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月の降る夜  作者: 根室秀太(ろひ)
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第二話 星へ往く船

 それからアパートに着くまでの間、オレは由宇(「相馬さん」と呼んだら「由宇」と呼べ、だと)と二人で歩きながら、昔話に花を咲かせた。

 由宇は小学校の、それも低学年の頃、ほんの少しだけ同じクラスに居たらしい。

 ほんの少しだけと言うのは、オレは彼女と知り合ってからすぐに、この街を引っ越してしまったから。

 母さんが死んで、仕事一辺倒だったオヤジは、幼いオレを育てることもままならず、遠く離れた田舎の祖父母にオレを預けたのだった。

 由宇はと言えば、俺が転校するほんのひと月前にこの街にやってきたそうだ。

 元々は都会に住んでいたらしいのだが、家庭の都合によりこの街へ引っ越してきたのだという。

 そしてクラスメイトのオレと出会い、それなりに仲良く過ごしていたようだった。

 オレが、転校するまでは。


 それから十数年ののち、由宇がこの街にすっかり慣れた頃。

 オレがこの街に、しかも自分のアパートに住むと聞いて、大層驚いたらしい。

 留守電を聞いた由宇は、矢も盾もたまらずオレを迎えに来たと言うことだった。


 何やらテンションが上がりまくっている様子だが、何故にそうもオレを覚えているのか、まったくわからなかった。

 十年なんて、既に忘却の彼方だ。何してたかすら覚えてない。

 それぐらい、はるか昔の話。


「だってね、キミは意外に女子に人気があったんだよ?」

「マジで?」


 テンションが上がる。

 オレもとうとうモテ期到来か?


