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月の降る夜  作者: 根室秀太(ろひ)
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第一話 潮風の吹く街

かつて作ったノベルゲーを小説にリメイクしてみた。

多分、長編になります。

 学校の屋上に、一人の少女がいた。


 降るような満天の星空の下で、少女は空を見上げる。

 視線の先には、煌々と輝く白い満月。

 この広い宇宙でただ一つ生まれた、生命溢れるこの星と、寄り添うように生まれた夜の象徴。

 その光を全身に浴び感じ取るように目を閉じ、絡みつく光の微粒子と戯れるように、虚空そらへ両手を伸ばす。

 幾ばくかの時が流れ、やがて、一条の光が少女を突き抜けていく。


 少女は閉じていた目を静かに開いた。

 同時に、ふっ、と、彼女を取り巻く光が溶けていく。

 辺りには静寂が訪れ、闇に包まれた。

 少女はゆっくりと手を下ろし、そのまま佇んでいる。


 いつもより近くに見える、満月の下で。


 学校の屋上に、一人の少女がいた。



 軽やかな電子音がして、電車のドアが開いた。

 ホームへ降り立つと、ひんやりとした空気が辺りを取り囲む。

 今年の気温は、例年よりもはるかに低い。

 天気予報によると、ここ数年における最低気温を観測したそうだ。

 一足早い、北風の襲来だった。

 季節は、秋。

 空を見上げれば、今日も快晴。

 こんな天気が、ここ暫く続いている。

 10月の天気は、統計的に晴れが多いのだそうだ。だから、学校の体育祭なんかもこの時期に集中している。

 空気が澄んでいるから、空がやけに遠く見える。

 宇宙の暗闇まで続く、透き通るようなあお

 こんなにも晴れた日が続くと、嫌いな雨も流石に恋しくなるものだ。

 けれども、空には雲一つなく。

 冷たい、乾いた風が吹き抜けるばかり。

 オレは身を縮めながら、駅の改札を出た。

 吐いた息が白くなりつつある、そんな秋の空だった。


 改札を出るとすぐに、寂れた商店が並んでいる。

 長い間の風雪に耐えかねて、錆び付いた古い自販機。

 恐らく持ち主が放置したのであろう、軒先に立てかけてある壊れた自転車。

 道路の端に吹き溜っている、乾いた泥や、埃。

 新規開発事業から取り残されたまま、年老いてしまった街。人通りも少なく、空いている店も限られている。

 そんなことから、ここはシャッター通りなんて呼ばれている。

 目的地のアパートまで、端末の地図を眺めながら歩く。

 歩き続けて、はや1時間。

 目的地は、未だ遠い。

 というより―――

 迷っていた。

 どこにでもあるような商店や路地の連続で、すっかり道が分からなくなってしまったのだ。

 端末のディスプレイには、この辺りの地図と、自分の位置が表示されているが、目的地のアパート名までは表示されなかった。

 こうなると、頼りになるのは大家である相馬さんの電話番号のみ。

 とはいえ、個人的に、電話を掛けるという行為があまり好きではなかったりする。

 小さい頃に間違い電話をして、顔も知らぬ相手にひどく怒られた記憶があるからだ。

 三つ子の魂百まで、というように、その頃の体験が今になっても後を引いている。

