物理学者、と君が言う
二日目
夜。
「ずっと考えていたのだけど」
ワークの61ページ目に手が届いたとき、突然宇宙人がそういった。
「君が、いや君たちが『数学が苦手だ』と感じてしまうのは、数学者に数学を教えられたからなのだろうね」
首を傾げて目の前の宇宙人を見る。
「数学者の話はこうだ。
『数字の世界にあやふや、なんて言葉はない。答えはいつも一つで、それが変わることはない。その数字が、真実なんだ』
数学者はいつもそういう。だから君は数学が出来ないんだ」
にやりとして笑われる。
「君が物理学者、例えばエンリコ・フェルミなんかに教わってたら、君はきっと今頃数学が好きで好きでたまらかっただろうに」
物理学者に、数学を?そもそもエンリコ・フェルミとは?
「ははっ、わけがわからないって顔をしているね。数学者はいつも答えは一つだと言うだろう?けれど物理学者や、それに天文学者なんかにとっちゃ、正解なんて山ほどあるんだ。フェルミの名言にこういうのがある……
物理学者はどんな問いにも答えられなければならない」
「ここで重要なのは、ぴったり正解を出すことじゃない。出すまでのルートを導くこと。そしてそのためには――これは驚くべきことなんだが――数の桁さえ気にしていればいいんだ」
数の、桁?
「そう。これは難しいから後で教えてあげよう。
いいかい?数学者っていうものは数を正確にとらえることが一番重要なんだ。だから彼らは些細なミスも許さず、生徒にたった一つの答えしか出ないように求める。
けれど数学者以外、そう、例えば天文学者なんかには細かい数字なんてどうでもいいんだ」
数の大きさが大事ということなのだろうか?
「そうそうそういうこと。天文学に、2とか3とか、そんな数は気にする必要ない。20、30、200、300だって関係ない。
例えば、君、この地球が属している銀河と、一番近い銀河の間にはどのくらいの距離があると思う?」
そんなこと言われたって大阪と東京の距離さえ分からない私には見当もつかない。とりあえず、一兆、と答えてみる。一兆キロ。うん、とてつもなく長そうだ。
「正解は、約230光年だよ」
光年って分かるかな?と聞かれ、ふるふると首を振る。
「光が、一年間に進む距離、って言ったら分かるかな?きっと聞いたことあると思うけど。例えば光は、一秒間に地球を7周半回る、とか」
ね?
宇宙人が小首を傾げる。
「1光年、その長さは――9兆4600億キロ」
宇宙人がメモにゼロを沢山書く。1、2、3、4……ぴったり10個書いて、ゼロの羅列は止まった。
「だから、もし数学が嫌になったら天文学でもやるといいよ。僕はそれをオススメするね」
そういって宇宙人はくすっと笑った。




