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時紡ぐ英雄譚  作者: 漆峯 七々
始まりの旅路、導きの歌と宿命の抗争

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歌精と霊舞を決める大会 一日目 04

四季崎と伊勢は、美歌と踊りが響く幻想の都アンディールに到着。

街は水面に浮かぶ石造りの建物と賑やかな橋が織りなす華やかな光景で、人々は歌と踊りを愛していた。

そんな中、誰でも参加できる歌と踊りの大会《歌精と霊舞を決める大会》が開催され、二人は新たな挑戦と街の楽しさに胸を躍らせる。

 私は本を読むために、今回は自室ではなく食堂に向かった。


 料理を注文すると、席に腰を下ろし、すぐにイリーネに渡された『戦舞実戦編』を読み始めた。


 しばらくすると、厨房から料理が運ばれてきた。運んできた給仕が目の前に注文したハンバーガーを置くが、私は顔を上げることなく静かに「ありがとう」と呟いた。給仕そっけなく会釈した。


 私は手元の銀貨を数枚取り出し、そっと差し出した。給仕あ手早くそれを受け取り、にっこり微笑んで去っていった。


 『戦舞実践編』はほとんどが図解で構成されており、文章は最小限に抑えられている。そのため、読み進めるうちに視覚的な説明が多く、理解しやすくもあったが、文章情報に比べて読む速度は自然と速まった。


 食事を食べ終える頃には、あっという間に全ページを読み終えてしまい、読み終えた本をどう扱うべきか迷いながら、ふと受付の方に視線を向けた。


 そこには、やっとの思いで仕事を片付け終えた疲労が伺えた。眉根にしわを寄せ、息をつくたびに小さくため息を漏らしていた。その苦労の痕跡を漂わせながら、机の上の何かを飲み干し、ホッとした表情でゆっくりと仕事を続けている歌川の姿があった。


 厨房から何か飲み物をもらってくると、受付に近づいていき、カウンターに飲み物を置きながら、歌川声をかけた。飲み物を置く、コンっという音に気づいて顔を上げた。


「お疲れ様です。これ良かったらどうぞ。それとこの本イリーネに返してもらってもいいですか?」


 お礼を言いつつ、飲み物を手元に近づけると、本を受け取った。


「しかし、この時間まで一人で仕事とは、イリーネさんはどうしたんですか?すごい仕事量だったと思いますか?」


 その言葉に、歌川は一瞬だけ何とも言えない複雑な表情を浮かべた。苛立ちを抑えきれないような微かな眉間の皺が見え隠れし、声のトーンにもわずかな苛立ちが混じった。


「せ・ん・ぱ・い!なら。もうとっくの昔に終わらせましたよ。ああ見えて、ゴルゴナ支部の責任者ですからね」


 彼はそう言いながらも、どこか悔しさを滲ませていた。私から本を受け取ると、「たしかに」と短く返し、机の下にしまい込んで、すぐに仕事に戻っていった。その背中からは、イリーネの仕事量に対する尊敬と同時に、自分との差に苛立つ感情が垣間見えた。


(さて、これからどうしましょうか。まだ時間寝るには早いですが……)


 予定よりも早く本が読み終わってしまい、時間を持て余しどうしようか少しの間悩むと、いい案が思いつかず、昨日の続きで戦舞の修練をすることにした。昨日と同じ広場で行おうと足を向けたが、昨日会った怪しい男の顔が頭をよぎり、足を止めた。


(またあいつがいるかもしれない)


 そう思うと、同じ場所でやることをやめて、反対側の広場で行おうと決めてそちらに足を向けた。



 昨日と反対側の中層の広場まで来てみると昨日の広場とほとんど造りがしてあり違いを探す方が難しかった。広場には家に帰る少ない人の姿があるだけで、人に見られずに鍛錬するにはちょうど良かった。


(男の気配は……ないか。さすがにここまで来ることはないか)


 念の為に周囲の気配を探ってみたが、昨日の怪しい男の気配は感じ取れなかった。気配を探るのをやめるように全身の力を抜くと、ホッとため息を一つつくと、予定通り戦舞の練習を始めた。


 数時間周りのことが全く見えないくらいに集中した。一通りの鍛錬を終えると近くのベンチに置いてある布を取りに行こうとすると、横からスーッと手が伸びてきて「どうぞ」と聞き覚えがある声が聞こえた。


 それを受け取ると顔の汗を拭き取りながら、「ありがとう」と言って渡してくれた人の方に目を向けた。そこに立っていたのは不敵な笑みを浮かべながら「いえいえ」と謙遜している昨日の怪しい男が立っていた。


(いくら集中していたからと言って、こいつの存在に気づかないはずがない!)


 こちらの内心の動揺を見透かしているかのように、冬兎は冷ややかな笑みを浮かべていた。


「こんばんわ『夏季』さん。今日はこちらで練習されているのですね。いやー探しましたよ」


 私は反射的に練習用の木製の棍を男に突きつけ、警戒を強めながら、内心の焦りを隠しつつ、冷静を装い声をかける。


「ご迷惑をかけたようで申し訳ない。えっと、お名前は?」


 男はわざとらしく驚いた表情を作り鋭くお辞儀をした。その仕草には無駄がなく、まるで長年の訓練を積んだ者のような洗練された動きだった。


「失礼しました。そうですね……あなたが()()()()なら。私は『冬兎(とうと)』とでも名乗りましょうか」


(なぜあいつは私の偽名だと見抜いた?ただ者ではない……もしかして、教会の追手か?それならば、ここにいるのは非常に危険だ!)


