でんでん虫の殻の中
でんでんむしのでん子さんは、あるとき自分の背負っている大きな殻の中には、悲しみがいっぱい詰まっているのだと気がつきました。
お友達を訪ね、その事を話しましたら、皆は一様に「わたしもそうよ」と言いました。
『悲しみを背負って生きるのは自分ばかりではない。私もしっかり生きなければ』
でん子さんはそう自分に言い聞かせて、家に帰っていきました。
ですが悲しみはやっぱり痛いのです。
でん子さんはひとりぼっちで悲しみに耐えていました。
やがて雨が降り出しました。
もうすぐ夏だというのに、それは冷たい冷たい雨でした。
でん子さんは殻の中に閉じこもりました。
あじさいの葉が、そんなでん子さんを優しく包んでやりました。
でん子さんの殻の中は真っ暗でした。
その殻のなかにある悲しみをひとつひとつ思い出すと、でん子さんの目から涙が溢れました。
「うわーん、うわーん」
でん子さんは殻の中で泣きました。
大きな声で泣きました。
大粒の涙をぽろぽろ。
たくさん、たくさん泣きました。
するとでん子さんの殻の中は涙でいっぱいになりました。
涙はあたたかくて、まるで温泉のようです。
でん子さんは涙の温泉に浸かっていると、すこし心が楽になりました。
次の朝、でん子さんは大きな泣き声で目をさましました。
「うわーん、うわーん」
あじさいの木の下で泣いているのは、でんでんむしのでん美さんでした。
「でん美さ~ん、どうして泣いているのですか?」
でん子さんが尋ねますと
「私のお母さんが背負っている殻の中には、悲しみがいっぱいつまっているのです。だからお母さんはいつも泣いています。そんなお母さんを見ていると私も悲しくなって、泣いていたのです」
「そうなのですか、悲しいのはつらいですね。私もあなたと一緒に泣きましょう」
でん子さんはでん美さんと一緒に泣きました。
「うわーん、うわーん」
大きな声で泣きました。
大粒の涙をぽろぽろ。
たくさん、たくさん泣きました。
やがて心が少し楽になると、でん子さんは言いました。
「私の殻にも悲しみがいっぱい詰まっています。だから私にはあなたのお母さんの気持ちがわかるのです。今からあなたのお母さんのところに行ってその悲しい気持ちを聞いてあげましょう。そして一緒に泣いてあげましょう」
二人はでん美さんのお母さんのところに行きました。
そしてでん美さんのお母さんの話を聞いて、三人で思いっきり泣きました。
大きな声で泣きました。
大粒の涙をぽろぽろ。
たくさん、たくさん泣きました。
あんまり泣いたので、あたりに涙の温泉ができました。
三人で涙の温泉に浸かっていると、とっても気持ちが良くなってきました。
「涙の温泉っていうのは、気持ちのいいものだね」
でん美さんのお母さんが言いました。
でん美さんのお母さんに笑顔が戻りました。
その笑顔を見て、でん美さんは笑顔になりました。
「一緒に泣いてくれてありがとう」
二人はでん子さんにお礼をいいました。
いつの間にか雨はやみ、あじさいの森には、きらきらとした虹がかかっていました。
そしてでん子さんは気がつきました。
雨がふったからこそ虹が出るように、この背中に背負う悲しみが、いつか誰かを幸せにするのだと。
そしてそれはこの虹のように、きっととても素敵なものなのだということに。
悲しみは実は幸せのたまごだということに。