 電柱に書いてある住所表記を見てみると、この辺りであることは間違いないようだ。

 しかし、似た区画が多いこの辺りでは、ここが何丁目なのか、地図を見ていてすらわかりづらい。方向はあってるはずなのだが。

 もともと方向音痴なのだ、オレは。

 自慢じゃないが、街ナカに置いてあった地図を見ておきながら、まったく逆方向に歩いていったことがある。

 その時は友達に止められたおかげで、最悪の事態を免れることができた。

 今回は、全く知らない道。助けは来ない。

 ・・・別に遭難しているわけじゃないけど。

 溜息をついて、端末を握りしめる。

 非常手段を執ることにしよう。


 ためらいがちに電話帳を探る。

 手書きのメモと、入力した電話番号に相違がないことを確認しつつ、発信ボタンをタップする。

 数回のコール音ののち、留守番電話に切り替わる。

 思わず切ってしまう。慣れていないのだ、知らない人に伝言を残すのは。

 頭の中で、文章を組み立てる。

 そして、もう一度電話を掛ける。

 コール音。頼む、出てくれ。

 願いもむなしく、留守番電話に切り替わった。

 仕方がないので、現在位置と要件を伝えて、電話を切る。

 軽い溜息が出た。

 やはり、ほんの少し緊張してしまう。

 辺りを見渡す。目の前に自販機がある。

 気分転換にお茶を買ってみた。

 そのまま自販機に寄りかかって、飲む。

 冷え切った体に熱い液体が染み渡り、そして広がっていく。

「ふー・・・」

 お茶によって暖められた空気は、白く染まってすぐに消えていった。


 父親の急な引っ越し宣言によって、オレの生活はここ暫く崩れっぱなしだ。

 引っ越しの準備、荷物の手配なども全て自分でやった。

 時間が迫っていたので、何もかもを急がなければならなかったからだ。

「さすがに、疲れたな」

 思わず、呟いていた。

 両足からの鈍い痛み。そして、底冷えする寒さ。

 喫茶店なんかが開いていれば直ぐにでも入りたいところだけれど、そこはシャッター通りと言われているだけあって、見事なまでに入れる店がない。

 目の前の「元」喫茶店にも、はるか昔に張り出されたであろう、風化した「閉店」の張り紙が風でたなびいている。

 疲れた。

 ともすれば崩れ落ちそうなほどに、倦怠感が全身を覆っている。

 歩いていた時に感じた風は、いつの間にかひっそりと止み、太陽の温もりがやんわりと僕の体を温めてくれている。

 ・・・眠くなってきた。

 と、ポケットの中からバイブ音。一瞬で眠気が覚めた。

 端末を取り出して、番号を確かめる。知らない番号。


 軽く深呼吸をして通話ボタンをタップする。

「・・・はい、榊です」

「こんにちは、榊さん。えと。迎えに、きました」

 女性の声。

 迎えに?

 というか、声が随分と若い気がする。

「っと、相馬さんですよね。今、どちらに?」

「えーと、こっちです」

「え?」

 辺りを見回してみる。

「ここ、ここだってば」

 スピーカーから、相手が手を振っていると思われる風切り音が聞こえてくる。

 見渡してみても、一向に人影は現れない。思考が空白になる。

「うしろ、だよ」

 振り向くのと、肩を叩かれるのが同時だった。

「うわっ」

 一瞬のノイズの後、通話が切れる。


 ガンッ!


