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『氷の女帝』と呼ばれる大人気VTuber(幼馴染)、配信切り忘れで「湊くん好きぃ…結婚したい…」というガチ恋独り言が全世界に流出。俺、社会的に死ぬかと思ったら、なぜか国民に祝福された件

作者: 東雲みどり
掲載日:2026/01/24

1 :名無しのリスナー

 おい今の聞いたか?

 「結婚したい」って言ったぞあのクール女帝が

2 :名無しのリスナー

 聞いた

 俺の鼓膜が溶けた

 あんな甘ったるい猫なで声出るんかよ……

3 :名無しのリスナー

 相手誰だよ「みなと」って

 裏方か? 許せねぇ特定班急げ!!!

4 :名無しのリスナー

 >>3

 待て、ちょっと冷静になれ

 今日のライブの音響、神がかってたろ?

 最後のエラーが出るまでの機材回し、あれプロの仕業だぞ

 たぶんその「みなと」ってのが専属エンジニアだ

5 :名無しのリスナー

 (配信音声)『ねぇー、湊のパーカーの匂い落ち着くぅ……すーはー……』

6 :名無しのリスナー

 うわああああああああああああああああ(尊死)

7 :名無しのリスナー

 あかん、これもう実質結婚会見だろ

 俺たちの負けだ、祝儀のスパチャ投げる準備しとけ

 スマホの画面を埋め尽くす、阿鼻叫喚と――意外なほどの「祝福」の嵐。

 俺、影山かげやまみなとは、トレンド一位に躍り出た『#セツナちゃん放送事故』のタグを見つめながら、頭を抱えて呻いた。

「……終わった。俺の平穏な裏方人生、完全に終わった……」

 だが、そんな俺の絶望など露知らず。

 元凶である国民的VTuber『白雪セツナ』こと、幼馴染の天音あまね真白ましろは、俺のベッドの上でタオルケットにくるまりながら、幸せそうな寝息を立てていた。

 これは、クールで孤高と恐れられる「氷の女帝」が、実はただの「甘えん坊なポンコツ」であることが全世界にバレてしまい――。

 それを支え続けてきた俺が、なぜか国民公認の「プロ彼氏」として崇められることになる、数時間の出来事だ。

 時計の針を、少しだけ戻そう。

 まだ彼女が「女帝」の皮を被っていた、数時間前のライブ配信へ。

「――というわけで、今日は三周年記念ライブに来てくれてありがとう。スパチャも……うん、後で確認する。あんまり無理して投げなくていいから」

 防音室のモニター越しに、透き通るようなアルトボイスが響く。

 画面の中で銀髪の美女アバターを纏っているのは、今や登録者数三〇〇万人を超えるトップVTuber、『白雪セツナ』だ。

 媚びない。笑わない。群れない。

 その徹底した「塩対応」と、圧倒的な歌唱力で人気を博した彼女は、今夜の記念配信でも同接一五万人という化け物じみた数字を叩き出していた。

(……ふぅ。音響バランスよし。サーバー負荷もギリギリ耐えてるな)

 その配信を裏で支えているのが、俺だ。

 幼馴染であり、腐れ縁であり、彼女の部屋の隣に住んでいるしがない会社員兼、専属エンジニア。

 彼女の繊細な声を、ノイズ一つなくクリアに世界へ届けるために、俺は自作のミキシングソフトを走らせ、常に波形を監視している。

「それじゃ、今日はもう切るわ。……おやすみ」

 画面の中のセツナが、ぶっきらぼうに手を振る。

 コメント欄が『セツナ様踏んで!』『今日も冷たくて最高』『おつセツナ!』という文字で埋め尽くされる中、俺は配信ソフトの『切断』ボタンをクリックした。

 画面上のインジケーターが消灯し、配信中ランプが消える。

「よし、終了。お疲れ、真白」

 俺はヘッドセットを外し、大きく伸びをした。

 緊張感からの解放。と同時に、強烈な尿意が襲ってくる。

 十二万人の前でミスは許されないというプレッシャーからか、二時間の配信中、ずっとトイレを我慢していたのだ。

「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」

 俺は防音室のマイクに向かってそう言い残し、急いで部屋を出た。

 ――それが、運命の分かれ道だった。

 俺が部屋を出た直後。PC画面の片隅で、配信ソフトが『エラー:切断処理にタイムラグが発生しました。再接続します』という小さなダイアログを出したことに、気づく者はいなかった。

