第七話:沈黙を支える者、正義の境界に立つ者
帝都・朝霧邸。 椿子が報告書をまとめる姿を、藤村は静かに見守っていた。 彼女の筆は、以前よりも柔らかく、慎重になっているように見えた。
「椿子様は、変わられた。 かつては、真実を暴くことに迷いがなかった。 今は、語ることの重さを知っている」
三宅恒彦の死。 静馬の沈黙。 そして、椿子の選択。
藤村は、報告書を受け取るとき、彼女の目に宿る“揺らぎ”を感じ取っていた。
「彼女は、探偵でありながら、誰かの沈黙を守ろうとしている。 それは、語ることの責任を知った者の目だ」
彼は、封筒を手にしながら、心の中で誓った。
「私は、椿子様の“語り”を守る。 それが、沈黙の中にある真実を照らす光になるなら」
帝都警察・資料室。 神崎は、三宅恒彦の死因報告を読みながら、椿子の推理を思い返していた。
「毒物。仮面。警告の紙片。 だが、犯人は不明。 そして、椿子は“語らないこと”を選んだ」
彼にとって、真実は“明らかにするもの”だった。 だが、椿子はそれを“選び取るもの”として扱っていた。
「彼女は、正義を執行する者ではない。 彼女は、正義の“形”を選ぶ者だ」
神崎は、静馬の沈黙に対して、まだ疑念を抱いていた。 だが、椿子の言葉――「誰かを裁くためではなく、誰かを赦すために語る」――が、彼の中に残っていた。
「俺は、語ることで誰かを守ってきた。 でも、語らないことで守れるものがあるなら―― それを選べる者がいても、いいのかもしれない」
神崎は、報告書の末尾に添えられた椿子の一文を見つめながら、静かに息を吐いた。




