

「そう……それならよかった」


翼越しに首だけで振り向いて、クリスさんが安心したように微笑む。いや、敵が来たわけでもないのに、むしろ自分の近衛だったひとたちが来たのにその反応はどうなんだ。昨日のひとたちにはそんな素振りは見せてなかったはずなのに。

違和感に首を傾げるのと同時に、翼の向こう側から声が上がった。


「陛下!よくぞご無事で……!」

「お久しぶりですわね、クリス様。思ったよりお元気そうで、何よりですわ」


感極まったようなヘンリックさんの声と、テンションがほとんど変わらないシェリーさんの声。クリスさんが追放されてから何ヶ月もずっと探してた訳だから、そりゃ喜ぶに決まってるけど……二人のほうに視線を戻したクリスさんは、目を眇めてほんの少し口角を上げただけだった。斜め後ろの私からはよく見えなかったけれど、その顔は、いつもの穏やかな笑顔とは違う。クリスさんも、こんな顔をするんだ。


「ヘンリックはともかく、シェリーはどうしてここに?もう僕に用はないはずだけど」

「まあ、冷たいお言葉ですこと。わたくしはただ、クリス様のご無事をこの目で確かめたかっただけですのに」

「母上の差し金で?それとも兄上が?」

「フフフ、ご想像にお任せしますわ」


なんだか雲行きが怪しくなってきた。

どう見てもクリスさんにはまた会えて嬉しいという雰囲気はないし、シェリーさんも昨日のひとたちやヘンリックさんみたいな喜びの気配はない。和やかな、または熱烈な再会のシーンを予想していたのに、今の空気はもはや険悪だ。


この状況は、ネイト君が「クリス様ー!待ってくださいよー!」と叫びながら駆けつけてくるまで続いた。


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