歌精と霊舞を決める大会本戦 二日目 05
歌精と霊舞を決める大会本戦一日目、四季崎は初戦で蒸気を操る霊煙と対戦する。
霊煙のトリッキーな魔法に苦戦するも、冷静な分析と機転で勝利を収め、二回戦進出を決める。
一方、伊勢も歌唱部門でなんとか勝ち進むが、次の対戦相手のレベルの高さをイリーネから指摘され、厳しい特訓を受けることになる。
その夜、四季崎は大会中に現れた謎の男「冬兎」と再び遭遇する。
冬兎は明日から仕事で会えなくなると告げ、自身が「アーティファクト(遺物)」の運送業をしていると明かす。
その言葉に四季崎は警戒心を抱くが、詳細は語られない。
ギルドに戻り、四季崎がイリーネに冬兎の話をすると、「アーティファクト」という言葉にイリーネは動揺し、急に用事を思い出したように立ち去ってしまう。
残された四季崎は「アーティファクト」という言葉の意味を訝しみながらも、明日の二回戦に備える。
「し、試合終了です!!まさかの、またもや予想外の結果となりました!」
会場は一気に喝采の渦に包まれ、その熱気と歓声は耳をつんざくほどの大音量となった。観客たちの興奮は最高潮に達し、誰もが息を呑んでその瞬間を見守っている。
「誰が予想したでしょうか!?優勝候補を押しのけ、他国の選手でありながら、しかも初出場という異例の快挙を成し遂げたのは――そう、あの仮面の男です!!」
司会者の声は震え、興奮と驚きを隠せないまま、観客の熱狂をさらに煽り立てていった。
少しの間を置いて、漣がゆっくりとまぶたを開けた。まだ朦朧とした様子で、頭を押さえながら慎重に体を起こす。額には薄っすらと汗がにじみ、呼吸は荒く、少し震える手で髪をかき上げる。
視線がぼんやりとこちらに向き、ふらつきながらも一歩一歩、ゆっくりとこちらへと近づいてきた。足取りはまだ重く、時折身体のバランスを崩しそうになりながらも、必死に前へ進もうとしているのが伝わってくる。
「あんた……夏季だっけ?すごいよ。まさかアタイを倒すなんてね……完敗だよ」
漣はまだ少し息が荒く、疲れた表情のままも、どこか誇らしげな微笑みを浮かべていた。声には悔しさと同時に、認めざるを得ないという素直な感情が混じっている。
私はその言葉に苦笑いを浮かべ、少し肩の力を抜いて答えた。
「正直、今回は本当に危なかった。もし司会の紹介がなかったら、どう戦うか考えられなくて負けていたかもしれないよ。だから、自信を持っていい。君は強い。」
唐突に褒められた漣は、一瞬ぽかんと口を開けて泡を食らったように驚いた。次の瞬間、頬が一気に紅潮し、顔全体が真っ赤に染まる。慌てて視線をそらし、恥ずかしそうに小さく息を吐いた。指先で髪の毛をくるくると弄りながら、普段の強気な態度とは違う、少女らしい無防備な一面が垣間見えた。
「あ、あんた……アタシを口説いてるのかい?」
声が震え、少しだけ強がるように問いかける。
「何を言っている?純粋に褒めただけだろう」
私は無邪気に首をかしげ、大きなため息をついてから首を振った。その先には何の含みもなく、まるで気づいていないかのようだった
その言葉に漣は一瞬戸惑ったようだったが、私の鈍感さに気づくと、少し呆れたように小さく笑った。
「さあ、明日の決勝戦のカードが決まりました!出身地も素顔も謎に包まれた、武芸百般に長け、類まれなる分析能力を誇る男――夏季!そして、午後の試合を制した強者が激突します!この二人の戦いは、まさに歴史に残る名勝負になること間違いなし!皆さん、明日の決勝戦に大いに期待してください!熱い声援をお忘れなく!」
時間を確認すると、伊勢の出番が近いことに、気づき、司会の厚い解説を背に急いでギルド前まで急いで向かった。
二層目の広間――歌精の舞台がある場所に到達すると、ちょうど伊勢の出番が来たようで司会の女性が紹介に移ろうとしていた。
「続きましてご紹介するのは、本大会初出場にして、ゴルゴナが誇る幻夢の歌姫の唯一無二の弟子――聖夏さんです!」
伊勢がゆっくりと壇上に姿を現すと、会場は一瞬にして静まり返った。歓声が上がるよりも早く、まるで時間が止まったかのように、観客たちの息を呑む音が微かに聞こえてくる。その美しさに目を奪われ、誰もが言葉を失っているかのようだ。
(イリーネさんの弟子?すごい呼び名をつけられてるなあ……まるでイリーネさん自身が仕組んだみたいじゃないか)
「では、聖夏さん。今回の演目は『聖歌第三章』でよろしかったでしょうか?」
