第18話 皇帝からの使者
帝都神殿の最高位、そして皇帝直属の記録官――
その名を冠する者が、エルンスト家の門をくぐったというだけで、邸の空気はひどく張りつめた。
それは力による威圧ではない。
だが、“見る”という行為が、時として最も鋭利な干渉になることを、ここにいる誰もが理解していた。
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「アルヴィス様は、今どちらに?」
応接間に通された記録官――ヴァルティナ・セイリスは、神殿色の外套に皇帝紋の小章を佩き、落ち着いた声で尋ねた。
灰銀の髪に、淡い青の瞳。その口元には敬意と静かな探求心。
“記すために存在する者”――まさにその象徴であった。
「書庫にて、魔術構文の解析を行っております」
応じたのは執事長クラウス。
その声音には警戒が混じりつつも“誇り”が先んじていた。
「“学ぶ”とは……やはり、彼の本質はそこにあるのですね」
ヴァルティナは目を伏せ、呟いた。
「“見る”ことが記録官の務めであるならば、私は今日、“証言者”としてここに在るのでしょう。
――皇帝陛下より、“その目で記せ”との命を預かっております」
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書庫の扉が静かに開かれた。
私は、本を閉じ、顔を上げた。
そこに立っていたのは、見知らぬ女性。
だが、その身に纏う魔素の揺らぎに、“王宮と神殿の両方”の風を感じ、すぐに立ち位置を察した。
「初めまして、アルヴィス様。
私は帝国記録局、皇帝直属の記録官、ヴァルティナ・セイリスと申します」
彼女は私の前で、静かに一礼した。
「今日は、あなたの中に流れる“魔素の形”を、見せていただければと。
それは、あなたを縛るためではなく、未来を記すために」
私は何も言わなかったが、魔素をわずかに揺らし、“理解”と“了承”の意を伝えた。
彼女の瞳が一瞬だけ揺れた。
けれど、それ以上は何も言わず、儀式の準備に移った。
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観測器具は、神殿特製の高位魔道具で構成されていた。
空間属性の結界内に魔素を流し、その偏向や応答性から術者の“素質”を読み取る仕組みである。
私は両手を器に乗せ、魔素を送り込む。
すると――結晶球が静かに発光を始めた。
赤、青、緑、茶、白、黒、黄、銀。
炎・水・風・地・光・闇・雷・氷の八属性。
さらに、それらの内から滲み出すように現れた四つの光。
精神、空間、時間、そして――創造。
「……全属性、完全共鳴……しかも高位四属性まで……」
ヴァルティナが目を伏せ、そっと息を飲んだ。
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観測を終え、器具を閉じた彼女が、ひとつだけと前置きして言った。
「あなたは……“恐れられている”ことを、どう思われますか?」
その言葉に、私は目を細める。
「理解してるよ。
怖がられる理由も、距離を取られる意味も……その全部」
私は、自分の胸元に手を置いた。
「でも、私はそれを拒まない。
“そういう存在であること”も、未来に必要なら引き受ける」
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夜。私は書斎で一人、星を見ていた。
記録官が去ったあとも、屋敷には言葉にならない静けさが漂っていた。
母セシリアと父ジークフリートは、まだ会談をしているらしい。
ソフィアはすでに隣室で寝息を立てている。静かで、あたたかい。
けれど、私の胸の奥は、どこか冷たかった。
――この“特異”は、きっと消えない。
私は知っている。
私の“本当”は、この世界の誰とも違う。
転生――そう呼ばれる現象が、私に与えた記憶と視点。
だからこそ、私は誰よりも早く、正しく選ばなければならない。
何を創り、何を壊し、何を遺すのか。
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その夜、記録官ヴァルティナは書を閉じ、筆を置いていた。
「――この子は、ただの奇跡ではない。
“記す”に値する、“理を歩む者”だ」
窓の外で、帝都の空が淡く輝いた。
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