 目の前に火花が散った。

 思わず飛び退いてしまい、その拍子に電柱に頭を強くぶつけてしまった。

「あいたーっ・・・」

 頭を押さえながら、改めて目の前の人物を見る。

 女の子。まあ見ればわかる。

 栗色の髪、あんまり詳しくないがショートボブだと思う。やや幼い顔。同年齢か、下にも見える。

 白っぽいコートを着ていて、右手には赤い端末を握りしめている。

 サイズが合わないのか、コートの袖が手の半分ぐらいまで隠している。

 そんな彼女は、端末を耳に当てたまま、目を丸くしている。

「・・・もの凄い音だったねぇ。だいじょぶ?」

 彼女は、悪戯っぽく笑っている。

「ひどいな、いきなり驚かすなんて」

 オレは頭をさすりながら、彼女に文句を言った。

「肩叩いただけだよ、わたし」

 それはまあ、そうなのだが。

「でもまあ。・・・『ごめんね』って言っとくね、一応」

「・・・どういたしまして」

 まだじんわりと痛い頭を気にしながら答える。

 で、だ。

「―――君は、いったい」

「さて、私は誰でしょう?」

 疑問に疑問を返された。

「大家さん」

 即答する。

 まあオレの電話番号なんて知っているのは、契約時に登録した大家さんか、オレのオヤジぐらいなもんだしな。

「半分正解。回答に不足があります、さかき 耕平こうへい君」

 てか他に答えなんかあるかよ。オレの名前だって知ってるみたいだし。

「わからん」

「即答しないでよ。もう少しよーく、思い出してみ?」

「・・・?」

 一瞬。

 ほんの一瞬だが。

 どこか懐かしい雰囲気が、オレの心を包んだ。

「・・・」

 彼女は、じーっとオレの顔を覗き込んでくる。顔つきは真剣そのものだ。

「お前は・・・」

「お? 思い出した?」

「・・・誰だ?」

「・・・きっと電柱に頭をぶつけて、おバカになってしまったんだね。かわいそうに」

 彼女の不満は頂点に達したようだ。

 つか、初対面の人間になんつー言い草だよこの人。

「もっかい頭ぶつけてみたら、思い出すんじゃない?」

「やだよ」

 頭を抑えて電柱にシュートしようとする彼女から身を躱しつつも、顔をまじまじと見つめる。

 たぶん、見覚えは、ある。

 名前は思い出せないが。

 オレがまだ小さい頃、この街に住んでいたことがあるから、その頃に知り合ったうちの、誰かなのかしれない。

「・・・わからない?」

「うん」

「即答すんな。 あ~・・・軽くショックだわ」

「本当に覚えてないの?」

 上目遣いでこちらを見る。

「うん」

「だから即答すんな、って」

 そんなこと言われても、わからんものはわからない。

 この街に住んでた、と言ったって、オレが住んでいた場所は駅を挟んで反対側だ。こっち側には来たこともない。

「はぁ~っ・・・覚えてないのね? りょ~かい。じゃあ、自己紹介から始めますよ。いいですよ。もう」

 とうとうふてくされ始めた。

「由宇だよ。相馬そうま 由宇ゆう。十年ぶりに再会したんでテンション上がってたんだけど」

 十年前。となると、小学生ごろの顔見知りか?

「昔の知り合い?」

「そうですが、残念ながら覚えていらっしゃらないようで」

完全に膨れている。

「はあ」

「もういいよ、そのうち思い出してね」

相馬、由宇。

そうま。うーん。

やっぱ覚えてないわ。

「相馬・・・ああ、やっぱ大家さんとこの」

「そう、娘です」

 膨れっ面のまま、由宇が答える。

 オヤジが学生の頃のツテを辿りまくって、紹介してもらったアパート。

 間取りは2k。家賃はなんと、破格の1万円ポッキリ。

 敷金、礼金もなし。ただし風呂とトイレは一緒。

 オヤジと相馬さんとは、同級生の間柄だったらしい。

 とりあえず、店子たなことしての礼儀を果たすことにする。

さかき 耕平こうへいです。これからお世話になります」

 ふかぶかと頭を下げた。

「あーはい、よろしくお願いします。・・・部屋とか汚さないでね」

 流石大家の娘。その辺はしっかりしている様子。

「了解です」

「ごみはきちんと所定のごみ捨て場に、決められた日に捨ててね」

「了解です」

「燃やせるごみは月曜と水曜、燃やせないごみは木曜、ちゃんと分別して捨ててね」

 段々オカンじみて来たな。

「わかりました」

「粗大ごみは毎月28日だから。ちゃんとシール買って張ってから出してね」

「わかりました」

 ・・・面倒くさくなってきた。

「お友達とか呼んでもいいけど、あんまりうるさくしないでね」

「了解っす」

「彼女とか。 ・・・連れ込まないでね」

 あ、今微妙に間が空いた。

「そんなんいない」

「じゃあ、変なお店の女の子呼んだりしないでね」

「ないっつーの」

 顔を覗き込んでみると、心なしか赤くなってるような気がする。

 ガクセーに何言ってんだこの人。

 その後もこまごまとした入居時の注意事項を滔々とまくし立てようとする。

 そろそろ限界が近づいて来たので、

「とりあえず、アパートにいこう。 寒い」

 強制的に止めた。

 彼女は話したりなかったようだが、オレもいい加減新居に入ってゆっくりしたい。

「・・・わかったよ。 じゃあ、ついてきて」

 そして由宇は、オレが歩いてきた道のりを辿るように歩き始めた。

「逆かよ」


 やっぱりオレの方向音痴は治ってなかった。



ノベルゲームはCGがあるので、背景描写が少ないのですよ。

小説にすると地の文を増やさなければいけないのですよ。

簡単に考えてたが、結構大変だわこれ。

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