 そして。

 俺の部屋と繋がっている防音扉が開き、配信が終わったと思って完全に気を抜いた真白が、とてとてと入ってくる。

 ゴトっ、と高性能マイクに何かが当たる音。

 それは世界中の一五万人のスピーカーから、鮮明に再生された。

『ん〜〜〜っ! 終わったぁ〜! 緊張したぁ〜〜!』

 いつものクールで低めのアルトボイスではない。

 砂糖を煮詰めて蜂蜜をかけ、さらに練乳をトッピングしたような、とろとろの甘え声。

『ねぇ湊ぉ〜、どこ〜? 早くよしよししてよぉ……』

『今日ね、コメントで「愛してる」っていっぱい言われたけど、私の心臓は湊専用なんだよなぁ……』

 ――コメント欄の流れが、ピタリと止まった。

『あ、湊のパーカー脱ぎ捨ててある。くんくん……はぁぁ、落ち着く匂い……』

『もう湊のお嫁さんになりたい。配信とかどうでもいいから、毎日お味噌汁作ってあげたい……』

 その直後。

 滝のような勢いで、文字の奔流が画面を埋め尽くした。

 阿鼻叫喚ではない。「尊い」「なんだその可愛い生き物は」「ギャップ萌えで死ぬ」という、オタクたちの断末魔だ。

 そんなことになっているとは露知らず、トイレから戻ってきた俺は、防音室のドアを開けた。

「ふぅ……すっきりした。真白、夜食になんか作るか?」

 俺が声をかけた瞬間。

 パーカーの匂いを嗅いでいた真白が、弾かれたように顔を上げ、俺の腹に飛びついてきた。

「みなとぉぉぉ!! 充電切れちゃう! 補充! 湊成分補充させて!!」

「ぐふっ!? お前、勢いよすぎだろ……てか、配信終わった直後にベタベタすんなって」

「やだ! 今日すごい頑張ったもん! 褒めてくれないと死んじゃう!」

 俺の胸に顔を埋め、グリグリと擦り付けてくる真白。

 その姿は、孤高の女帝どころか、飼い主にじゃれつく甘えん坊の猫そのものだ。

「はいはい、偉い偉い。今日の歌も最高だったぞ」

「えへへ……湊に褒められたぁ……好き。大好き。ねぇ、ちゅーして?」

「しない」

「ケチ! クーリングオフ! ……じゃあ、今日は一緒に寝てくれるまで離さないから」

 そう言って、彼女は俺の腰に足を絡めつき、全体重を預けてくる。

「……はぁ。しょうがないな」

 俺は苦笑しながら、ふとPC画面を見た。

 そして、凍りついた。

 ――配信中ランプが、赤く点灯している。

 ――同接数が、一五万人から二〇万人に跳ね上がっている。

 ――コメント欄が、あまりの速度で流れていて読めない。

「……え?」

 俺の思考が停止するのと、真白が俺の顔色の変化に気づくのは同時だった。

 彼女は俺の視線を追い、PC画面を見て、そして自分の置かれている状況を理解した。

『あ』

 世界中に響く、間の抜けた声。

 俺は震える手でマウスを掴み、今度こそ確実に配信を強制終了させた。

 プツン、という音と共に画面が暗転する。

 あとに残されたのは、真っ白に燃え尽きた俺と、顔を真っ赤にして涙目になっている「元・氷の女帝」だけだった。

 そして、翌朝。

 俺は覚悟を決めて、恐る恐るSNSを開いた。

 昨夜のあれは、完全にファンへの裏切りだ。

 炎上は避けられない。特定されて、俺の個人情報が晒されるかもしれない。

 最悪の場合、真白の活動引退も――。

 しかし。

『セツナちゃん、裏ではあんなに可愛かったのか……推せる』

『湊って彼氏、あの状況で即座に「夜食作るか?」って言えるのスパダリ(スーパーダーリン)すぎんか?』

『放送事故のログ聞いたけど、彼氏の声がイケボすぎて嫉妬する気も起きない』

『氷の女帝を支える最強の裏方……いいな、そういう関係』

『【朗報】俺たちの推し、変な男に引っかかっているのではなく、有能な幼馴染に守られているだけだった』

「……は?」

 そこにあったのは、称賛と祝福、そして生温かい目線だった。

 どうやら、俺が長年真白の機材メンテや動画編集、さらには家事全般をこなしていたことが(特定班によって)バレてしまい、「彼ならセツナちゃんを任せられる」という謎の信頼を勝ち取ってしまったらしい。

「んぅ……湊ぃ……おはよぉ……」

 隣で寝ていた真白が、むくりと起き上がる。

 彼女はスマホを覗き込み、状況を把握すると――ニカっと、悪戯っぽく笑った。

「なんだ、バレちゃったなら仕方ないね! もう隠さなくていいんだ!」

「……お前なぁ、反省とかないのかよ」

「ない! だって私、湊のこと世界で一番好きだもん! それをみんなに自慢できて嬉しい!」

 開き直った彼女は最強だった。

 その日の夜に行われた「謝罪配信」は、謝罪とは名ばかりの、ただの「彼氏自慢配信」となり、過去最高益のスーパーチャットを叩き出すことになるのだが――それはまた、別の話。

 とりあえず俺は、これからもこの「甘えん坊な女帝」を、一番近くで支えていくことになりそうだ。

 ……まぁ、それも悪くないか。

(了)


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