第八話:沈黙の守人
黒江堂・夜。 静馬は、展示室の仮面を一枚ずつ磨いていた。 指先に伝わる微かな凹み、裏面に残された古い墨跡―― それらは、語られなかった記憶の痕跡だった。
三宅恒彦が死んだ日。 静馬は、彼の足音を聞いていた。 展示室に入る前、三宅は一枚の仮面を見つめながら、こう言った。
「語るべきだと思うんだよ。 あの仮面の出所も、澄子の沈黙も」
静馬は、答えなかった。 ただ、仮面を棚に戻しただけだった。
「語れば、誰かが壊れる。 語らなければ、誰かが忘れられる。 私は、守ることを選んだ」
三宅が倒れた時、静馬は展示室の隅にいた。 彼の手に握られていた紙片――それは、静馬が書いたものではなかった。 だが、そこに記された言葉は、彼自身の沈黙を映すようだった。
「語る者は、仮面を剥がされる」
椿子が現れた時、静馬は彼女の目に“問い”を見た。 それは、真実を暴く者の目ではなく、沈黙を理解しようとする者の目だった。
彼女が言った。
「あなたは、誰を守ったのですか?」
静馬は、答えた。
「澄子様を。 彼女が語らなかったことを、誰にも語らせないために」
だが、心の奥では、別の声が響いていた。
「私は、椿子様をも守ろうとしていたのかもしれない。 語ることの重さを、彼女が知る前に」
椿子が報告書をまとめ、手紙を送ってきた夜。 静馬は、それを読みながら、仮面の棚に一枚の空白を残した。
「この場所は、語られなかった者のために。 そして、語ることを選んだ者のために」
彼は、椿子の手紙を仮面の裏にそっと挟んだ。 それは、沈黙と語りのあいだにある“理解”の証だった。




