目覚めは木漏れ日の下で
暖かな陽射しが頬を撫でる。
細目で見れば、雲一つない晴々とした空が見える。
昼寝なんていつぶりだろう、小学校の頃だっけ。
馬鹿みたいに遊んで、食べて、寝て。
学ぶ事の大切さも後悔も何も知らなかった。
後から、周りとの学力の差に気づいて焦ったけど、結局追いつく事なんてないまま卒業式を迎えていた
大人になっても後悔の繰り返し。
とんだブラック企業に入って、
「労働なんてクソ!!!」
って、何回叫んだんだろ。
フラフラとした足取りでやっと家に帰って、そんな私を癒してくれるのは所謂、『乙女ゲーム』だった。
こんな企業で素敵な出会いなんてある訳ない。
クソ上司は余る程いるのに、イケメンといったら全くいない。おじさんに囲まれて濁っていく心を、イケメン達に癒してもらうのが私の日課だった。
そして、私は後悔する事になる。
でも、今回は悪くないと思う。うん、悪くない。
これはもう事故。
上から暴走機関車が私の頭目掛けて落ちてきたってぐらい私に非のない事故。
先程言ったように、私は乙女ゲームを嗜む社畜。
だが、病んでいたのだろうか…?今更解析しようともこの状況が変わることはないのだが…。
『ヤンデレ』が好きだった。
あーー、働きたくない!一生面倒見て欲しい!
ゴロゴロする姿も全肯定してくれるぐらい愛して欲しい!恋愛不足か何だか知らないが、愛の重い男達のゲームにずぶずぶハマっていった私は、今日、新作のヤンデレ乙女ゲームをやるつもりだった。つもりだった。
届いた荷物を取りに行って、玄関に着いた時。
溜まりに溜まった疲労が火を吹き、私は寝落ちした。
あーー、やりたかった。予告編で大注目された完全新作乙女ゲーム。スチルの出来栄えも良いし、どのエンドにいってもヤンデレだらけなの最高だし。
別に今からやれば良いだろと思う人、私もそうしたかった。
何故出来なかったのか。理由は単純、
起きたら野原の上でお昼寝してた。
うん、何でだろう。夜…だったよね?というかここどこ?チラリと自身を見れば、それはそれは豪勢なドレスに身を包んでいた。フリルの間からチラリと覗く足は華奢で、視界の端を陣取る髪は真っ黒。
そこでもう一度思う。
(え、…え?え!え?何これ、?)
私の髪はロングだった筈だ。なのに今は肩を掠める程度。ポケットに入っていたまた高そうな鏡を見れば、
「誰…って、主人公!?」
肩までの光を通さない漆黒の髪。一際存在感を放つ紫色の瞳。一周回って動きづらい程のフリルのついた水色のドレス。
さて、ここで一つ問題がある。
普通の乙女ゲームの主人公に成り代わった場合、会社からの解放に加えて、イケメン達とキャッキャうふふ。前よりも良い生活が待っているだろう。
しかし、私はお約束を知っている。
こういう系は大体、記憶の途切れる寸前にやろうとした乙女ゲームの中に行くと…。そして、この見た目。
はい、 バリバリ鬼畜ヤンデレ乙女ゲームの主人公!
寝落ちする前に、マンションの1回のロッカーからせっせこ持ってきたやつですね。PVは何回も見た、主人公の見た目を間違える筈がない。
泣きたい、号泣したままでんぐり返ししたい。
そのままバク転して、ゴリラの物真似したい。
そりゃね、主人公いいな〜…。とかあったよ!?
あったけどさ、本当に体験するのは違うじゃん。
実際、誘拐監禁拘束洗脳は犯罪にしかなりません。
どう足掻いても犯罪です。
見るのとやられるのは違う、絶対。
絶対に越えられない壁がある。
犯罪……駄目絶対。
そんなこんなでこの現状。
このまま行くと誰か一人といい感じになり、それをみた他の人が嫉妬して…Bad end、のルートに直行確定演出。待ち構えるは永遠の監禁。好きでもない相手に一生を捧げられるほどのお人好しではない。というか、自分の体でストックホルム症候群を体験したいとは微塵も思わない。多分、そんな人はいない。
何が楽しくてこっちの世界でも拘束されなきゃいけないんだ!人生楽しんだもん勝ち、そして私は自由を愛する女。
『お嬢様ーーッ!アラド王子様がいらっしゃいましたよ!』
メイド(?)の声が聞こえてきた。お嬢様…とは、大方私を指しているのだろう。そして、王子の来客。これはきっとイベント、ここでの対応がこの先をかえるといっても過言ではない。
数分先、何がどうなってるかなんて分からないけど、絶対に回避してみせる。恋愛フラグはぶった斬れ、友人ぐらいにはなってあげてもよろしくてよ!!
うん、お嬢様言葉は初めてにしては上出来。
ギュッと拳を握り締め、戦場に向かうかのような顔つきで屋敷へと向かう。そこには、可愛さなど微塵もない。顔とのギャップでドレスが泣いている。
そして、彼女は気づく。
「何処から入ったらいいんだろ…?」
屋敷はあまりにも大きく、至る所に装飾がされている。勿論、彼女にはこの世界でのこれまでの記憶など全くない。
つまり、どこから入ってどこに行けばいいかなど知っている訳が無いのである。
拳はもう、解けてダラッとしていた。
これが、中身は32才の迷子誕生の瞬間である。