伊勢は「はい!」と力強く答えた。声には緊張が滲みながらも、どこか揺るがぬ決意が感じられた。軽く足踏みをしながら、足の位置を確かめるようにゆっくりと肩幅に開く。身体のバランスを整え、両手を胸の上に静かに置くと、深く息を吸い込み、目を閉じた。彼女の表情には揺るぎない覚悟が宿っていた。
伊勢が深く息を吸い込み、意識を内へと集中させ始めると、会場の空気が一変した。観客たちは一斉に口を閉じ、ざわめきが消え去っていく。誰もが息を呑み、伊勢の歌声が響き渡るその瞬間をじっと待ち望んでいた。
やがて、静かな演奏が始まる。楽器の柔らかな調べが会場に広がり、伊勢の身体が自然とリズムに乗る。彼女の唇がゆっくりと開き、澄んだ歌声が静かに、しかし力強く響き渡った。最初の一音が放たれた瞬間、会場の空気はさらに引き締まり、聴く者すべてがその美しい旋律に心を奪われていった。
透明な高音は天空へと昇り、慈愛に満ちた低い音は大地へと染み渡っていくようだった。その歌声は奏でられている音楽が霞むような豊さで、万感の想いを凝縮した祈りのようだった。
聴衆は言葉を失い、ところどころすすり泣くような音も聞こえてきてはいたが、多くの者はだた純粋な歌声に身をゆだねていた。
聖なる旋律は、時間の流れさえも忘れさせ、魂の抱く精霊への失われた信仰を呼び覚ますような、まさに『聖女』を体現したかのようだった。彼女の声は、希望と安らぎ、そして無限の愛を告げる。
気づけば歌が終わり、聴衆を現実へと引き戻した。遅れて喝采が鳴り響くと伊勢は深々とお辞儀をして舞台を後にした。
「これをもちまして、本日の大選抜大会の全ての競技を終了とさせていただきます。ただいまより、審査員の皆さまによる厳正な審議に入らせていただきます。結果発表までの間、皆さまには大変ご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解のほどお願い申し上げます。しばらくの間、どうぞお待ちくださいませ」
しばらくして、ついに結果が発表された。しかし、最終選抜の名前の中に伊勢の名はなかった。
私は先にギルドへ戻り、静かに伊勢の帰りを待った。やがて扉が開き、伊勢がゆっくりと入ってきた。彼女はまるで重い荷物を背負っているかのように、足を引きずるように歩いている。顔は完全に俯き、誰にも見られたくないとでも言うように視線を落としていた。
声をかけようかと迷い、言葉を探していると、ふと伊勢がこちらに気づいた。ゆっくりと顔を上げ、少しだけ震える足取りで私に近づいてきた。その瞳には、悔しさとやりきれなさが入り混じった複雑な感情が浮かんでいた。
「四季さん……ごめんなさい、負けちゃいました……」
声は震え、言葉が詰まりそうになりながらも、必死に絞り出すように告げた。目には涙がにじみ、普段は抑えていた不安や焦り、そして悔しさが一気に溢れ出す。胸の奥でずっと押し込めていた弱さが、一瞬にして爆発したかのようだった。声のトーンは次第に震えが大きくなり、言葉の端々に自分への苛立ちと申し訳なさが滲んでいた。
「今回は聞かせてもらったよ。正直なところ、君の歌声には心が震えるような感動を覚えた。言葉では言い表せないほど、胸の奥に響いてきたんだ」
その感想を聞いたからだろうか、それとも今までずっと堪えていた感情が溢れ出したのか、伊勢はぽろぽろと涙をこぼし始めた。やがて涙は止まらなくなり、声を震わせながら号泣してしまう。そんな彼女をそっと抱き寄せるように体を寄せ、背中に優しく手を回してポンポンと軽く叩いた。焦らずに、ただ泣き止むのを静かに待つ。温かなぬくもりが伝わる中、伊勢の震える肩が少しずつ落ち着いていくのを感じた。
泣き疲れて鼻をすすりながら、伊勢はゆっくりと私から離れた。恥ずかしそうに顔を背け、背中を向けたまま小さな声で「ボ、ボクは先に部屋に戻ります」とつぶやく。言い終えると、少し駆け足で足早に部屋へと戻っていった。その後ろ姿には、まだ涙の名残と照れ隠しの気持ちが入り混じっているようだった。
(今回の試合はさすがに堪えたな……夕食までゆっくり休んで、あとは明日に備えよう)
そう心の中で呟きながら、しばらく休憩を取った。やがて夕食を済ませると、ふとあの冬兎が今日も現れるのではないかという予感に駆られ、いつもの広場へと足を向けた。だが、昨日の宣言どおり、彼の姿はどこにも見当たらなかった。静かな広場を一瞥すると、すぐにギルドへと戻り、明日のために心身を整えることにした。
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