「マジで。

 こう、いっつもなんか変なことやって笑わせてくれるとか」


 ・・・


「遠足とか行くと、真っ先に正反対の方へ向かっていくところとか、突然ズボンがずり落ちてチョコチョコ歩き始めるとか」

「あ~・・・」


 黒歴史だった。


「水泳が待ちきれないって言って、か、海水パンツで教室内を駆けずり回ったときとか・・・ぷぷふっ」


 由宇は思い出し笑いを抑えきれないようで、手で口元を隠しながら歩いている。


「うん・・・やってたね、そういうの・・・」

 ガキの頃っていうのは、ちょっとしたことで笑いが取れるやつがヒーローだった。

 一発芸を持っている奴はそれだけで有名になれたし、クラスのみんなからも注目される。

 例えば担任の物まねが上手いとか、奇妙なジェスチャーで笑わせるとか。

 ただ、調子に乗りすぎると、大体、そういうのは歯止めが掛かる。

 基本、先生に怒られるから。

 だけどね。


 ・・・オレは、止まらなかったんだなぁ。


 転校生ってのは、そのコミュニティの中では異分子だ。

 望むと望まざるとに拘わらず、好奇の目に晒される。

 目立つって訳だ。

 本来目立ちたがり屋だったオレは、その「転校生」というボーナスタイムを生かして、そりゃあもう目立つことをやりまくった。

 一クラスメイトとして埋没するのが嫌だったし、

 それに、一刻も早く友達を作りたかった。


 母親が死んでから、オレは家の中で独りぼっちだった。

 父親はほとんど家にいなかったし、たまに来る家政婦のおばさんと会話が弾むわけでもなく。

 学校から帰ってくると、誰も居ない部屋で一人、TVを見ながら夕食を食べる。

 そんな毎日が続いていたから、誰かと話をしたかった。誰かと繋がっていたかった。

 面倒を見てくれるおばさんや、たまにやってくるじいちゃんばあちゃん。

 けして悪い人ではなかったが、彼らはやはり「大人」だった。

 彼らはオレが甘えたり、駄々をこねる様を良しとしなかった。

 別に体罰を食らった訳じゃない。唯々(ただただ)、悲しい顔をされるだけだ。

「子供」というものをどう扱っていいのか、分からなかったのだろう。

 オレと同じ目線で会話をしてくれるわけではなかったのだ。


 だから、オレは必然的に、大人びた子供になっていった。

 礼儀正しく、言葉遣いもしっかり。

 自分のことは自分でやる。

 大人なら当たり前のことだ。

 でもオレは、年端もいかない頃から、それを求められた。

 家の中で、たまに来る大人たちの期待に応えるためだけに、いい子でいることが当たり前になっていった。

 そんな反動が学校で現れたのだろう、と、今になって思った。


「あのさ、耕平君・・・お願いがあるんだけど」


 そんなふうに昔のことをぼーっと考えていたら、由宇が神妙な顔つきで話しかけてきた。


「なに?」

「あの頃のギャグ、もう一度やってみてくれない?」

「嫌です」

「即答しないでよぅ」

「嫌です。てか捕まります」


 アホか。

 今の歳でズボン下ろして歩き回ったら、確実に変質者だ。


「平気だって」

「お前はな」

「ちょっとその辺でチョコチョコ歩いてくれればいいだけだからさぁ」

「勘弁してください」

「・・・ちぇっ、残念だわぁ」


 どうやら諦めてくれたようだ。

 流石に、本気でお願いされたとは思いたくはないが。


「大体、子供の頃だったから面白かったんだろうし、今見てもそんなに面白くないと思う」

「そうかなぁ? わたし、すごく笑った気がするんだけど・・・」


 由宇はしきりに昔を思い出そうとしている。

 顔は半笑いのままだ。

 非常にまずい。


「そっ・・・そういえば。

 ・・・由宇の学校ってこっから近いの?」


 知り合ったばかりなので呼び捨てはイマイチ呼びづらい。

 意識しないと、なかなか出てこない。


「あ~、ちょっと遠いかなぁ。バス乗って行かないとだし」


 由宇が顔をあげてこちらを見る。

 まあとりあえず、話を逸らすことには成功したようだ。


「キミもうちの学校に通うんでしょ?」

「ああ、もう転校の手続きは取ってあるよ。明日からそっちにお世話になる予定」


 ちなみに、オヤジは手続きだけ取ると、さっさと自分の職場に舞い戻った。

 今は何やら仕事の納期が近いそうで、連日研究所に泊り込んでいる。

 引っ越したところで、今まで同様、普段から居ないようなもんだけどね。オヤジは。

 しかしまあ。

 またイチから交友関係を作らないといけないと思うと、ほんの少し憂鬱になる。

 さっきの話じゃないが、目立つような真似をして仲間を作るような気概は、もう俺には無い。

 昔とは違うのだよ、昔とは。


「あそーだ、メッセのID教えてよ」

「ん?」

「いろいろ連絡とかしやすいし、ね?」

「あいよ」


 オレは端末を取り出す。

 軽やかな電子音がして、お互いのIDが登録された。


「後でメール送るね?」

「あいあい」


「・・・耕平君、猫好きなの?」


 由宇は、自分の端末に表示されたであろう、俺のアイコンを覗き込んで言った。

 俺は、猫の写真を設定してある。


「ああ、ばあちゃんちで飼ってたんだ」

「なるほど。かわいーねぇ、なんて名前?」

「ぴっち」

「ぴっちか。かわいーねー」


 ばあちゃんが拾ってきた捨て猫で、オレがばあちゃん家に居候するより前に居ついていた。

 ちなみにまだ存命である。御年20歳。

 猫にしては、かなりの高齢である。


「ねこー、いいなぁ。うちも飼いたいなぁ」


 由宇はアイコンを眺めながらうっとりしている。

「あ、でもうちペット不可だからね、あしからず」

 突然大家の顔に戻った。


「でも、いいなーやっぱ。ねこー・・・」


 普通の女の子の顔に戻った。

 表情がくるくる変わって目まぐるしい。


「そういえばさ、キミも物好きだよねぇ。

 進級も間近なのに、今更転校してくるなんて」


 由宇は端末を弄りながら話しかけて来る。


「ま、しょうがない。家庭の事情ってやつだ」


 オレは逡巡しながら、そう答えた。


「ほほぅ。 んで、家庭の事情って?」

「あ~・・」


 まあ、別に秘密にしてるわけじゃないから、いいか。

 一瞬口外を躊躇ためらったが、結局話すことにした。


「オレのオヤジ、宇宙船作ってるんだ」

「宇宙船!?・・・って、あの?」


 そう。

 この寂れた街には、唯一の名所がある。

 年末の出航を目指して目下建造中の、一隻の宇宙船。

 名を「バイオスフェアⅢ」と言う。


 西暦2028年。

 昔の人が思い描いた未来の世界は程遠く、オレ達は変わらない生活を続けている。

 そんな中でたった一つ、オレ達の周りで未来を感じさせる身近な話題として、ニュースになった代物があった。

 それは、東京湾に浮かぶ巨大な宇宙船。

 バイオスフィアⅢと名付けられたそれは、人類初の超長距離有人宇宙探査船として、10年以上前に建造が始まった。

 東京湾のド真ん中に位置するパーキングエリアを拡張したドックで、今もなお完成に向けて作業が続けられている。

 オレのオヤジは、その宇宙船の建造に関わる仕事をしているらしい。

「らしい」というのは、実のところオレにもよく解っていないからだ。

 在野の天文学者だったオヤジが、どうして時代の最先端を行く宇宙性の建造に関わるようになったのかは、今も不明のままだった。

 以前、オレも本人に聞いてみたことがあるのだが、なんやかんや適当な理由をつけてお茶を濁された。

 まあ多分オヤジのことだから、適当なコネを見つけて潜り込んだんだろうけど。


 プロジェクトの発表当時は、批判も多かった(何しろ一つの街の年間予算を25年分使うらしい)が、月日が経つ間に忘れられていき、ちょっと前までは定期的な進捗の度合いがネットニュースなどで流れる程度だった。

