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時紡ぐ英雄譚  作者: 漆峯 七々
始まりの旅路、導きの歌と宿命の抗争

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73/312

白煙と青海が織りなす街 03

『無冠の覇者』として知られる異端者の四季崎是空は、船上で聖都へ向かう少女・伊勢巫琴と出会う。セントナーレで旧友・銀鏡神楽から極秘の『成人の儀』護衛依頼を受けるが、当日、魔獣による大規模な襲撃を受ける。


戦闘後、瀕死の司祭から「聖女が目覚めた」「教会を信じるな」という言葉と共に法皇宛ての手紙を託される。ギルド受付長イリーネの協力で、伊勢が「聖女」であり、教会内部の対立に関わっていることが判明。


しかし四季崎は事件の容疑者として指名手配され、銀鏡と共に伊勢を守りながら逃亡を図る。港での追っ手との戦いを逃れ、とある船に緊急避難するも、その行き先は目的地のモルフェア大陸ではなく、謎に包まれた『ゴルゴナ大陸』だった。聖女の謎と四季崎の運命が交差する冒険が始まる。

その不思議な旋律に誘われるように、ボクは迷路のように入り組んだ道を音のする方へと進んだ。すると、普段は町の人々が憩う小さな広場が、今や人でぎっしりと埋め尽くされていた。歌声はまさにその広場から響いていた。


その視線の先、広場の中央に置かれた大きな古い酒樽の上に、一人の女性が立っていた。


彼女は腰まで届く、軽やかにカールした白に近い空色の髪を持ち、髪には貝やサンゴの装飾があしらわれている。まるで海の色を映したかのような明るい空色のドレスを纏い、そのドレスは光を受けてキラキラと輝くスパンコールが散りばめられていた。妖艶な紅色の瞳と瑞々しい肌を持つ彼女は、まさにゴルゴナ大陸随一の絶世の美女だった。


彼女は目を静かに閉じ、全身で感情を表現するかのように、魂のこもった高らかな歌声を響かせていた。


歌姫の周囲には、即興で集まったらしい服装も楽器も異なる数名の人々が楽しげに楽器を奏でており、その音色は歌声と見事に調和していた。


この不思議な路上ライブのような集まりに惹かれたボクは、歌声に聞き惚れていた近くの優しそうな町民の肩を遠慮がちに叩き、声をかけた。


「あの、すみません。この歌っている方はどなたですか? これは一体何の集まりですか?」


声をかけられた男は、音楽の余韻に浸るようにうっとりと振り返り、ボクの顔を見るとにこっと人の良い笑顔を浮かべて言った。


「おう、嬢ちゃん! あんたたちもこの歌姫の歌に魅せられちまったな! そりゃ無理もねぇ! あの方は『幻夢の歌姫』! このゴルゴナ大陸一、いや、この世界一の奇跡の歌声を持つ、大陸の宝だ!」


男は興奮冷めやらぬ様子で誇らしげに語った。


(幻夢の歌姫……そんなにすごい人なんだ。確かにこの歌声を聞くたびに、魂が震えるような不思議な感覚に包まれる……)


「しかもな、あんたたちは本当に運がいい。普段は首都の歌劇場でしか歌わねぇんだ。今は大陸巡業の時期でもないのに、今日の歌姫の全くの気まぐれで始まった、この場所での特別な公演なんだ。こんな機会は滅多にないし、次があるかも分からん!」


男は興奮冷めやらぬ様子で伝えたいことだけ伝えると、「ほら、静かにしろ」と言うようにボクを手で制し、再びうっとりと歌姫へ目を向けた。


男の言葉を胸に、ボクは邪魔が入らぬよう静かに身を委ね、歌姫が紡ぎ出す世界に全身を浸しながら、その美しい旋律に合わせて身体をゆっくりと左右に揺らしていた。


ふと歌姫に視線を向けると、彼女も柔らかな眼差しでこちらを見つめており、吸い込まれるような深い青色の瞳がボクの視線と重なった。


その瞬間、歌姫は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな表情に戻り、歌声を紡ぎ続けた。


満足げに微笑んだ歌姫は、両手を高く掲げて歓声に応えるように大きく手を振った。


やがて最後のフレーズを情感豊かに歌い終えると、広場は一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。


「みんなー、素敵な時間をありがとう! でもごめんね、今日は大事な仕事があるから、今日の特別な舞台はここでおしまい! またアンディールでの公演に来てね♪ バイバーイ!」


