星のかけらと僕たちと
五日目
ねえ、と声をかけた。宇宙人と地球人って違う?そう質問してみる。
「違う……と言いたいけど、本当は一緒かな」
でも、それなら地球人の男と女って違うみたいだ、と私は呟いた。
恋人と別れたんだ。
そう告げる。声に出していうだけで、ズンと重みが増す。
「それで?」
宇宙人が続きを促す。
ただ、それだけだよ。あっさりふられた。
酷いよね。呟くようにして、答えた。
「ふうん。でも、ね」
本当はすごく好きだったんでしょ?
知ってたんだ、と言った。声は震えてない、と思う。
「バレバレだよ」
と心の中を読んだように宇宙人が言う。やっぱり宇宙人には、心の中が読めるようだ。
「それじゃあ、最後の講義でもしようか」
――えっ?
本当は、聴きたくなかったんだと思う。宇宙人の声を聴きたくなかったし、何かを考えたくなかった。
けれど私を見つめる宇宙人の目は、まっすぐで、チカチカ瞬いているようで、私は結局頷いてしまった。
うん、教えてよ、って。
「それじゃあ、宇宙の始まりの話をしよう」
「この世の全てはビックバンから始まった。それは知っているかな。この宇宙は針の先より小さな点から生まれたんだ。そこから『宇宙』という存在は出来た。
この時、ビックバンは驚くべきプレゼントを生み出してくれたんだ。
水素とヘリウム、それからほんの少しの、リチウムっていう3つの元素をね」
急いで宇宙人の話を止める。意味が分からない。
「そう、初めの、147億年の前の時、宇宙はこの3つだけでできた。炭素も酸素もマグネシウムも、そこにはなかったんだ。世界は、これだけでしか構成されていなかったんだ。
君が驚くのも無理はないけどね。
初期の星はとても大きかった。質量、簡単にいうと重さが太陽の百五十倍はあっただろうって言われているんだ。
そういった星の運命は決まっている。太く、短く生きるんだ。だから彼らは、百万年しか生きなかったと言われている。
え? まさか。全然長くないんだよ、こんなの。
だって、君たちの太陽の寿命だって、九十億年あるっていうのに。
それから彼らは、激しい最期を遂げる」
宇宙人が、そっと目を閉じる。
「彼らは、爆発するんだ。爆発して、そしてブラックホールになる。
そして、新しい元素を生み出した。
最初は水素やヘリウムなんかより少し重たい元素を。そして二回目の爆発では、それよりもっと重たいのを。三回目では――そうして今の元素は出来た。
そうして、君の身体を組み立てているものが出来たんだ」
「君は、宇宙人と地球人は違うのか、って聞いたね。
僕たちは同じだよ、同じ、ものから全て出来ているんだ。
僕たちは皆、同じ星のかけらなんだよ」
星の、かけら。
声に出さず口の中で繰り返す。
「そうだ、僕たちは星から生まれたんだから。それから、死んだあと星に戻る。そして、次の星を生み出すかけらになる。
星に、宇宙人も地球人もないよ。男も女も、年上も年下もない」
「大体、僕たちに言わせてもらえるなら、君たちだって宇宙人なんだ。秒速30キロの宇宙船に乗ってる宇宙人なんだよ」
秒速30キロ?
「そう。君たちはこの宇宙の中を、『地球』と名付けた宇宙船に乗って冒険しているんだ。
それは秒速30キロも出る最新鋭のやつで、君たちは『月』と名付けた子機も持っている。
ね? 僕たちは、同じなんだ」
本当に、もう行くのか、と聞いた。
「もちろんだよ。それに、もう五日目だしね」
でも、親にはまだ見つかっていないじゃないか、と引き止める。
「駄目だよ、魔法をかけたのは五日間だけなんだ。……それに、そろそろ夏休みの課題だってやらなきゃいけないしね」
そういって宇宙人が笑う。私は、笑えない。
「うーん、どうだろう。会えるかどうか、ねえ?多分、もう会えないと僕は思うけど。
だって、言ったじゃない。僕たちが会える確率は奇跡としか言いようのないものなんだから」
だからって、と続けようとした言葉を遮られる。
「じゃあ、一つだけ会う方法を教えてあげる。
ギリシャのプラトンは、こういいました。
『考えなさい。人間が月に行くまで、肉体では何年もかかる。けれど、思考は。
考えた瞬間、月につく』
――考えるんだ。会いたくなったら、相手のことを考えるんだ。そしたら、僕は、確率論なんか吹っ飛ばしてあげるよ。いつでも、君の部屋のベッドに腰掛けている」
……ねえ。
「本当は、地球人でしょう?」
それを聴いて、宇宙人は笑った。
「さあ、どうだろう」
宇宙人が、窓枠に足をかける。
さよなら。そう呟いて私が瞬きした途端。
宇宙人は消えた。
窓から、探すなんて野暮な真似はしなかった。宇宙人に会った、なんて変なことも言わない。今日も、私はあの窓枠から星空を見上げるだけだ。
机の上には、あの宇宙人の置き土産。橙色した大学ノート。
中に書かれていたのは、沢山のスケッチと、無数の三角形。
私は今日も、あの宇宙人に会う。
頭の中で形を思い浮かべて、笑いながら心の中で問いかける。
「ねえ、今度はいつ会いに来てくれるの?」
[Fin.]