 それが完成に向けて形が見えて来たので、ホットな話題になっているようだ。

 また、この寂れた街にとっては、街おこし的な意味合いで好意的に捉えられており、今では立派な観光名所の一つでもある。

 観光客向けに、ツアーなんかも開催されているようだった。


「あの宇宙船、今年完成するってニュースになってたよ」

「ん。工事はだいぶ前に終わって、今は最終調整の真っ最中だって言ってたね。

 まあ、間に合うんじゃない?」

「・・・キミのお父さん、あの宇宙船に乗るの?」

「多分、ね。

 で、オヤジもそうそう家に帰ってこれなくなりそうだから・・・どうせなら職場に近い処に住もうってさ」

「そっかぁ・・・」


 由宇は、じっとこちらを見ている。

 なんか複雑な表情だ。

 羨望のまなざしとも違う・・・なんだろ。


「オヤジはしょっちゅう仕事で家を空けてるし、結局、一人暮らしみたいになりそうだわ」

 オレの視線に気づいたのか、由宇の表情は元の笑顔に戻った。


「ふふ。そっか・・・サイン貰おうかと思ったのに」


 別に、有名人って訳でもないんだけどね。

 オヤジはニュースにも名前が出てこないような裏方の仕事だから。


 それに、この宇宙船の建造には、物凄い数の人達が関わっている。


 目印のない宇宙空間を安全に旅する為に必要な道しるべとして、オヤジのような天文学者。

 それから航空宇宙関係の専門家、エンジンの専門家。

 人が閉鎖された環境に暮らすわけだから、精神・医学などの知識。

 長く旅を続ける為には、食料を船の中で作らなければならない。その為に必要な植物学、自然科学。

 基礎設計には、航空宇宙学。量子力学の知識なんかも必要だ。

 建造そのものには、素材・材料力学。流体力学の知識。

 宇宙船をコントロールするためのコンピュータ、AIなどの技術。

 ありとあらゆる分野のエキスパートがこの建造計画に携わっている。

 この街に住む人間のうち、何人かに一人はこの宇宙船に関わっているはずだ。


 ウチみたいに、この計画の為だけに移り住むような人も。

 もしかしたら、由宇の家族も。



「宇宙に行ったら、お土産よろしくね」

「だから、俺が行くわけじゃないって」


 そんな感じで、会話が続く。

 気づけば、目的地だったアパートの前にたどり着いていた。

 これから住む、オレの生活拠点だ。


 突然、由宇が右手を差し出してきた。


「今後とも、ヨロシクね」

「あ・・・ども」


 差し出された右手を、そっと握り返す。

 冷たい風に晒されていたはずなのに、ほんのりと暖かい。


「手。冷たいねー」


 同じ条件であるはずのオレの手は、すっかり冷え切っている。

 不思議だ。これが、男と女の違いなんだろうか。


 気づけばすっかり日が暮れていて、あたりはオレンジ色に染まっていた。

 昼過ぎにはもう、この街に着いていたはずだったのに。

 秋の一日は短くて、あっという間に日が落ちていく。

 これからさらに寒くなり、一日が短くなり。

 そして、あっという間に一年が終わる。


 ふと、誰かに呼ばれたような気がして、空を見上げた。

 紫色の空が広がっている。

 蒼と、橙とが混じり合った、不思議な色の空。

 そこにうっすらと浮かぶ月が、オレ達を見下ろしていた。


 昔の人は、そこに天女や、ウサギ、カニが住んでいると信じていた。

 現代人であるオレ達は、当然それがおとぎ話であることを知っている。

 月が、生物の住める環境ではなく、荒涼たる死の世界であることを知っている。

 でも。

 こんな綺麗な月を眺めていると、ほんの少しだけ、昔の人が羨ましいと思った。


 ねえ、と呼ばれてオレは視線を戻した。

 由宇がこちらを見つめている。


「楽しくやっていこうね。同じ学校に行くんだし」

「・・・そうだな」


 電車からこの街に降り立った数時間前までは、あんなにも暗い気持ちだったのに。

 彼女の―――由宇の笑顔を見ていると、そんな気持ちもどこかへ吹き飛んでしまった。

 幻想的なまでに青く輝く月を眺めながら、思う。

 卒業までの短い期間だけ住むであろうこの街に、できるだけ沢山の思い出を作っていきたい、と。



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