集まった観客は「最高だった!」「また来てくれ!」と口々に感謝を伝え、興奮冷めやらぬまま散り散りに解散していった。熱狂の余韻が嘘のように、広場は急速に静けさを取り戻した。


そして、あれほど息の合った演奏をしていた楽器を持つ人々も、まるで幻のようにいつの間にか姿を消していた。


広場に最後に残ったのは、ステージのそばで喉を労わるように水筒から飲み物を飲む美しい歌姫と、人混みが消え戸惑うボク、そして静かに佇む四季崎だった。


歌姫は飲み物を飲み終え、ふぅと一息つくと、足元にあった年季の入った大きな革張りの旅行鞄をひょいと肩にかけ、迷わず一直線にボクと四季崎の元へ、優雅な足取りでゆっくりと近づいてきた。


「もう! 四季崎さん! 待ちくたびれましたわ! 連絡もなしに、わたくしに会わずにそのまま首都に向かったのかと思いましたわ!」


近づくや否や、歌姫は子供が駄々をこねるようにぷぅっと頬を膨らませ、親しみを込めて怒ってみせた。


(え? もしかして、四季さんとこの世界的な歌姫は知り合い? すごく親しげだけど…それとも、彼女だったり…?)


突然の展開にボクはポカンとし、二人の関係を妄想していると、隣の四季崎が「やれやれ」と呆れた表情を浮かべ、親しい間柄ならではの遠慮のない口調で歌姫に応えた。


「はぁ……あなたがこんな場所で律儀に待っているとは思いませんでしたよ。大体、あなたほどの人がこんな所で油を売っているなんておかしいでしょう、トロワさ……」


四季崎が名前を言い終える前に、歌姫は「んもー!」と詰め寄り、彼のトレードマークである首元の深緑色のマフラーをぐいと掴み、自分の方へ顔を引き寄せた。


伊勢とは反対側の耳元で囁くように、有無を言わせぬ凄みを込めて二人だけにしか聞こえない声で何かを話した。


囁かれた言葉を聞いた四季崎の顔は、珍しく少し赤らんでいるように見えた。


(一体、何を言われたのだろう?)


ボクが気になっていると、歌姫はマフラーから手を離し、満足そうに微笑みながら広場の奥にある立派な石造りの建物――おそらく街のギルド支部だろう――を指した。


「詳しい話はあそこのギルドでゆっくり伺いましょう。さあ、行きましょう。」


歌姫は機嫌を直したのか、鼻歌交じりにスキップするように軽やかにギルドへ向かった。


ボクと四季崎は顔を見合わせ、苦笑しながらその後を追った。



  ❐ (四季崎視点)

 私は伊勢にディーダの街を見せながら、彼女が少しでも心を休められるよう願っていた。


「君たち、喧嘩はだめだよ?」

「おばあちゃん!これ落としました!」

「ほら、泣かないで。お姉さんが一緒に探してあげる」

「四季さん!彼が道に迷った道です。どっちに行けば?」


 しかし伊勢は、道中で困っている人がいれば率先して手助けをし、誰に対しても分け隔てなく接していた。


 そんな彼女の姿を見つめながら、私はエセルニアでの伊勢の言葉を思い出していた。


(『追われている理由が人を助けない理由にはならない』か……私も昔は似たようなことを考えていたが……)


 私は伊勢の眩しいほどの善行に自分を重ね、同時に胸の奥が痛んだ。


(……こんな子だからこそ『聖女』に選ばれたのかもしれない。安全に法皇のもとへ連れて行かねば。)


 そんな伊勢を見守るうちに、いつの間にか昼になっていた。遠くから聞き覚えのある美しい歌声が風に乗って届いてきた。


(彼女がここにいるのか?それにしても、なぜ外で歌っているのだろう?)


