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僕と彼女の話。  作者: 僕
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口論の末に

何でそんなことをしたのかわからない。

あえて理由を挙げるならば、僕にやるべきことが無くなったからだろう。

狭いワンルーム、壁紙を剥がしてみると、そこには黒く滲んだシミがあった。

縦に長い楕円型、まるで人の顔のような、シミ。

長い鼻、小さい唇。まるで彼女のような顔がそこにはあった。

僕は怖くて、でも少し嬉しくて、壁紙を元に戻すと、すぐにベッドで目を閉じた。


次の日の朝、気怠い身体を起こして再び壁紙をめくった。

そこには無機質な壁があるばかりだった。

何処を見ても昨夜見た黒い顔は、まるでそれが儚く拙い幻だったかのように、姿を消した。

念のため壁紙の裏も覗いてみたが、もちろんそこには何も無かった。


仕方がないので剥がれた壁紙をそのままに、座り心地の悪いテーブルについて、朝食を食べることにした。

トーストをかじりながら苦めに淹れたコーヒーをなめる。

鍋に残っていたミネストローネを小洒落た器に盛り、ピンクの柄の小さなスプーンでそれを口に運ぶ。

「うぷっ」

口の中に広がる刺激に思わず、含んだものを吐き出しそうになってしまった。

じわじわと口腔が痺れていくのが分かる。

たまらずコーヒーを大口であおる。

麻酔のような痛みがやんわりと引いていき、その後に残ったものは熱さ、辛さだ。

しまった、と僕は自分の勘違いに気づいた。

これはミネストローネではなくロシアの激辛スープ、ボルシチだ。

そういえば、と未だに口に残るひりひりとした感触に汗をかきながら、僕は思い出した。

――彼女は辛い物が好きだったな。

初めて二人きりで食事をしたイタリアンで、皿が染まるほどにタバスコをかけている彼女に思わず絶句したことを思い出して口元が緩んだ。

汗が頬を伝って顎から滴る。

蒼いリボンがあしらわれたランチョンマットに落ちた滴は、ゆっくりとその色を濃く滲ませて、ちょうど昨夜のシミのようになった。

その顔は笑っているのか、怒っているのか、それとも悲しんでいるのだろうか。

座ったまま後ろを振り返ると、変わらず無様にその身を露わにしてる壁がある。

やはり、そこには何もない。

きっともう現れることもないだろう。


僕は、まだベッドで冷たく横になっている彼女を横目に、再びトーストにかじりついた。

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