内海 ディーヌケプシー 01
ゴルゴナ大陸の港町ディーダに到着した四季崎と伊勢は、異国の街並みや活気に触れながらも、追手への警戒を怠らず慎重に行動する。伊勢は好奇心旺盛に街を探索し、歌姫イリーネの路上ライブに魅了される。イリーネはギルド受付嬢でありながら、自由奔放な性格と妖艶な歌声で人々を惹きつける存在だ。二人はイリーネの案内でギルド支部を訪れ、そこで厳格な受付嬢・滝壺と出会う。滝壺は責任感が強く、イリーネの奔放さに手を焼きつつも、ギルドの秩序を守る役割を果たしている。四季崎は伊勢の純粋な善行に自らを重ね、彼女を守ろうと決意を新たにする。ゴルゴナ大陸の港町ディーダに到着した四季崎と伊勢は、歌姫イリーネと出会い、冒険者組合の証明や報告書を受け取る。計画を練り直す中、渡し守の糸島と再会。彼の協力を得て、次なる目的地へ向かう準備を進める。
⬠(伊勢視点)
四季崎が糸島に何か依頼という形で頼み事をすると、彼は少し首をかしげながらも承諾の意を示した。
(四季さんは糸島さんに何を頼んだんだろう?)
ボクは疑問に思い、手を挙げて尋ねようとしたが、四季さんが静かに制した。
「では、行きましょうか。あまり遅くなると野営の準備に支障が出てしまいますから」
そう言うと二人はギルドを出ようとした。ボクは慌ててあとを追った。
(今、野営って言った?)
ボクは一抹の不安と、新しい世界への好奇心で胸がいっぱいだった。
ボクたち三人は職業組合を出て、町の一番内側、内海に面した崖の手前までやってきた。
最初の散策の時に見た昇降機は、どうやら内海に行くためのものらしい。
ボクは動き続ける昇降機に戸惑い、足を踏み出すのをためらっていた。すると四季さんがさっと手を差し伸べ、すんなりと乗ることができた。
「降りる時もあんな感じですから、足元には十分気をつけてくださいね」
そう教えてくれた。昇降機の移動はゆっくりと動き、軋む金属の音と潮の香りが漂い、時間がゆったりと流れていくように感じられた。
「頂上まで時間がありますので、このあとの話をします」
四季さんは空いた時間に内海での事を話してくれた。
四季さんによると、内海を渡るのには早くても一日かかるとのことだった。そのため、途中で野営する必要がある。さらに内海を渡る際には足元に注意し、魔獣に警戒するようにと、さまざまな注意事項とそれにまつわる知識を披露してくれた。
「……と言うわけで、内海の底に隠れ村が……」
「あるという噂だね。もう頂上だから、そのくらいにしておこう」
糸島は四季さんの説明を遮るように声をかぶせ、降りるように急かしていた。
(海の中の村か……)
ボクは海の中の村を想像していると、四季さんに腕を引かれて昇降機から降ろされた。
「降りる時に注意するようにいいましたよ?」
四季さんが呆れているのを見て、
(四季さんが面白そうな事をいうから)
とボクは少しすねてそっぽを向き、街の方に目をやった。
そこには街を一望できる素晴らしい景色が広がっていて、一瞬でボクの心を奪っていた。
四季さんはそんな姿を見て呆れながらも、嬉しそうに「先に行きます」と促してきた。
そのまま島の奥へ進むと、内海と街を隔てる大きな門がそびえ立っていた。
門は開け放たれていたが、そこを守る門番が待機していた。
ボクはセントナーレでの逃走劇を思い出し、不安になって四季さんに目を向けた。
四季さんは分かりにくいが、少し緊張した面持ちだった。
門番の前まで来ると、糸島さんが先に手を挙げて挨拶をした。
「おう!さっきぶりだね。また内海に入らせてもらうよ」
門番は糸島さんだと分かると、安堵の表情を浮かべた。
「糸島さん!また渡し守ですかい?大変だね」
糸島さんは申し訳なさそうに頭を掻きながら、他愛もない話を始めた。少しすると門番はこちらの気づいて話を切り替えた。
「そうでした。出発手続きでしたね。身分証を提示して下さい」
それを聞いてボクは緊張で手が少し震えながら、ロングケープの内側から取り出した。
「オラたちはギルドに関係者だから個別認識証で構わないかね?」
糸島さんが門番に尋ねると、門番はすぐに頷き、了承の返事をした。
(糸島さん。もしかしてボクたちの事情を知ってるのかな?)
