逃走の果ての真実 04
伊勢にとるのを促すように、イリーネは机の上に置いた黒い板を伊勢の前にスーっと動かした。
「四季崎さんに頼まれて、ご用意した認識証です。これは祭祀場で使われていた個人識別証とほぼ同じです」
伊勢は何が起こるか分からないといった様子で、
恐る恐る認識証を受け取ると、表面に指紋を押し付けるように人差し指をギュッと押し付けた。
「成人の儀で使用された個人識別証は、襲撃騒動の中で失われてしまった可能性が高いです。そのため、それに代わる認識証をご用意しました。これで司祭様が言葉の裏付けが取れます」
伊勢が触れてしばらく経つと、伊勢の何かを読み取ったように板全体が淡い白色にぼんやりと薄く光りだしたが、すぐに光が消えた。次の瞬間、黒曜石のようなその表面に、浮かび上がるように、伊勢に関する情報と、今より大人びて見える顔の写真が立体的に映し出されていた。
「何度見ても不思議ですね」
自分では理解できない原理で動く認識証を、伊勢は目をキラキラさせながら見つめていた。
音を立てず、隣に移動したイリーネは、「少し失礼します」と伊勢に断ってから、ヒョイッと素早い手つきで、表示されたままの認識証を伊勢から取り上げた。あぁ~と認識証を見送った伊勢に対して、表示された内容を、まるで鑑定士のようにイリーネは真剣に確認し始めた。
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名前:伊勢 巫琴
年齢:十八歳
性別:女性
種族:モルフェ族
職業:修道女見習い
元素適性:主 光 適性率:百二十
副 火 適性率:三十
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確認しているイリーネはどこか腑に落ちない表情をしていたが、そのまま確認を終えると、伊勢の手元にしっかり返した。
「確認しました。司祭様の話通り伊勢さんは聖女候補として間違いないでしょう」
伊勢は自分でも確認するように識別証を見つめたが、そこには聖女に関する事は書かれていなかった。
「そんな事は書いてません?」
「適性率百を超えた場合は、『レガリア』の所有者……つまりは、聖女候補となります。それが誰であろうと……」
へぇーと言いながら消し方がわからず戸惑っていると、四季崎が伊勢に消し方を説明した。言われるがまま、識別証の片隅を軽くツンと指で突くと、スッと光が収束するように表示が消えていき、ただの黒い板に戻っていった。
「まずは一つ。司祭様の言う伊勢さんが新たな『聖女』の候補という言葉が正しいことが証明されました」
イリーネが次の内容に進もうとすると、伊勢が遮るようにいった。
「もしそうなら、やっぱりおかしいと思うんです」
伊勢は落ち着いた様子で話したが、四季崎とイリーネはおかしなところが分からず、彼女の言葉を待った。
「だって、聖女はウィスプ様の代行者なんです。その候補が生まれた事で、なんで教会が敵になるんですか?」
腑に落ちたように小さく声を漏らすと、イリーネは説明を始めた。
「そうですね。今回の襲撃と司祭の遺言だけでは状況をつかみきれません。なので、一つずつ行きましょう。襲撃が『聖女』が関係しているなら、伊勢さんが事前に聖女だと知っていなければなりません。……伊勢さんは調べたことはありますか?」
伊勢は無言で首を横に振った。
「では、今のところ、聖女は関係ないでしょう。次に教会内に対立するような派閥はありますか?私は教会の内容に詳しくないので……」
伊勢は教会に悪い印象を与えたくないのか、あまり話したくないようでモゾモゾしていた。それでも二人のためにと思ったのか、少しずつ話し始めた。
「……教会には大きな派閥が二つあるっておと……院長が言ってました。たしか……現霊王を信仰する『新約派閥』と以前までの元霊王の考えを尊重する『旧約派閥』の2つがあるって。でも、院長はウィスプ様を信仰する気持ちが同じなのにどうして揉めるのか、理解できないとよく漏らしてました……」
伊勢の派閥の話を、四季崎は事前会議で司祭の何か言っていた気がすることを思い出した。
(そう言えば、朝日司祭があの時なんと……)
教会に関する話だったので、あまりしっかり聞いていなかったのが仇になってしまった。
「では、そのどちらかが今回の襲撃を?」
四季崎の質問にイリーネは首を振って答えた。
