はじまりのまえ
本編開始。
六家の一つ、紫神家の当主は向かいに座る娘の顔をじっと見つめた。
腰までの長い銀の髪を首の後ろで一つに束ね、動きやすい簡素な衣服を身につけている。
座っているためわかりにくいが、背丈は年の割にはかなり小柄のようだ。
「更紗」
「はい」
「お前も今年で十六になる。
精霊族が力の制御や妖について学ぶ、学園に入学できる年だ。
とはいえ本来なら、お前が学園で学ぶことなどもはやないといえる。
だが、お前に頼りたいことがある」
無言で見つめてくる更紗に、ため息を一つつく。
「このままでは、近いうちに世界が滅びる」
父である当主の言葉に、更紗は思わず息を呑む。
「滅び……ですか」
「そうだ」
「避ける方法はわかっているのでしょうか?」
「三つのひかりが鍵となっていることだけがわかっている」
「三つのひかり、ですか?」
「そうだ。そのうちの一つは、昨年黄神家に引き取られた娘だ。
お前も覚えているだろう。
二年前の妖大発生の時に、魔力を得たそうだ。
後天的に魔力を得た場合、先天的に持っていたものよりも魔力は強くなることが多い。
おまけにその娘は、金の神眼まで得たそうだ」
神眼、もしくは魔眼とよばれるものは、神族、魔族に稀に現れる特殊な能力。
魔力の流れが視えたり、外部の魔力を従わせたり、様々な力が現れる。
神眼は金、魔眼は銀の色彩の瞳を持つためにすぐに判る。
「その娘は、外部の魔力を自身の力に上乗せできるようなのだ」
「つまり、滅びを避けるための力を持っているということですか?」
「同時にその娘こそが滅びの鍵でもある。
占いによる先見によると、娘の死により世界が無になるようなのだ。
だからこそ、お前に任せたい。
私は残った二つひかりのうちの一つが、お前だと思うのだ」
更紗は自分の目もとにふれた。
そして父に微笑みかける。
「その役目、喜んで受けさせていただきます。
私はこの事情から、今まであまり多くの人とは関わらず生きてきました。
ですが、あの方と学園生活を過ごしてみたいと思っていたのです。
その願いがかなう以上、断る必要もございません。
できるかぎりのことをさせていただきます」
「そうか」
当主はほっとしたようにうなずいた。
「それで、もう一つのひかりについては判っているのしょうか?」
「おそらくは、”彼”だろう。
彼もまた、強い力を持っているからな」
「わかりました。
彼の力も借りて、その少女が自らを守れるだけの力を得られるように力を尽くします。
ところで、その少女のお名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」
「ああ、まだ言っていなかったか。
娘の名前は、春日姫華だ」
「春日姫華……」
更紗はそっと囁くと、晴れた空を見上げた。