 その歌声に誘われるように伊勢が向かうと、私も自然とその後を追った。


 広場には多くの人が集まり、中央の即席の舞台でトロワが心地よさそうに歌っていた。


(もしかするとホゼから事前に連絡があったのか?そうなら申し訳ないことをした。)


 私は歌を楽しんでいると、不意にトロワと目が合った。トロワはすぐに歌を終え、集まった人々に感謝を伝えた。やがて広場は静けさを取り戻し、人々は散り散りになった。


 人波が引くのを待って、トロワは少し不機嫌そうな表情で二人に近づいてきた。


「もう! 四季崎さん! 待ちくたびれましたわ! 連絡もなしに、わたくしに会わずにそのまま首都に向かったのかと思いましたわ!」


(やはり連絡はあったのだな。)


 私は申し訳なさそうに言った。


「はぁ……あなたがこんな場所で律儀に待っているとは思いませんでしたよ。大体、あなたほどの人がこんな所で油を売っているなんておかしいでしょう、トロワさ……」


 トロワは名前を言い終える前に私に詰め寄り、彼の首に巻かれた深緑色のマフラーを強く引っ張って自分の方へ顔を引き寄せた。二人の距離は息遣いが届くほどに近かった。


 トロワはそのまま私の耳元に口を寄せ、伊勢に聞こえぬよう囁いた。


「四季崎さん、私たちの名前は()()()()!いつも言ってるでしょ?それともこういう呼び方がお好み?」


 イリーネ(トロワ)は「仕返しです♪」と透き通るような声で悪戯っぽく囁くと、伊勢に見えないよう四季崎の耳たぶを甘噛みした。


 私は突然の行動に顔を真っ赤にし、慌ててイリーネから距離を取り顔を隠した。


 イリーネはその反応を楽しみながら背を向け、広場の奥にある立派な石造りの建物――おそらく街のギルド支部――を指差した。


「続きは組合でゆっくり伺いましょう。さあ、向かいましょう。」


 イリーネは満足そうにスキップするように組合へ向かっていった。


 私と伊勢は顔を見合わせ、苦笑しながらその後ろを追った。



  ❐ ⬠ 

 二人はイリーネに続いて、ギルド支部の建物へと足を踏み入れた。


 中の構造は本部と大きく変わらなかったが、全体的にこじんまりとしており、内装はやや寂れた印象を受けた。


 イリーネは軽やかな足取りで受付へ向かう途中、受付嬢の滝壺に気づかれ、駆け足で近づかれた。滝壺は感情をほとんど表に出さず、細めた目でイリーネを見つめていたが、イリーネは気にせず茶目っ気たっぷりに声をかけた。


「滝壺ちゃん!来ちゃった!」


 イリーネの軽やかな口調とは対照的に、滝壺は表情を変えず低い声で、まるで言い聞かせるように丁寧に話した。


「いつも言っていますが、事前の連絡はどうなっていますか?」


「急いでいたから、忘れちゃったのよ♪」


「首都での業務の引き継ぎは?」


「開店休業……いった!」


 滝壺は堪えきれず、イリーネが話し終える前に頭頂部を鋭く叩いた。イリーネは「いったぁ!」と叫び、うずくまりながら頭を押さえた。


「曲がりなりにもあなたはゴルゴナ支部の統括責任者でしょう!そんな適当な態度でどうするんですか!」


 滝壺は両手を腰に当て、鬼の形相でイリーネを叱責した。


 イリーネは瞳を潤ませながら弁明するように小声で「ギルド長が……」と言い、滝壺は大きくため息をついて俯いた。


「もういいです。どうせ組合長の気まぐれでしょう?あいつら、受付嬢を雑用係だと勘違いしてるんじゃないですか?毎度毎度……。」


 滝壺は日頃の鬱憤が黒いオーラのように背中から滲み出るかのように、俯いたまま恨み言を呟き続けた。


(なんだか申し訳ないな……それにしても組合長か。そういえば会ったことがない。どんな人なんだろう?)


 四季崎は表情を引きつらせ、隣の伊勢は社会の闇に触れたかのように怯えていた。


 やがて滝壺は何事もなかったかのように顔を上げ、姿勢を正し、うっすらと微笑んだ。


「早く手続きを済ませて、首都に戻ってください。連絡はこちらからしますから。」


 それを聞くとイリーネの表情は一変し、先ほどまでの泣き顔が嘘のように明るくなった。跳ねるように立ち上がり、受付へ軽やかに向かうと、勝手に引き出しを漁り鍵を見つけ、受付奥の扉の鍵を開けた。


「じゃあ、任せたわね♪」


 それを聞いた滝壺は額に青筋を立てながらも、「お二人もお早く。」と冷静を装い、四季崎と伊勢を受付奥の応接間へと急がせた。

私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!感想を聞かせていただけると嬉しいです。

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