「論点がズレています。誰がではなく、どうしてです。このあたりに関しては不明瞭な情報が多すぎます」
四季崎はイリーネの考える不明瞭な点についての詳細な情報を促した。
「『襲撃は教会によるもの。教会に関わるものは信じるな!全て敵だ!』司祭様の遺言は、こうでしたよね?おかしいと思いませんか?」
イリーネは、まるで論理の矛盾を指摘するかのように続けた。
「まず、伊勢さんの話では教会に二つの派閥があるとのこと。にもかかわらず、司祭様は『全て敵だ』と断言しています。もし四季崎さんの言う通り、教会全体が敵、つまり両派閥がこの襲撃に関わったとすれば、なぜ自らが運営する成人の儀を襲撃し、教会が負利益を被るような真似をしたのでしょうか?これは、目的そのものが理解できません。身内の犠牲も厭わず彼らをも利用したことになりますが、その合理性が見えてこない。」
「次に、司祭様自身の行動にも矛盾があります。仮に、司祭様が真実を知り、それを伝えようとした、あるいはご自身と聖騎士が捨て駒にされたことで意思が変わったとしましょう。それならば、なぜ『霊王に手紙を届けてほしい』などと、教会組織に関わる人物に託すような遺言を残したのでしょうか? 優秀な仲間を用意しないどころか、自身で敵を退ける力もなかったにもかかわらず、です。」
「これほどまでに否定的な要素が揃っているのに、肯定できる材料が一切見当たらないのです。司祭様の遺言は、あまりにも不可解な点が多すぎます」
四季崎は言葉が出なかった。
(これだけ説明させると、自分の間違いを疑わざる負えないが、私は確かにそう聞いたとしか……)
「この話を今ある情報だけで突き詰めたところで結論が出ないでしょう。分かったことは教会が儀式より優先することがあった可能性と教会に敵がいることです」
(私が話した内容からz少しの時間でここまでに考えたのか)
イリーネの卓越した分析能力を四季崎は舌を巻いていた。
「最後も同様ですね。誰に届けるかわからないということです」
四季崎はその言葉に「そのままの意味では?」と答えるとすぐにイリーネに反論された。
「四季崎さん、伊勢さんの話を覚えていないんですか?両方の派閥は現と元の霊王に分かれているんですよ?四季崎さんの発言に信憑性が薄れた以上どちらか判断するのは難しいです」
イリーネはまた伊勢に視線を向けた。
「ちなみに伊勢さんは現霊王と元霊王がどこにいるのか知っていますか?」
伊勢はそんな事が知らないとばかりにと困り果てていた。
「元霊王の所在は私たちも知りませんが、現霊王なら、知っています。来年開催予定の大冠輪廻の儀に備えて各地の教会を回っています。こちらは調べればすぐわかることですので、問題ありません」
イリーネは最後にそう締めくくると話をまとめた。机においた司祭の遺言書を受け取り丁寧に開きながら、「四季崎さんにしては保管が荒いですね」と呟いた。
「私も中を確認しましたが、白紙でした。なにかの魔法によるものでしょうか?」
イリーネは羊皮紙の隅々まで調べ上げると、新たにスカートのポケットから巻物筒を取り出すと綺麗にしまい込んだ。
「私が見る限り、ただの白紙の羊皮紙にしか見えません。四季崎さんさえよろしければ、一度ギルドで預かって調べてみますが、どうでしょうか?」
(一度、ギルドを信じて預けてみますか……しかし)
四季崎は机に置かれていた巻物筒を手に取ると自分のポーチにしまい込んだ。
「すみません。イリーネさんやギルドを信頼していないわけではないのですが、誰かに預けるのは違う気がします」
四季崎に断られたにも関わらず、イリーネは嫌な顔一つしなかった。
「分かりました。ですが、こちたも専門の方に話だけは聞いておきます」
念の為と言って最後に締めくくると大きく背伸びをした。その姿勢のまま四季崎の方を見ずに他に話すことはないか尋ねると、四季崎はただ頷いた。
「伊勢さんには今日泊まる部屋と今後の予定について話しましので、三階に上がったところ待っていてください」
そう伝えるち伊勢は一人で退出した。四季崎は伊勢が退出するのを確認するようにその場でドスンと音を立てて倒れた。
「はぁ~。四季崎さん……伊勢さんに心配をかけないためだと思いますが、無理はよくないですよ。起き上がれますか?」
四季崎は呻き声を上げながら、「肩を貸してください」とイリーネにお願いした。
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