 動揺が隠しきれず、それが武器を握る手の震えとなって現れた。冬兎はそれを察したかのように、ゆっくりと木製の棍に触れ、まるで時間が止まったかのような緩慢な動作で、棍を地面に下ろした。その動きは異様な静寂と緊張感を伴い、周囲の空気まで凍りつくかのようだった。


 木製の棍が地面に当たると、小さく「カァン」と鋭く響き渡り、その音が私の意識を一気に覚醒させた。私は咄嗟に距離を取り、男の様子を警戒深く見つめる。


 男は薄ら笑いを浮かべ、冷たく問いかけた。


「どうされました?」


 その声にはどこか冷酷さが混じり、侮れない威圧感を放っていた。


「今日はおっかないですね。お疲れのようですから、早く休むことをお勧めします。それでは」


 そう言い残すと、冬兎は背を向け、まるで影のように静かに去っていった。瞬きをした瞬間には、もうその姿は消えていた。


(何者なんだ……?昨日イリーネにあの男のことを話した。もしかすると、何か重要な情報が隠されているかもしれない)


 

 その場から逃げるようにギルドに戻ってくると、食堂では昨日と同じ光景が広がっていた。


 食堂の椅子にぐったりと倒れ込んだ伊勢は、疲れ果てた様子でそのまま深い眠りに落ちているようだった。顔色は青白く、肩は小刻みに震え、まるで体力の限界を超えてしまったかのような悲惨な姿だった。彼女の呼吸は浅く、不安げに胸が上下しているのが見て取れた。


 その向かいの椅子に座るイリーネは、まるで別世界の住人のように生き生きとした表情で、目を輝かせながら楽しそうに笑いながら鼻歌交じりでリズミカルに歌っていた。彼女の姿は疲れを微塵も感じさせず、周囲の空気まで明るく照らすような軽やかさを放っていた。


 楽しそうな彼女の姿にさっきまでの冬兎とのやり取りを思い出すと疲労が倍増したかのように疲れがどっと襲ってくるのを感じた。ゆっくりと足取りでイリーネの元に向かうとこちらに気づいた鼻歌をやめてこちらに目を向けた。


「お疲れ様。特訓は順調ですか?」


 私がそう尋ねると、イリーネは満足そうに微笑んだ。


「お陰様で。この調子なら決勝まではいける可能性がありそうですわ」


 彼女は伊勢を見つめながら、まるでこれからの成長を楽しみにしているかのように目を輝かせていた。私はそんなイリーネの姿を見て、少し邪魔をしてしまうのではと気が引けながらも、話題を変えた。


「ところで、昨日話した男について何か分かったことはありますか?」


 イリーネは一瞬記憶を探るように眉をひそめたが、すぐに楽しげな表情に戻り、机の上のホットミルクを一口含んだ。


「さぁ~、調べてみたんですけど、該当する人は見つかりませんでしたわ」


「そうですか。実はその男にさっき会ったんです。『冬兎』って名乗ってましたけど、偽名だと思います」


 イリーネは少し険しい表情を浮かべ、低い声でぽつりと呟いた。


「冬兎……白い髪……」


 その後、小さな声で何かをつぶやき、すぐに首を振る。


「申し訳ありません、今のところはこれ以上の情報はなくて。でも、もう少し詳しいことが分かれば、きっとお答えできると思いますわ」


「ちなみに、あの男は教会の追手の可能性はありますか?」

「絶対にありません。それだけは断言しますわ」


 私の問いに即答するイリーネになぜ分からない情報が多いのに即答できるのか不審に思いながらも、ひとまず、安心することにした。


 すると彼女は突然立ち上がり、机の反対側に回りこんで伊勢を軽々と担ぎ上げた。


「もう夜も遅いですし、彼女はわたくしが部屋まで連れていきますわ」


 イリーネは伊勢の重さに少しよろけそうになりながらも、気合いを入れてゆっくりと歩き出した。


「私が代わりに部屋までお連れしましょうか?」


 私が申し出ると、イリーネは獣を見るように目を細め、まるで悪戯っ子のように不気味なほど完璧な笑みを浮かべて一言。


「結構ですわ」

「いやしかし……」

「エッチ」

「?」


 思わず言葉を詰まらせる私を尻目に、彼女は先ほどのゆっくりした足取りが嘘のように軽やかに階段を駆け上がっていった。私は首をかしげて、「何かまずかったかな…?」と呟きながら、自室へ向かうために階段を上った。


 途中、すれ違ったイリーネは、私をちらりと見てから、すっと舌を出し、「べぇー」とからかうように言い残し、足早に降りていった。まるで子どもに戻ったかのような無邪気な仕草に、思わず苦笑いがこぼれた。

私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!感想を聞かせていただけると嬉しいです。

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