「じゃあ、これでいいかな?」
そういうとボクが持っているのと同じ板を見せた。
「名前と所属を確認しました。では、そちらの二人もお願いします」
そう言われ、ボクが緊張しながら出そうとしている横で、四季さんが安心させるためか肩に手を置き、自分の個別認識証を先に見せた。
ボクもそれに習って門番に見せた。
「四季崎さんと伊勢さんですね。糸島さん言う通り、ギルドの人間ですね」
個別識別証を見ながら確認するように読み上げ、
「ご協力ありがとうございます」
と言って、仕舞うように促された。
ボクは内心ではホッとし、手早く服にしまった。
「では、オラたちはもう行きます」
そう言うと、先を急ぐように内海へと進んでいった。
確認をした門番とは別の門番が、少し悩んだような仕草をして思い出したかのようにボクたちを引き止め、こちらに近づいてきてボクたちの前で止まった。
「すみません。少しいいですか?」
ボクは緊張のあまり声を裏返しながら「はい!」と答えながら振り返った。
「すみません。君ではなく糸島さんの方です」
ボクは胸に手を当てて安心した。
「現在の内海は干潮となっています。夜には満潮です」
と事務的な報告を行い、
「糸島さんには不要だと思いますが、義務なので」
そう言うと一礼し、静かに立ち去っていった。
門番が去ったのを確認すると、四季さんは糸島さんを見た。
「お前、イリーネから何か事情を聞いていたのか?」
しかし、糸島さんは高笑いをすると
「知らないんだね。それが。でも、滝壺さんの口ぶりから、何か知られたらまずいことは察したよ」
そう言うと、そのまま先へ進んでいった。
(糸島さんは、こちらの事情も知らないのに僕たちのことを信じてくれたんだ。すごい……)
ボクたちをそこまで信用する理由が気になって、つい「どうしてそこまで?」と聞いてしまった。
そんな言葉に糸島さんは当たり前のように答えた。
「四季崎が悪いやつじゃないさ。そんなことはオラが一番知っている。それに、君の瞳を見れば分かる。君はいい人だ。間違いないよ」
知らない間にボクのこともそんな風に評価されているのを聞くと、頬が少し熱くなった。
「そんなことより、見えてきたんだね。ここが我ら、マーメイド族が誇る内海『ウンディーネの抱擁』、ディーヌケプシーだよ」
その言葉と共に糸島さんが自慢するように両手を広げると、目の前に広がるのは、透き通った水面が陽光を受けて煌めく、美しい内海の景色だった。
別世界のような静寂を湛えた内海。
外海の荒々しさとは対照的に、息をのむほど澄み切った水面は、まるで巨大なクリスタルのようだ。底まで見通せる透明度を誇り、陽光が海底の砂粒までも照らし出している。
波一つない水面は鏡のように周囲の景色を映し出し、空と大地が溶け合うような幻想的な光景を作り出していた。そして、その穏やかな水面には、まるで宝石のように、大小さまざまなサンゴのような島々が点在している。
色とりどりの生命を宿しているであろうその姿は、内海の静けさの中に彩りを添えていた。
その静謐な内海の中心にそびえ立つのは、天空へと伸びる巨大な岩の柱。悠久の時を感じさせるその姿は、この地の守護神のようだった。
そして、柱の頂から流れ落ちる水は、静かに首都を包み込み、幻想的な水の帳を創り出している。
素晴らしい内海を目の当たりにしたボクは、いても立ってもいられず、四季さんと糸島さんを置き去りにして砂浜へと走り出した。
(こんな素晴らしい海は見たことがない!これが聖典に記されるウンディーネの水の結界なんですね!)
はしゃぐボクの姿を見た四季さんは慌てて後ろから駆け寄り、腕を掴んで水辺から引き離した。
「伊勢!いくら内海だからといって、水辺に無闇に近づくのは危険だ!」
ボクが「ここって精霊の結界ですよね?」と首をかしげると、あとから追い付いた糸島さんが息を切らしながら説明してくれた。
「大昔はね。今では多くはないけれど、魔獣が潜む危険な海なんだ」
とっさにボクは四季さんの背中に隠れ、海をじっと見つめた。
糸島さんの言う通り、よく見ると魚や海洋生物に混じって、魔獣のような異形の存在が悠々と泳いでいるのが見えた。
「ここはウンディーネ様が作り出した水の結界で、あしき者から自分の眷族を守る場所でしょう!」
ボクはつい恐怖のあまり早口で捲し立ててしまったが、糸島さんは気にすることなく、どこか悲しそうな表情で答えた。
「そうだね。聖魔大戦の時代には、オラたちを守る聖域として悪しきものを遠ざけていたんだ」
「大戦時代?」とボクは首をかしげた。
「そうだね。でも、今は魔獣が住み着いていて、決して安全な場所ではないんだ」
「なぜそんなことに?」
「わからないんだね。オラが生まれた時にはすでにそうだった。もしかしたら、オラたち眷族がウンディーネを敬うことをやめてしまったからかもしれない」
そう言うと、糸島さんはどこか遠くを見つめていた。
(可哀そう……。ウンディーネ様は自分の身を裂く思いで皆を守ったのに……。その結果がこれなら、かわいそうだ……。なにかウンディーネ様にしてあげられることは……)
ボクには思い付くことがなく、ただウンディーネ様に祈るように手を合わせることしかできなかった。
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