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初めまして、と宇宙人


 あの時の青が、まだ忘れられないんです。



 それは蝉しぐれが鳴りやまない頃で、リビングで私は雑誌を広げていて、そしたら。

 暗黒色と、赤と黄色と紫とピンクと緑とオレンジと、それから無数の、蒼と藍と青。


 初めて見た宇宙は、私にとって宝石のようでした。

 端っこがしわくちゃになって、そのページが取れそうになっても、それでも私はその本を繰り返し繰り返し眺めていました。

今となっては、もう、どこにあるのかもわかりません。




 カチャ、とドアを開けた、その3メートル先に。

 誰かが、私のベッドに腰掛けていた。



「驚かせて、ごめんね」

その人はこちらへ身体を向けると申し訳なさそうな顔をした。

 果たしてこういう時どうしたら良いものか。不審者が私の部屋に侵入している。けれど頭のおかしそうな人間でも、変態な人間でもないようだ。

 だって、

 「どうも、初めまして。宇宙人です」

 と、そいつが自己紹介したからだ。





 実に異様な空間がそこに存在している。自分の部屋だというのに、私は床に正座をしていて、自らを宇宙人だと名乗るその人は私お気に入りのベッドでくつろいでいる。

 「だからね、僕が宇宙人だということはどうやっても証明出来ないんだ」

 やれやれという風に首をふる姿はまるで聞き分けの悪い子供に辛抱強く教えている先生のようだ。

「今の僕は完全に地球人に擬態しているし、元来それぞれの星には辿るべき進化の過程というのがある。だから君の言うとおりに最先端の技術を見せびらかすわけにはいけないんだ」

 それに僕は、地球に観光をしに来ただけの一介の宇宙人でしかないのだから。その人は、そういって薄く笑った。


 言いたいことは沢山あった。宇宙人がなぜこんなところにいるのだ。アメリカに行かなくていいのか。そもそも地球にいることをばらしてはいけないのではないか。大体宇宙人だといっても、他人の敷地内にいるのは不法侵入ではないのか。


 けれどそこにいる宇宙人はまた薄く笑って言った。

 「いいんだよ、僕は宇宙人代表として地球に来たんじゃない。ただ遊びに来たんだ。だから、ホームステイ先を探していたって普通だろ?」

 明らかにおかしいのに、夏の暑さのせいだろうか。こくり、と私はうなずいてしまった。

 「そうだろう、そうだろう。僕はただ五日間ここに居させてもらえればいい。君が、もし夜に僕がここにいるのが嫌なら、夜だけ外に出ていたって良い。食事もいらない」

 親はどうするのだ、と私が聞く。

 「簡単なことだよ。宇宙人の力をもってしたら親ごとき、さ。

――五日間だけ、君の部屋には入れないようにしてしまおう。なに、ほんの五日間そんな魔法をかけるだけさ」


 もしかしたらその時、既に私にもその宇宙人の魔法はかかっていたのかもしれない。その人が宇宙人だなんて、半分くらいしか信じていなかったのに。

 その日から、私と宇宙人の奇妙な共同生活が始まった。



 約束通り、宇宙人は昨日の夜はどこかへ行っていたようだった。私の目の前で窓枠に足をかけ、そこからとんぱらり、とでもいう風に飛び降りて。


 私の部屋は、二階だというのに。

 驚いて下をのぞき込む。もしかしたら足を挫いているかもしれない。いや、挫くだけではすまないだろう。私は必死で宇宙人を探す。


 地球人が、宇宙人を探す。

 するとそこには街灯の光に照らされつつ、こちらへウインクを送ってくる宇宙人が一人。そういえば、そもそもあの人と私が初めて会ったのも二階の、私の部屋で、だった。きっと不法侵入をした際にも何かしらの方法を使ったのだろう。

 それに気づいて、なんだか私も笑いたくなった。






一日目


 「何をしているんだい」

 宇宙人は勉強机にてせっせせっせと筆を走らせている私に不思議そうに言った。きっとこの宇宙人がいる惑星の夏休みには宿題がないのだろう。

 私が解いている数学を見て、宇宙人が言った。

 「これは、なんなんだ?」

 ……。


 はあ、とため息をついた。やっぱりこの人は地球人だった。残念だった。

 だってあの有能で天才的でクレバーな宇宙人ともあろう人が、まさかこんなセリフを言うはずなんてない。所詮この人はただの地球人だった。本当に、残念だった。

 「君は今、とても失礼なことを考えているよ」

 私のほうががっかりしているというのに、なんなのだ。目の前の一般人も「がっかり」という副詞が似合いそうな顔をしている。


 「地球人は何でも自分を中心として考えるから困るね。きっと君みたいな人が沢山いるから天動説なんてものも生まれたんだろう」

 思わず眉を寄せる。唇を突き出す。

 そんな私を見て、宇宙人はフッと笑った。

 「……君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな。

 地球人は、どうやって息をするんだろうか」

 そんな簡単なこと、と言おうとしてやめた。正確に言う事が出来なかった。


 息をするということはどういうことだろうか。まず鼻に力を入れて、いや肺を広げて、いやそれとも横隔膜を下げるのか。いつもしていることなのに、説明することが出来ない。

 いや、やることは出来るのに、当たり前すぎて説明が出来ない。だって、こんなことは誰にでもできる。生まれた時から出来ることを、説明するなんて誰も出来ない。

 「つまりは、そういうことだよ」

 固まってしまった私を見て、宇宙人は楽しそうに笑った。


 「こんなもの、僕たちは理解できないんだ。あまりにも当たり前すぎて、なぜこのことを証明しようとしているかが分からない。そういうことだよ」

 ふーん、と頷いた。分からなくもない。けれど少しだけ悔しい。

 「でも、当たり前のことを考えるのも結構面白いかもしれない。ねえ、僕も一緒にやっていいかな」


 宇宙人の教える数学と言うのは、物理学にも天文学にも通じていて、それはそれでなかなかに面白く、そしてとても分かりやすかった。





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