歌精と霊舞を決める大会 一日目 01
四季崎と伊勢は、美歌と踊りが響く幻想の都アンディールに到着。街は水面に浮かぶ石造りの建物と賑やかな橋が織りなす華やかな光景で、人々は歌と踊りを愛していた。そんな中、誰でも参加できる歌と踊りの大会《歌精と霊舞を決める大会》が開催され、二人は新たな挑戦と街の楽しさに胸を躍らせる。
❐ 四季崎の視点
大会予選当日の朝
目を覚ますと、着替えを手早く済ませ、今日の大会に備えて準備運動を始めた。一通り終えると、朝食をとるために部屋を出た。
階段を降りる途中、すでに多くの人が依頼を受けるため一階に集まっているらしく、二階の踊り場に差し掛かったあたりから一階の賑わいがはっきりと伝わってきた。
一階に着くと、その喧騒はさらに増していた。どうやら皆、今回の大会を心待ちにしているようだ。私はその賑わいに包まれながら、食堂の方に視線を向けた。
食堂の中央にはひときわ大きな人だかりができており、よく見るとイリーネが多くの人に囲まれ、楽しげに会話を交わしていた。「大会をみんなで見に行きましょうよ」などと誘われているが、イリーネは優しく微笑むだけで応じていた。
私がエントランスに現れると、イリーネはすぐに気づいたようだ。その視線に周りに集まっている人たちも釣られるように私の方に視線を向けた。その視線はどこか敵意を感じる気がするが気のせいだろう。
「ごめんね♪今から彼と大事な話があるの。また来年も誘ってね」
集まっていた人たちは残念そうに解散し、イリーネは席を確保すると手招きして私を呼んだ。
(イリーネさんは私に何か用があるのだろうか?)
向かう途中、すれ違った店員に料理の注文を頼み、イリーネの元へ向かう途中、解散した人たちとすれ違うと口々に羨ましそうに何が呟いていた。
「おはよー!四季崎さん。ここ、使ってください!」
勧められるまま向かいの席に座り、私も軽く「おはよう」と挨拶した。料理よりも先に運ばれてきた水に軽く口をつけて、準備運動で乾いた口を潤した。
(なぜだろう?さっきから周囲の視線が気になる……昨日の男のせいか?)
楽しそうに話すイリーネに相槌を打ちながらも、四季崎の視線は油断なく周囲を捉えていた。警戒を怠らない彼のもとへ、やがて店員が待ちわびた朝食を運んでくる。
「お待たせしました、野菜と卵のサンドイッチとホットコーヒーです」
湯気を纏ったコーヒーの香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。食欲をそそる香りに釣られ、四季崎はサンドイッチへ視線を落とした。
トーストされたパンの香ばしい匂い、卵の優しい甘さ、シャキシャキとした新鮮な野菜の瑞々しさが、四季崎の食欲を刺激する。
一口食べると、焼かれたパンの香ばしさと卵の優しい甘みが広がり、シャキシャキとした野菜の歯ごたえが心地よい。コーヒーを啜れば、サンドイッチの味が引き締まり、心地よい苦みが口の中に広がる。警戒しながらも、サンドイッチを頬張るごとに四季崎の表情がわずかに和らいだ。
「お二人に話がありますが、みこちゃんが来るまで、まずはお話でも楽しみましょう♪」
イリーネの他愛もない話に耳を傾け、コーヒーを啜りつつサンドイッチを頬張った。
「……という事がありまして……あら?」
ギルド内がざわつき始め、イリーネの視線がギルドの奥へ向けられた。
私もつられて視線を向けると、藍色のノースリーブワンピースに、明るい色のジーンズジャケットを軽やかに羽織った女性が、片手にカンカン帽を持ち、まるで舞台のスポットライトを浴びるかのように華麗な足取りで階段を降りてきた。彼女の衣装は、シルクのように滑らかに揺れ、裾が風にそよぐたびに淡い光沢を放つ。
靴音はまるでリズムを刻むかのように軽快で、周囲の視線を一瞬で奪い去った。まるで劇場の主役が登場したかのような華やかさが、その場を包み込んでいた。
ギルドに集まった人たちは口々に「きれいだ」「誰だ?」「こんな人がギルドにいるのか」と彼女を賞賛している。
その美しい女性はイリーネに気づくと手を振り、小走りで近づいてきた。
(綺麗な女性がなぜギルドに?イリーネさんの知り合いらしいけど)
女性は私たちに気づかれぬまま、誇らしげに微笑むと、華やかに一回転して見せた。彼女の動きはまるで舞台の主役のように軽やかで、周囲の視線を集めていたが、私も含め誰もその正体には気づかなかった。
しばらくの間、ただその美しい姿に見とれていたが、突然、彼女が私の名前を呼んだ。
「四季さん!おはようございます」
その瞬間、ようやく私の脳裏に「伊勢」という名が閃いた。まさか、あの伊勢がこんなにも変わっているとは。見た目の華やかさに言葉を選べず、ほんのわずかに見とれてしまった自分に気づいた。
彼女は私の驚愕の表情を見て、少し背伸びをするように身を伸ばし、私からの感想がないことにどこか悔しそうに「頑張ろ」呟いた。
二人の姿を楽しむように眺めていると、イリーネが「伊勢さんもどうぞ」と言って席を勧め、伊勢は私の隣に座った。
周りからは男女問わず、さやき声や小さなため息があちこちから漏れて聞こえた。
(なぜだ?視線に敵意が混じってきた気がする)
「お二人とも揃ったので、始めますわ」
イリーネは咳払いをして本題に入った。
「大会ではお二人とも偽名で登録しましたわ」
(現状を考えれば妥当だろう)
私が頷くと、伊勢が「あー」と納得した様子だった。
「気になっていましたが、身元を隠すためですか?」
「そうですね。四季崎さんが『夏季』。みこちゃんは『聖夏』と勝手に決めましたわ」
こちらの理解を待つことなく、イリーネは次に白一色の滑らかな仮面を私に手渡した。
「それと、四季崎さんにはこちらを着けて参加してもらいますわ」
(なるほど、これで顔も隠せということか)
理由は語られなかったが、仮面の意味は察しがついた。仮面を受け取り、少し悲しげな表情を浮かべていると、
「それではあとは頑張ってくださいね」
イリーネは用事が済んだのか、早々に立ち上がり手を振って去っていった。
去っていく彼女の背中に向かって、伊勢がぽつりと「ボクの分は……」と言ったのを聞き、ふと昨夜、声がガラガラだった伊勢の姿を思い出した。
「昨日は声がつぶれていたのに、今日は大丈夫そうですね」
私に視線を戻し、
「声ですか?そういえば、夜に一度会いましたもんね……」
伊勢は何かを誤魔化すように視線をそらした。その動きには、何かを隠そうとする微かな気配が感じられたが、彼女にも事情があるだろうと思いそのままにした。
「歌姫特製の喉飴が効果抜群、この通り。おかげで、いつも以上に……綺麗な歌が歌えそうです!」
そう言うと話を切り上げるように立ち上がり、「それより早く行きましょう」と先を急がせた。
予選開始まではまだ余裕がありそうだった。セントナーレでの出来事が頭によぎった。
(余裕があった方がいいか)
伊勢に促されるまま、よし、と心の中で小さく気合を入れ、二人で勢いよく立ち上がって外へ飛び出した。
「じゃあ、健闘を祈ります。聖夏」
「頑張って下さい。えーと夏季さん」
互いに健闘を祈り合い、別れた。
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