第11話 魔導師範の試し
<カクヨムで先行配信してます>
朝靄がゆるやかに晴れ、陽光がエルンスト邸の中庭を照らし始めたころ、私のもとに一人の客人が現れた。
「帝国魔導学院より参りました。魔導師範、エリオス・ラインフェルトと申します」
銀糸をあしらった濃紺の礼装に身を包んだその男は、私よりもずっと年上で、三十代半ばといったところだった。
細身で端正な顔立ち。口調は静かだが、瞳の奥に強い光を宿している。
父ジークフリートの前で深々と頭を下げた後、エリオスの視線は私に向けられた。
「……こちらが、アルヴィス様」
「うん、はじめまして」
私は静かに一礼を返す。
エリオスの魔素は洗練されていた。だが、私のそれと相反する気配でもあった。
「本日は、学院よりの依頼にて、坊ちゃまの魔導理解度と適性について、確認させていただく所存です。……形式ばった話になりますが、何卒お付き合い願えれば」
「わかった。試されるのは、嫌いじゃないよ」
私はそう返し、椅子に腰を下ろす。
エリオスは目を細め、どこか読みづらい笑みを浮かべた。
__________
試問は、形式的な筆記から始まった。
帝国標準の魔導学初等理論。書かれているのは、
・基礎八属性の分類
・魔素の定義
・術式における“発語”の意味
・各属性間の干渉と禁忌式の構造
など、よくある内容だった。
私は淡々と、それに答えた。
ただし、書く字が違った。
出題者の意図をなぞるのではなく、私は「その問いが問うている本質」にだけ応じた。
「“光属性の原初の性質は?”か……」
私は答えに「浄化」や「照明」ではなく、“他者との比較でのみ成立する”という補足を添えた。
「光は、闇があって初めて意味を持つ。つまり、存在定義が“対比”で成り立ってるんだ。
……だから、単体で使う時と、混合属性で使う時とで、意味も結果も変わる」
隣で見ていたエリオスの手が止まった。
「……次、行きましょうか」
私は微笑む。
__________
次は実技試験だった。
中庭に設置された練習用の魔力盤。その上に設けられた複数の術式パネルに対し、適切な属性を選び発動するというもの。
「では、始めてください」
エリオスが指示を出す。
私は最初の盤に近づいた。
魔素が、私の呼吸に応じて揺れる。
「これは風の流れを遮る障壁か……でも、回路が“水”を想定して作られてるな」
私は両手を掲げ、詠唱を用いずに魔力を流し込んだ。
「――氷、ではどう?」
術式が反応し、冷気が拡がる。
風は止まり、障壁は安定した。
「属性の応用と、構造の読み替え……」
エリオスが低く呟いた。
「坊ちゃま、この術式が水を想定していたことに、どうやって気づかれたのですか?」
「線が太すぎるんだ。風だけなら、もっと軽やかな曲線を使うはず。
それと……香り。“湿度”がある。盤そのものが少し濡れてた」
「……嗅覚と直観、そして実践的判断か」
「うん、魔法って、感じるものでしょ?」
私は自然に笑った。
__________
試問の最後は、自由形式の“創造課題”だった。
「あなたが今、自由に魔法を構成してみてください。属性は問いません」
エリオスの声が静かに響いた瞬間、空気が変わった。
私はゆっくりと目を閉じる。
頭の中で、風の流れと光の屈折角、魔素の螺旋密度と感情の位相を重ねていく。
何度も心の中で形を練り直し、“意味”を付与する。
「――風、光、そして……精神を少しだけ」
右手を静かに掲げ、詠唱の代わりに、ひとつ深い息を吐く。
すると、その指先から、音もなく花弁のような光が生まれた。
それは空気と共鳴するようにゆっくりと回転しながら宙に浮かび、
小さな竜巻の中心に乗って、ふわりと漂う。
その軌跡は言葉では語れぬ美しさを持っていた。
まるで誰かの記憶が、形を持って目の前に現れたかのようだった。
光は庭の古木の枝先に届き、そっと灯る。
風が止まり、時間すらも一瞬、沈黙した。
「これは……?」
エリオスが呟くように問いかける。
私は振り返らずに答えた。
「“記憶灯”という魔法。
魔素に感情を流し込み、風で包み、光で封じる。
灯された場所の“心の形”――その時の感情や空気を、魔力として結晶化させる魔法だよ」
「心の、形……?」
「うん。記録するのは出来事じゃない。“在った”という感覚。
誰かと過ごした時間の余韻。意味はあとから付いてくる」
私はゆっくりと振り向き、ソフィアの方を見た。
彼女は遠くから見守っていたが、口をぽかんと開け、まるで光に魅入られたように瞬きも忘れていた。
光は彼女の頭上でやわらかく弧を描き、最後にそっと額に触れる。
瞬間、彼女の魔素が反応し、微かな共鳴音が鳴った。
「ソフィアの笑った空気を、ここに留めたかったんだ。……だから、形にした」
沈黙の中、エリオスの背後で鳥のさえずりだけが響いた。
やがて、彼は深く息を吐いた。
「――これは、“魔法”ではない。“詩”だ……」
__________
試問を終え、応接間に戻ったエリオスは、深く腰を下ろすと長い沈黙の後、静かに口を開いた。
「閣下……あの方は、もはや“学院で測るべき存在”ではありません」
ジークフリートはそれに頷く。
「それでも、いずれは“学院に身を置く”時が来る。その時、貴殿の側から見た懸念は?」
「……学院の“常識”が、壊れます」
「ならば、先に心の準備をしておくことだな。我が子は“破壊者”ではない。」
「……承知いたしました」
__________
その夜、私はソフィアと一緒に部屋で布人形を並べていた。
「アル兄、すっごいね! なんかこう……魔法が、ふわぁ〜って!」
「ありがと。ソフィアも、ちょっとずつ魔素動かせるようになってるよ」
「ほんと!?」
「……じゃあ、ほら。これ、持ってみて?」
私は小さな光の玉を差し出した。
彼女が触れると、光がぽっと揺れる。
「わぁ……!」
「ほらね。君にもできるんだ」
ソフィアはにっこりと笑って、私の手に顔をすり寄せた。
「アル兄、大好き!」
私は、彼女の髪をそっと撫でた。
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私はまだ五歳。
だけど、世界はすでに私に目を向け始めている。
知ることの喜び。
創ることの責任。
そして、誰かと共有することの温かさ。
それらすべてが、私の中で――“魔法”という言葉の意味を、少しずつ変えていく。
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